複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.46 )
- 日時: 2020/05/18 22:32
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)
【 もうひとりの彼女 6 】
その日、あたしは唐突に真っ暗闇に突き落とされた。
***
普通の女の子のはずだった。家族に愛されて、友達もたくさんいて、ちょっと気になる男子がいる。そんな、どこにでもいる女の子だった。
あの日はどうしてああなったのか、ちゃんと覚えていない。本当のことを言うと、思い出したくないだけなのかもしれない。テストが終わって放課後に図書室に本を返しに行ってたことは覚えている。そこで確か司書さんとつい話し込んでしまって、気が付いたら夕焼けが綺麗な時間になっていた。
早く帰らなきゃ有紗が「遅い」って拗ねちゃう。電車の時間を調べながら校門に向かって歩いていた。その時に、それは、唐突に。
ぐいっと後ろから。最初は男の人に腕を引っ張られた。振り返ったとき、私の目には数人の男たちの奇妙な笑みが映った。「誰ですか」と言葉を発する前に、男は私の腹に思いっきり蹴りを入れて、私を踏みつけた。げほげほと咳が止まらずに、この状況が何かすぐに理解することができなかった。意識がぼんやりとして、頭がぐわんぐわんと揺れるように痛かった。
気が付いた時には私は体育倉庫の中で裸にされていた。いいように数人の男たちに体を弄ばれていて、怖くて声が出せなかった。逃げようとするとそいつらは私を殴ったり蹴ったり、それはもうおもちゃでも扱っているように。怖くて怖くて涙だけは滝のようにだばだばと流れ落ちた。声はどうしても出なかった。体中が悲鳴をあげている。逃げなきゃいけないという本能が、彼らの暴力によって薄れていく。すべて終わった時には、心はもうなかった。
笑いながら男たちは去っていった。
ごめんね、ちょっとした遊びなんだ。
吐き気が止まらなくて、何度も地面を叩いて怒りをぶつけた。地面に擦れた手が切れて、赤い血液が滲んだ。気持ちの悪い液体の匂いが、また吐き気を呼び起こした。
死にたい。死にたい。
あいつらが面白半分で、ゲーム感覚でやったことが、どれだけあたしを苦しめたのか、そんなのあたしにかわからない。あたしだけが、この苦しみを知っている。
高校生なんだから。まだ未来はあるでしょ。きっとこのことを誰かに吐露しても、言われることはそれだけだ。仕方ない。もう終わったことだから。どうしようもない。これからのことを考えなさい。
あたしの気持ちがわかるのは、あたしだけだ。
体育倉庫の扉が開いた時、あたしはあいつらの誰かが帰ってきたのかと思って怖くなった。
彼があたしの名前を呼んだ時、あたしは酷い寒気に襲われた。
「宮川、さん?」
クラスメイトの寛太くんの声だった。あたしが密かに思いを寄せていた男の子。ちょっと頼りなくて、頼み事は断れないイエスマンで、優しくて、いつもあたしに笑顔で挨拶してくれる男の子。
見られたショックが、あたしの背筋を一気に凍らせた。
こんなに汚いあたしを、見られてしまった。
彼は優しいから、きっとあたしのことを助けてくれる。だけどあたしの望みはそうじゃないんだ。あたしは、本当は、ただ。
寛太くんに好きって告白できる、そんな普通の女の子でありたかっただけだから。
もう戻れない。もう、数時間前の綺麗なあたしには戻れない。あたしは汚い。
死にたいんだ、と寛太くんに言うと、彼は「そっか」と短く相槌を打った。
「俺は生きてほしいな」彼は困ったように笑って、あたしの頭を優しく撫でた。
どうしようもなかった。なりふり構っていられなかった。
これは、あたしの小さな小さなプライド。
汚いあたしはもう一生彼の隣にはいられないから。
だけど、あたし以外の人間が彼と幸せになるのを見るのはつらい。
寛太くんの記憶に残るように。寛太くんのことを思って死にたかった。
あたしは夢の中にいる。寛太くんがあたしのことをずっと抱きしめてくれている、幸せな夢の中に。