複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.33 )
日時: 2020/04/26 22:51
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)


【 死神さんと 3 】


 彼の恋人が死んだのはもう一年も前の話だった。付き合って一年経った頃に、それは唐突に。駆けつけた時にはもう彼女の家にはパトカーと救急車が到着していて、辺りには野次馬の人だかりができていた。恋人にストーカーっぽい人がいる、と相談を受けた時、正直こんな未来になるなんて一切考えることをしなかった。あの時、親身になって相談に乗っていたら、と何度も何度も後悔して、でもそれはもう後の祭り。どうにもならないことを彼はわかっていた。

「うーん、元カレがね復縁したいって何度も何度もうちに来るんだよね。まあ、もう君がいるから私は寂しくないよって言うんだけど。へへっ」

 粘着型の人間だった、と彼女が笑って言っていたのを思い出す。ぞくりと背筋が凍るような感覚に彼は陥った。
 それからは深い闇の中にいるような、そんな感覚が続いていた。いつ何度気も考えてしまう。彼女を殺したストーカーを。息が荒くなって、感情が抑えきれなくなる。どうしようもなかった。腸が煮えくり返って、殺意だけが喉奥を締め付ける。握ったこぶしをゆっくり開くと、手のひらには爪痕がしっかり残っていた。

「そうだ、殺さないと、俺が殺さないと」

 彼の人生の終わりはそこからだった。ふいに口走ったその「呟き」は言霊になった。
 人生全てを放り捨てて、彼女を殺した男を探した。無能な警察なんか信用できなかった。彼はただただ彼女の無念を晴らしたかった。これから幸せになるはずだった恋人の人生をいともあっさり自分勝手な理由で奪ったストーカーを許せなかった。
 犯人を見つけた時、彼はほっとしたのか、涙がだばだばと滝のように流れていった。ああ、やっとだ。殺害方法は、犯人が恋人を殺した時と同じように拷問を何時間も繰り返して、弱った時に強く首を絞めつけて息が弱くなったときに水をためたお風呂につっこんだ。何度も「助けて」と繰り返す男を見て、彼はきっと恋人もこうやって命乞いをしてお前に殺されたんだなと思った。

 死体になった男の隣でシャワーを浴びて血を洗い流した。部屋を出てからすぐに彼は恋人のお墓に向かった。彼女の好きだったシンビジウムの花を持って。

「ごめんね。俺は君と同じ場所にはいけないんだ」

 花を手向けた時にぼそっと彼女に謝った。涙はやっぱり止まらなかった。
 鼻水をずずっとすすって、彼はゆっくり立ち上がった。

「君を幸せにしたかった」

 叶わない願い事を口にする。何度も何度も。
 優しくなりたい。彼女の冗談めかしたストーカーの話を、ちゃんと聞いていてあげたら。警察に相談しておけば。何か手はあったのでないか。考えたって意味のないことだというのは十二分に承知していた。ただ、苦しかった。もう彼女は帰ってこないのだから。

 優しくなりたい。彼女を幸せにできなかったうえに、自分は人殺しになってしまった。
 彼女が嫌う人間になり果ててしまった。彼女を殺した男とおんなじことをしてしまった。

 優しくなりたい。墓石の前で泣きながら彼女に懺悔をする。もう、戻れない。