複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.20 )
日時: 2018/12/23 01:22
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: BBxFBYlz)

【 シナプスの檻 】



 どうして逃げないの、と聞くと健ちゃんは冷静な顔のまま「別に」と答えた。それが健ちゃんの口癖で、私の質問をちゃんと聞いてくれてるのかもわからなくて、私はこの檻の中に唯一ある時計の針を見て深いため息をついた。

「私は逃げたいよ」


 健ちゃんに初めて会ったのは、一週間くらい前のこと。私たちに用意されたのはこの密室と、時計だけ。時間の経過は一度眠るとわからなくなる。今日が何月何日で、今が何時何分なのかも。ただ、私がここに来た時にはすでに健ちゃんがいて、私が一人で怯えることはなかった。食事と水は大きな箱の中にたくさん用意されていて、私たちが餓死することはないみたいだった。なんのためにこんな場所に連れてこられたのかわからないし、目的があるなら教えてほしかった。

「お前はこの状況が怖いわけ?」
「そりゃ、怖くないなんて言えないじゃん。だって、これって」
「誘拐、だろ」

 健ちゃんは当然のようにその言葉を言う。


「お前は本当にこの状況の「目的」がわかんないのか?」
「そんなの、わかるわけない……」
「「三代」のこと以外に俺たちに共通点なんてないだろ」


 その名前を出された瞬間に、私の胸にはぽっかりと空洞ができて、呼吸するのがとても苦しくなった。私が好きだった三代は、私のことを本当の本当は嫌いだったのだろう。誰も助けてくれない檻の中に監禁されて、私はようやくそのことに気づいた。

「お前が一番だよ、なんてあいつの戯言だよ。あいつの復讐劇がようやく始まったんだから」

 健ちゃんのお腹には大きな刺し傷がある。包丁でぐさっとさされたみたいな、痛々しい傷痕。もしかしてそれ、三代にやられたの、とはどうしても聞けなかった。吐き気がする。苦しくて苦しくて仕方がない。私が愛した三代は私のことを、


「嫌いだったんだね、私のこと」


 俺たちは大好きだったのにね、と健ちゃんがうわごとのように呟いて、天井を見上げた後にゆっくり目をつむった。そのあと五分ほどたって彼の寝息が聞こえてきて、私は瞳にたまった涙をようやく解放した。
 
 健ちゃんは三代の何人目の恋人だったのだろう。そして、私は三代の何人目の女で、何人目の復讐相手だったのだろう。

 考えれば考えるだけ、胸は苦しくなる。
 三代はいつ私たちを解放してくれるのだろうか。何日目かわからない私たちの監禁生活はまだ続く。酸素が薄くなって、私たちが呼吸できなくなる明日はすぐにやってくるのかもしれないねって、そうやって笑って言いあえればもっと楽だったのに。眠ってしまった健ちゃんの隣で私は涙を袖口で拭った。好きだよ、って言わなきゃよかったねという反省だけは絶対にしたくなかった。