複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.47 )
- 日時: 2020/05/20 21:31
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)
【 もうひとりの彼女 7 】
入れ替わりに唯一気づいたのは、寛太くんだけだった。あとのクラスメイトは私が双子の妹だなんて疑いもせずに私を「宮川有栖」だと思っている。
親友だと言ってた女も結局は私とお姉ちゃんの違いが判らない。
お姉ちゃんみたいに明るく優しくいい子にしていれば、疑いもしない。
顔さえ同じならどっちでもいいんだ。私でも、お姉ちゃんでも。
「宮川さん」
放課後の教室で、彼と二人きりになる。私は気まずい空気が嫌で帰ろうと席を立ったけれど、彼はすかさず声をかけてきた。
「ちょっと、無視しないでよ」
「無視してない。てか触んないで、きもい」
帰るなら施錠手伝ってよ、と彼は私に鍵を思いっきり投げつけてきた。
イラっとして彼を睨みつけるけれど、彼は黙々と窓の施錠を始める。手伝え、という無言の圧に耐えきれなくなって、私も隣の窓を閉めた。葉っぱの紅葉が始まっていて、地面に落ちた黄色い葉っぱが絨毯のように広がっていた。そこに何人かの生徒がたむろっていて、そのうちの一人がこっちを見た。
じい、と私の顔を見て、そして口元を緩めた。気持ちの悪い、笑みだった。
「どうしたの、」
何見てんの、と彼が声をかけてきて、私はびっくりして窓から目を逸らす。
「な、なんでもない」
カバンを持って教室の電気を消す。早く出よう、と私が言うと彼もカバンを持ってついてきた。
私が「宮川有栖」じゃないと気づいた唯一の人間だった寛太くんは、結局気づいた後も特に何事もなかったかのように私に接してくる。ただ、登下校のたびに私を迎えに来て、送っていく。まるで、何か危ないものから私を守っているかのように。
「ていうかさ、そろそろやめない?」
「何を?」
「え、こうやって送っていってくれるの、気持ちは本当に有難いけど、そうじゃないじゃん」
「そうじゃないって、何が」
「だって、私はお姉ちゃんじゃないもん」
お姉ちゃんを見殺しにしようとした男だ、彼は。許せるはずがない。
だけど、お姉ちゃんが死のうとした事実は変わらない。彼が止めても結局お姉ちゃんが「死にたい」と苦しんでいたことには変わりがない。
彼を責め続けた。だけど、時間が経つたびに胸が酷く痛くなっていく。
何も気づけなかった。私は。お姉ちゃんを助けられなかったのは私もなのに。
秋はもうすぐ終わる。風が少し冷たくて、衣替えした制服は最初は暑くて嫌だったけれど、最近は少しくしゃみがでるようになった。私が小さくくしゃみをすると、彼は自分の着ていた上着を私に貸してくれた。いいよ、と言ったけれど彼は何も言わずに隣を歩き続けた。
玄関で靴を履き替えて外に出る。さっきの紅葉した落ち葉の場所にはもう誰もいなかった。あの気持ちの悪い笑みの男はもういなかった。一体誰だったのか、どうして私を見て笑ったのか、気になったけれど言葉にはしなかった。
きっと、この男はまた気にして余計に心配しそうだから。
過去に何かしらお姉ちゃんとあったのだろう、とは予想できた。だけど、それを深く追求することはできなかった。というか、したくなかった。
彼の隣を歩く。歩幅を合わせてくれているのか、少しゆっくり目に歩いてくれているのがわかる。途中でコンビニによってホットレモンを買ってくれた。ありがとう、と言うと彼は悲しそうな顔で「ごめんね」と答えた。