複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.34 )
日時: 2020/04/26 00:28
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)



【 死神さんと 4 】



 人間はいつかは死ぬよな、そりゃ当然か。はは、と乾いた笑い声で彼が寝転びながら涙を拭ったのを見て、私は少しだけ罪悪感を胸に抱いた。これは私の仕事だから仕方ない。そう割り切れられれば楽なのに、彼の後悔を知ってるだけに私はモヤモヤとした胸の奥の霧を晴らすことができなかった。
 彼が人の命を奪ったのは去年の秋のことだった。当時付き合っていた恋人を殺害した男への復讐だった、と上司から聞いた。上手く証拠を残さず殺したためか、一年近く経っても彼は警察の檻の中には入っていない。だけど、本人はもう罪を償いたがっているようにも見えた。

「死神さんはさ」
「はい」
「なにか、感情ってかさ、そういうものとかあるの?」
「感情、ですか。私のことをアンドロイドみたいなものだとでも思っているのでしょうか」

 そうだね。アンドロイドみたい、彼は笑ってゆっくり起き上がった。
 涙で湿った畳の上に胡坐をかいて、はあと大きくため息をつく。目のしたが真っ赤で、ウサギのように真っ赤な瞳は私のことをじっと見つめていた。

「死神さんはさ、誰かのこと殺したいとかそういう感情抱いたことなさそうだよね」
「そう、見えますか」
「うん。なるようになるって考え方の人っぽい」
「まあ、そういわれてみればそうですけど。私は人じゃないので、あなたのような考え方はできません」

 俺のような? 疑問形で彼は首を傾げた。

「好きな人のために私は人生をかけることはできません」
「死神さんも好きな人いるわけ?」
「そういう問題ではありません。好きな人のために誰かの命を奪うなんて私にはできない、ということです」
「俺のとった行動がどれだけ馬鹿なことだったかっていう話がしたいわけ。面白くない話は御免だよ、残り短い人生なんだからもうちょっと有意義な、そうだ楽しい話をしようよ」

 死ぬことは怖いですか。その質問に今までの人間たちは「こわい」と答えた。さっきまで彼だってそうだったのに。
 あっさりと「死」を受け入れた彼は楽しそうにやりたいこと、をべらべらと話し始めた。

「死神さんさ、暇だったら俺と一緒にゲームしようよ」

 彼が棚の奥から古びたゲームキューブを持ち出す。小さなディスクを本体にいれて、彼はテレビとつないで電源を入れた。映像はえらく古い。どうして若者の彼がこんな昔のゲーム機を持っているのか不思議だったけれど、私にコントローラーを渡してきた彼の楽しそうな顔に、何も言うことができなかった。

「うわっ、ってか死神さん弱くない? ゲームあんまり得意じゃないの」
「いや、そもそも死神はゲームなんかしませんし」
「あああ、死神さんまた死んだああ。もうちょっと本気出してよ、へぼじゃん」

 一発ノックアウト状態の私に向かって軽口をたたく彼の楽しそうな表情を見て、私は少しだけほっとした。この人も早く面倒なことを言わずにあっさり魂を狩られてくれたらいいな、と。

***


 彼はとてもやさしい人でした。付き合っているときも、私のことを大事にしてくれてたし、甘やかしてくれるし、だからどうしても言えなかったんです。殺されそうなこと。




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