複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.23 )
日時: 2019/06/21 15:57
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: sc915o9M)
参照: ※ちょっと長めです

【 小さな部屋の雑音 】

「むかし、勇者をやってたんだ、俺」

 ふうん、と僕はえっちゃんのその衝撃の告白に、興味がない風を装って相槌を打った。えっちゃんは「知ってた?」と僕の表情を見て少し笑って聞いた。「全然」僕はもちろんそう答える。

「えっちゃんさ、そういうのあんまり言わないほうがいいと思うよ」
「なんで」
「えっちゃんが変な人って思われちゃうから」
「誰に?」
「え、そりゃ、えっちゃんの友達とか、お、親とか?」

 えっちゃんは僕が言葉に詰まったのを馬鹿にするように笑う。僕は相変わらず嘘をつくのがうまくない。えっちゃんはきっとそれがよくわかってるんだ。
 えっちゃんと僕が座ってるソファのちょうど真ん中にテレビのリモコンがあって、僕は電源をそっと入れた。口角がうまくあがらなかった。えっちゃんの目がちゃんと見れなかった。ちょうどゴールデンタイムだったのか、長寿番組になってるお笑いの番組で最近人気の芸人が面白おかしくネタをする。画面の向こうのお客さんはぎゃはぎゃは下品な笑い声をあげるけれど、やっぱり僕の口元はぎゅっと結ばれたままだった。

「お前さ、なんで俺と一緒にいんの?」

 えっちゃんはテレビを勝手につけたことも、勝手に会話を終わらせようとしたことも何も咎めずにただそう小さな声で僕に囁いた。ぞくっと背筋が凍り付く。もしかして、ばれてるのかもしれない。わかってた。僕はこの時点でちゃんと気づいて、逃げようとした。だけど、えっちゃんは僕の腕を痕が残りそうなほどぎゅっと強く掴んで離さなかった。

「えっちゃん、痛いよ」
「ちゃんと言えよ。もしかしてさ、言えないわけ?」

 えっちゃんの表情はとっても冷たかった。だけど、彼は終始笑顔だった。
 
「え、えっちゃんのことが好きだからだよ」

 僕は最後の誤魔化しをした。えっちゃんの顔はもちろん見れない。テレビの笑い声がノイズにしか聞こえなくて、えっちゃんが「そう」と小さく頷いたあと、電源は切られてしんと空気が静まり返った。

「俺さ、結構お前のことちゃんと信じてたんだ」
「ほんと、やめてよ」
「俺が勇者だったって知ってて近づいたわけ? お前にはそれが好都合だった?」
「違うよ、ほんとえっちゃんやめて。そんな前世なんて意味わかんないこと言わ」
「だって、俺が殺したもんな」

 えっちゃんが僕の頭をつかむ。ぐっと持ち上げられて、首がぐきっと音を鳴らした。痛い、とかそんな感情よりも恐怖が勝った。もちろん、僕が全部悪かったのだ。僕がえっちゃをずっと騙してたから。

「俺がお前を殺したもんな、世界平和のために。ははっもうなんなの、復讐にでもきたの?」
「ち、ちがう……」
「で、俺に告ってきたわけ、ほんとやめろよ笑えねえ」
「だから違うんだって」

 えっちゃんは僕の頭をぐっと自分のほうに近づけて、僕の大好きな笑顔で「死ね」と罵倒した。

 ただ、好きだった。えっちゃんのことが好きだった。それなのに、やっぱり僕はダメなんだ。僕の恋は次元を超えても実ることはない。えっちゃんが出て行った部屋で僕は一人寂しくめそめそ泣いた。テレビの電源をもう一度つける。静まり返った部屋はただただ昔を思い出して嫌だった。
 前世は魔王だった。民を蔑み、苦しめ、それを見て笑うような、そんな存在だった、らしい。
 らしい、というのは僕がちゃんとそういう声を直接民から聞いたことがないから。僕はずっと魔王城の小さな部屋に閉じ込められていただけだった。僕が死ねば世界が救われることは明確で、僕は早く死ななきゃいけない存在だった。でも、僕を殺してくれるはずの勇者たちはいつも僕のもとに来る前に呆気なく死んじゃう。そんな中、えっちゃんだけは僕のことを殺しに、ひとりぼっちの寂しいあの部屋まで来てくれた。彼は傷だらけになりながら、僕を殺しに来てくれたえっちゃんがヒーローに見えた。カッコよかったんだ、純粋に。恋に落ちるのは一瞬で、僕が死んで世界が作り替わるのも一瞬だった。次の世界ではえっちゃんの恋人になりたいな、なんてわがまま言ってただの人間にしてもらったのに、やっぱり上手くいかない。


 好きって難しい。魔王が勇者に恋しても無意味なんだ。
 テレビの音はやっぱりノイズにしか聞こえなかった。