複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.27 )
- 日時: 2020/03/15 22:51
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: A2dZ5ren)
【 Aセク彼女あおいちゃん 】
ごめん、好きになっちゃった。と、陽くんは隣にいる綺麗な女性をちらっと見て言った。
そっか、と私は相槌を打って笑顔を作る。陽くんは本当に申し訳ないとおでこを地面にこすりつけるように土下座をして謝った。私はそんなことしなくてもいいよ、と言ったけれど陽くんは頑なにそれをやめなかった。
「葵さんはどうして、そんな普通なんですか?」
女性は少し戸惑ったように口を開いた。
「だって、浮気されてたんですよ。私のこと責めて、不幸になれとか死んでしまえとか、そういうことを言えばいいじゃないですか」
ストレートロングの綺麗な黒髪。落ち着いた紺色のワンピースに、黒のブランド物のバッグ。ああ、綺麗な人、と思った。「浮気してたことはもちろん知ってたんです」と、私が言うと、女性は驚いたように目を見開いた。「じゃあ、なんで止めなかったんですか」女性は私の言葉に異常に食いついた。余計な台詞を言ってしまったことにはきっと気づかないんだろうな、一生。
「私なら好きな人が別の女と会ってるなんて許せないし、そもそも容認してたってことですよね、それってあなたは陽介くんのこと好きじゃなかったんじゃないですか?」
女性の言葉に陽くんはぎゅっと結んでいた口を開いた。
「黙ってくれ」女性はなんで、と陽くんに詰め寄った。ああ、地雷女をひいてしまったのか、陽くん。可哀想と思いながら私は立ち上がった。用意されていた座布団を片づけて、飲み切ったティーカップを持ってキッチンに向かう。陽くんが私を追いかけてきてごめんとまた壊れたロボットみたいに謝ってくるのが何だか滑稽だった。
「だからいったじゃん。いいよって」
「でも、そうじゃなくて」
「だから無理だったんだって。だって私は陽くんのこと好きにはなれないんだもん」
それでもいい、と言ったのは陽くんだった。それでも好きだと言ったのは陽くんだった。
愛ゆえの行為ができなくても葵が一番好きだと言ってくれた陽くん。私はそんな陽くんが優しくて一緒にいると心地が良かった。他の女と会ってることも知ってた。それでも別に構わなかった。だって、私が陽くんと愛を育めないのが悪いのだもん。仕方ないって思うしかないじゃん。
「陽くんが他の人と幸せになってくれたら、私はそれで嬉しいよ。それでいいじゃん」
「でも、俺は葵のことが」
「でも私といても性行為なんて一生できないよ。それでも耐えれるの? 無理じゃん、陽くんは無理なんだよ。私のセクシャリティはどうにもならないんだよ。それでもずっと好きでいられる? 私は無理だと思う。このまま陽くんが私のことを忘れて他の誰かと幸せになってくれって思う。だって、私はどうもできないんだから」
陽くんは私の腕を掴もうとして、手を伸ばしたけど私はそれを振りほどいて玄関から出ていった。わかったふりをする。どうしようもない現実から目を背けたいから。いつか好きになると信じているから。ほんと馬鹿みたいだ。
地面を蹴って必死に走る。人間はどうしよもなく馬鹿だから。いつか陽くんが「ずっと一緒にいたい」と私のことを優しく抱きしめてくれたっけ。あの日に戻れたらどれだけ幸せだろう。もう、無理なのに。雲一つない晴天の下、駆け抜ける。あなたの一番にはなれないのは最初から分かっていた。