複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.31 )
- 日時: 2020/04/07 23:59
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)
【 死神さんと 2 】
人を殺すと後に死神に命を狩られる、という噂を聞いたことがある。だけど、所詮は噂。
彼女が俺の前に現れるまで俺はそんな戯言信じることなんてなかった。
「てか、誰ですか」
とある夏のはじめ、自宅の庭で。黒い合羽のような衣装を身につけて、体に見合わないくらい大きな鎌を持った少女は俺の前に現れた。死んだ魚のような瞳で俺をじいと見た後「お迎えに参りました」と一言。俺の動揺なんて気にせずにツカツカとこちらに近づいてくる。
「ちょっと、ちょ待ってください。誰ですかなんか怖いんですけど、え、コスプレ? なんかのイベント帰りですかその鎌こわい、ちょ不審者こわい」
見てはいけないものを見てしまった、というのが事実である。
全身黒ずくめの不審者。見た目は俺と同い年くらいの若い少女。
「あなた」
至近距離でぱたりと足を止めて、彼女はようやく口を開いた。
「人を殺したことがありますね」冷たい心臓にささるような、棘のある声だった。
「なんですか、ってか誰ですか」
「私は死神です。あなたの命を狩りに来ました」
「はあ? なに冗談やめてくださいよ、てか誰ですか」
億劫になってきた。面倒くさい奴に絡まれた、と最初は思っていたのに、すぐにそのバカげた考えは彼女によって正された。ぐさり、とまるで擬音の音が鳴ったかのように彼女の鎌が俺の右足を狩った。激痛が走って思わず俺はしゃがみこむ。声にならない悲鳴をあげて、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。でも、数秒経ったあと、死にそうなくらい辛かった痛みは消えて、俺の足がふきとんでいることはなかった。何もない。だけど、脳は覚えている。あの痛みを。
「痛かったですか」
「……はい」
「こちらの鎌は人の命を狩るための道具なので、足を切り取ることも腕をもぐこともできません。ですが一瞬「そうなった」時の痛みが現れます。先ほどの痛みはあなたのその健康そうな右足が死んだときの痛みです。本当に足が飛ばなくて良かったですね」
足をさすりながら、俺は彼女の、死神さんの淡々とした説明を聞いていた。
それでは本題です、と急に切り替わったように俺の前にしゃがみこんで顔を覗く。
「一週間後、あなたは死にます。それより前にやりたいことはやっちゃいましょう。私も死にたくないと泣きわめく子供の魂を狩るのは本意ではありません」
じゃあ、殺さないでくれよ。とは言えなかった。
にこりとも笑わない死神さんは、俺に手を差し伸べて、俺はその手をつかんだ。死にたくない、とも助けてくれ、とも帰ってくれとも言えない。ただわかるのは、俺は一週間後この女に命を奪われてしまうんだ、ということだけ。