複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.50 )
日時: 2020/05/31 00:15
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)


【 零れ落ちた好き 】
 
 君がいない。君だけがいない。澄んだ空気を飲み込むと、途端に気持ちが悪くて吐きそうなった。空の青さを恨んだのはきっと今日が初めてだ。               
 私は今日も君の家に行く。もう君はいないのに。君のお母さんが玄関で私を見て悲しそうな顔で笑うんだ。ごめんね、って。謝らないでくださいよって、上手く言えなくて、でも泣いちゃだめだと思った。私はへらっと笑うので精いっぱいだ。

 君の部屋のドアを叩く。ノック三回。君が必ずしろよ、と言ったから。
 もう君はいないのに、つい癖でしてしまう。いつものように「入れよ」と投げやりな返事は帰ってこなくて、ドアノブをぎゅと握って私は俯いた。一分くらいじいと突っ立ったあと、思い切ってドアを開けた。

 変わらない。昨日の君の部屋と何一つ変わらない。
 漫画が散らかって、ラジオは相変わらずつけっぱ。カーテンはいつだって閉まり切ったまま。
 私がいつも朝にカーテンくらい開けなさいって言ったのに、聞いてくれたことなんてなかった。

「……ほら、いい天気だよ」

 窓を開けると、カーテンがふわりと靡いた。ふわっと春の匂いが鼻孔をくすぐる。泣きたくなる泣きような匂いだった。
 君の部屋を片付けようと、私は地面に散らかった漫画を手に取る。君が面白いと勧めてくれた漫画だった。君の言葉一つ思い出すたびに、ぎゅうっと心臓を握りつぶされるような気がする。
 早く読んで、君と一緒に語り合いたかった。面白かったよ、って。
 パラパラとページを少しめくってみる。君が好きそうな、バトルもののお話。私は少女漫画しか読まないって言ってるのに、こういうのばっか勧めてくる。でも、そんな君が好きだった。

「もう、一緒に読めないよ」

 ぽたぽたと漫画に雫が落ちた。
 私はいつの間にか手に持っていた漫画を落として、手で顔を覆っていた。
 ひくっとしゃくりをあげる。君の匂いがするこの部屋が、君との思い出の詰まったこの部屋が、
 ただ、苦しくて、愛おしくて、悲しい。

「行かないで、」

 君にはもう聞こえない。私がどれだけ君が好きで、君と一緒にいたくても。もうそれは叶わないから。
 
「ちゃんと、恋人になりたかったのに」

 君が願ったから。好きじゃなくてもいいからって。側にいてほしいってってそんなふざけた告白をしてきたときに、私はどうしてちゃんと受け入れてあげなかったんだろう。私も好きだよって、そんな簡単なことをどうして伝えてあげられなかったのかな。

 こんなにも好きで、こんなにも愛しているのに。