複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.44 )
日時: 2020/05/23 11:53
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: lh1rIb.b)

【 もうひとりの彼女 4 】



「……お姉ちゃんが自殺をはかった日、あなたはお姉ちゃんと会ってたんでしょ」
「……君は、宮川有栖の妹さん、で間違いないのかな」
「そうよ。双子で、しかも一卵性。そっくりでしょう、誰も私を「有栖」だと思って疑いもしなかった。友達なんて所詮そんなものよ」

 吐き捨てるようにドッペルゲンガー、もとい彼女の妹は俺の隣に座った。
 深い眠りについている宮川有栖をじいっと見て、「ほんと馬鹿」とぼそりと呟く。

「お姉ちゃんはどうして死のうとしたの?」
「……知らない」
「どうしてお姉ちゃんがこんなふうにならなきゃいけないの」
「……俺は」

 宮川有栖の妹は譫言のようにぶつぶつと呟いて、瞳に涙を浮かべていた。

「あの日、お姉ちゃんが私にお使いを頼んだの。一緒に行こうって言ったら、予定があるって断られた。予定って何だったの、あなたに会う予定じゃなかったの」

 病室はとても静かだった。妹の震える肩を見て、俺はどう答えればいいのかわからなくなってしまった。彼女にとって宮川有栖は誰よりも大切な、たった一人の姉だったのだ。勝手に死のうとしたことに裏切りを感じても仕方がない。それを、赤の他人が知ってたなんてそれはもっと屈辱なのだろう。

「俺は何も知らないよ」

 嘘つけ。妹は立ち上がって叫ぶように吐き捨てた。勢いよく立ち上がったせいか、パイプ椅子がガシャンと音を立てて倒れる。じいっと地面を見て、彼女はこちらを見ようともしなかった。

「君のお姉さんが死のうとしたとき、確かに俺は彼女のそばにいたよ」
「なんで止めなかったの」
「止めたよ。彼女が死にたくないって言ったから、だから止めた」
「そんなの、じゃあお姉ちゃんが「死にたい」って言ったらあなたは止めなかったってことでしょう」

 最低だ。最低な男。クズ、と言わんばかりに俺のことを責め立てる妹。瞬間、俺の頬にひりっと痛みが走った。彼女が怒りに任せて平手打ちしたことに気づいたのは、彼女が嗚咽をもらして泣き始めたときだった。

「どうして、どうして、あんたなんか、お姉ちゃんの何にも知らない」

 馬鹿。あほ。間抜け。子供がいうような罵詈雑言を浴びせて、彼女はわんわん泣きわめく。
 俺は彼女に何もできなかった。ごめんね、と謝ることしか。

 地団駄を踏みながら、わんわん泣きじゃくる。こどものようだった。



 宮川有栖の妹は、姉の眠るベッドで何度も繰り返し「ごめんね」と謝って、泣いていた。




 □



 守りたいものは、プライドですか。


 宮川有栖に聞くと、彼女は笑って「そうかもね」と言った。群青色の空を見ながら、彼女はずっと花に水をあげていた。綺麗に咲いてくれてありがとう。言葉の分かりっこない花に話しかけて、答えも返してくれない花と会話をしているかのように微笑んで相槌をうつ。
 あの日、見たものをどうか「忘れてくれ」と彼女は言った。
 忘れられるわけないのに。君だって忘れることなんてできないのに。


 誰にも知られたくないんだ。あたしには守らなきゃいけないものがある。





 あの日、体育倉庫で見たものを、俺は今も、忘れることができない。