複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.41 )
日時: 2020/05/09 20:40
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 3 】


 あの日はたまたま、お姉ちゃんに頼まれて母の誕生日プレゼントを買いに出かけた。いつもはお姉ちゃんと一緒に行くけれど、その日は何か用事があるみたいで、なら別の日にするよと言ったけれど、彼女はそれを断った。久しぶりの太陽の日差しに目がちかちかして、私はアスファルトの上を歩く。
 お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、みんな私が学校に行けなくなったことを責めなかった。お母さんは他に勉強の仕方を考えてくれたし、お父さんは私の趣味になりそうなものをたくさん教えてくれた。お姉ちゃんは毎日学校であった楽しい出来事を私に聞かせてくれる。私はそんな、優しい家族みんなが大好きだった。ただ、それだけだった。

 プレゼントはピンクのお花の詰まったハーバリウムにした。近所のケーキ屋さんで予約してあったバースデーケーキを受け取って家に帰る。玄関は何故か開いていた。お姉ちゃんが閉め忘れたのだろうか。ケーキを冷蔵庫の中に入れて私は階段をあがる。お姉ちゃん、部屋の前で名前を呼んでも返事はなかった。ドアノブを軽く回して中に入る。

 「お姉ちゃん?」

 ベッドで誰かが寝ていた。多分お姉ちゃんだと思って私は近づいた。

 「おねえ、ちゃん、」

 頭から血を流してベッドで眠っていたお姉ちゃんを見た私は大きな悲鳴をあげて、しりもちをついた。吐きそうになりながら、パニックになりながら、考えるより先に「救急車」とうわごとのように呟いてポケットからスマホを取り出した。

 生まれて初めて呼んだ救急車。ちゃんと状態の説明とかを上手くできなかったけれど、ただただ私は意識を失って倒れているお姉ちゃんの傍らで泣き続けた。



*****

 友達ができたの。とお姉ちゃんが珍しく私に話してくれた人のことを思い出した。
 病室でお姉ちゃんは眠っている。頭を強く打った衝撃で昏睡状態になってしまって、いつ目覚めるかはまだわからないみたいだった。でも首を絞めたあとのような、赤い線が首のまわりについていて、部屋に落ちていたロープから彼女が首吊り自殺をはかって死にそこなったのだろうと、医者に言われた。お姉ちゃんはそんな自殺を考えるほど病んでなかったし、きっと誰かに唆されてこんなことをしたんだ、こんな風にされたんだ、そう私は思っていた。

 お姉ちゃんが珍しく、あのとき男の子の名前を出したのを思い出す。
 確か名前は、「寛太くん」


 有紗に似てるんだ。お姉ちゃんは彼のことをそう話した。
 

 お姉ちゃんのスマホを勝手に調べた。きっと目が覚めたときにお姉ちゃんにたくさん怒られるだろうけど、そのときはちゃんと謝ればいい。お姉ちゃんは私とは正反対の性格で、明るくて社交的で誰にでも優しくあたたかい人間だった。友達とのやり取りがたくさん残っていたけれど、一番最新の部分には想像したとおり、その名前があった。

「寛太くん、って」

 病室で眠り続けるお姉ちゃんの横で、私は彼女と「寛太くん」のやり取りを眺めていた。一番最新のメッセージは「今日でいいの?」「今日がいいの」「何時に行けばいい?」「じゃあ十三時すぎぐらいに」
 このやり取りはお姉ちゃんが自殺未遂をはかった日のものだった。だから、その日、お姉ちゃんが死のうとした日、彼は間違いなくお姉ちゃんに会ってたんだ。
 私だけが何も知らずに、私だけが取り残される。何があって、どうしてお姉ちゃんはこんな風になってしまったのか、私だけがきっと何も知らない。
 鏡を見る。のびきった黒髪をぐっとうしろで結んだ。顔はやっぱり瓜二つ。だって一卵性双生児。私たちは双子だったから。
 長い髪に鋏を入れる。じょきじょきと、髪の束が地面に落ちていく。夏休みが終わる数日前のことだった。私ならできる、そう思った。
 お姉ちゃんになりきれる。ここに眠ってるのは私だ。私は今から有栖になる。無理やり脳みそに言い聞かせて、鏡の前で笑う練習をする。


 私は知りたかった。お姉ちゃんがどうして死のうとしたのかを。