複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.36 )
日時: 2020/04/28 21:19
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 死神さんと 6 】



 死神は、咎人の命をかるのが仕事。感情なんか、そんな余計なものは要らない。
 命乞いをされようが、それを許すことはできないから。


 死神になるときに感情を捨てた。無になって、私は魂を狩らねばならない。




「優しくなりたい」




 君の言葉は毒だった。私の抜き取った感情の、穴の部分をゆっくり侵食していく。
 優しくなりたい。もうなれない。私が奪ってしまったから。せっかくの機会だったのに。彼はもう一度やり直そうとしていたのに。もう、




 戻れないから。




***



 死神さん。一週間が経ったあとに、彼は笑って私の名前を呼んだ。私が「はい」と相槌をうつと、彼は笑顔を崩さずに「ありがとう」と短く言葉を紡いだ。
 何が、と思った。私はこれからあなたの命を奪うのに、そんな死神に対して礼を言うなんて馬鹿げた話だ。

「気持ち悪いです。私が今まで狩ってきた人間たちは、最初にあなたと出会ったときのように命乞いをして私を殺そうとしてきました」
「ははっ、だって無理な話じゃないか。死神さんは死なないんだろう?」
「そうですけど。でも人間というものは「死」を実感してしまうと我を忘れるものだと、私はそう思っています」
「そりゃ、俺だってできれば死にたくないなあって思うよ。でも、そんな醜態見せ続けたら、」

 全部捨てた。だって、腕が動かなくなるから。愛した人間の、魂を狩ることになったとき、きっと私は動けなくなるから。そんなことになるくらいなら、最初から感情なんて要らない。

「俺は愛莉に天国で顔向けできないや」

 愛した人間の名前を呼んだ時、彼の嬉しそうな、綻んだ表情が私の目に強く焼き付いた。
 

「あなたは天国には行けないかもしれません」
「ああそっか。でもいつかさ、会えるよ」
「彼女だって天国にはいないかもしれません」
「でも、いつか会えるよ」


 とある夏の日。その日は雨が降っていた。ざあざあと、地面にたたきつけるように降る雨音が、線香のラベンダーの匂いが、私の言葉を詰まらせた。

「俺はもう愛莉が好きでいてくれたあの時の俺じゃないけどさ、それでも俺は愛莉を愛してる」


 準備はできてるよ。と、彼は大きく手を開いて、いつでも来いといわんばかりに目を瞑った。私は鎌を手にして彼の前に立つ。これを振り下ろせばすべて終わる。もう私には感情なんてないから、こんなこと簡単だ。いつものようにやればいい。いつものように。

 呼吸をする。でも上手くできない。胸のあたりがモヤモヤして喉のあたりが酷く痛い。目頭がじわっとあつくなって、視界が少しぼやけた。勢いよく鎌を振り下ろすと、彼は眠るように地面に倒れ込んだ。狩った魂を瓶に詰めて私はゆっくり立ち上がった。ふいに見えた鏡には、昔の自分とは似ても似つかない顔があった。気づかないのは当たり前だ。


 死んだあの雨の降る日を思い出した。彼は死んでも愛莉になんて会えない。だってもう愛莉はいないんだから。
 天国で、どうか幸せに。

「……ばいばい」

 私は瓶を持って家を出た。土砂降りの雨にあてられて、裸足でコンクリートの地面を蹴る。