複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.39 )
- 日時: 2020/05/06 22:57
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)
【 もうひとりの彼女 】
人殺し、と強く俺を睨む彼女の瞳が、鮮明に脳にこびりつく。
「寛太くんはさ、死にたいって思ったことある?」
忘れることができないくらいに、その映像は何度も何度も繰り返しリピート再生される。
校舎裏にある花壇に水やりをしながら彼女はあの日、俺に聞いてきた。
「あたしはさ、どうしても守りたいものがあるんだ」
息をするのが苦しかったあの日、彼女が俺に救済をくれた。幾度となく思いだす。あの日、君が悲しそうに笑いながら言った言葉を。
「だからさ、あたしのこと、」
殺してよ。
短く呟かれたその言葉は音にはならなかった。だけど、彼女のさくらんぼ色の唇はそう動いたし、俺の唖然として顔を見て彼女がけらけら笑ったのも事実だった。
「寛太くんにしか、できないことなんだ」
あの日のことをまた、思い出す。何度も何度も夢に見る。こびりついて離れない。
*****
夏休みが終わった九月一日。彼女は唐突にやってきた。
容姿も声も何一つ変わらない。彼女とそっくりなそいつはいとも簡単に教室に馴染んだ。
前の席だったそいつが朝のホームルームが終わった後に、くるりと体をこちらに向けて微笑む。
「久しぶり」
笑ったそいつの顔は、彼女の顔と瓜二つだった。
「どうしたの寛太くん。そんな怖い顔しちゃって」
「……え、なんでも」
「いやだなあ。そんな、死人を見てるみたいに。あはは」
一人で勝手に笑ったそいつは、上手く彼女になり切っていた。教師も生徒も、彼女の友達ですらそいつが彼女ではないことに気づかなかった。俺だけ。俺だけが違和感を隠せなかった。
どこからどう見ても彼女なのに、俺だけにはそいつが彼女には全く見えなかった。
放課後、カバンを持つとすぐに俺は教室を出た。靴箱に上履きを投げ入れて、靴を履きながら走る。息が切れながらも俺は必死に走って彼女のもとに向かった。蝉の鳴き声がうるさくて、太陽の強い光を浴びて汗がだらだらと滝のように背中を流れた。そこに辿り着くと、俺は受付ですぐに彼女の名前を言った。受付の女性が入館許可証を渡すと俺はいちもくさんに走りだす。廊下は走ってはいけません、まるで学校で言われるような声が聞こえた気がした。そんなのどうでもいい。俺は必死に階段を駆け上がって彼女のもとに向かう。
彼女のネームプレートのあるその部屋の前に立つ。息はとっくの昔に切れていた。ぜーぜーと荒くなった息を整えて俺はその部屋に入る。
「ほら、」
彼女はやっぱり眠っていた。ここにいた。
安心したのか、俺の足は長距離を必死で走った疲労感で動かなくなっていた。へなへなとその場にしゃがみこんで、意識が少しだけ朦朧とした。そんな時に、そいつは現れた。
やっぱりそいつは彼女と瓜二つの、そっくりな顔をして。
「寛太くん、何してるの」
おんなじ声をして。学校の制服を着た彼女にそっくりなそいつは俺の後ろに立っていた。笑わずに、俺をじいと見下ろしていた。