複雑・ファジー小説

Re: 【THE MAID.】 ( No.1 )
日時: 2018/05/30 18:55
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 あたりいっぱいに広がる、硝煙のにおい。地面に散らばる薬莢。目の前に広がる、人の山。それらの殆どは穴が空いていたり、無残に切り刻まれたあとがある。みなどれもこれも、生きていく上での経験値の残りカス。少なくとも、今この場を作り上げた彼───『デッドグロック』はそう思っていた。
 代わり映えのしない日常。ただひたすらに戦地へ赴き、戦果を上げて、帰ってくる。たまに潜入捜査して、ホシを見つけてたぶらかして、戦果を上げて帰る。たったそれだけのこと。それが彼にとっての当たり前の日常であり、退屈な日々であった。だがこれしか、彼に与えられた仕事はない。他をやろうにももうおそすぎる。今から何かをしようたって、結局はこの場所に戻ってくるのだろう。彼はため息をつく。
 手にしたグロックはもうどれくらいの付き合いになるだろうか。思えば手元に握られていたのは、このグロックだった。何をするにしてもこれが一緒だった。でもそろそろ見飽きたかもしれない。彼はつまらなさそうにグロックをホルターへ入れ、本部へと戻ることにした。





「は?」

 間抜けた声が本部にある部屋に響く。普段糸目であるその目を、カッと開いてしまうくらいには彼は今驚いていた。目の前の会話相手は、彼のその反応に大笑いしているが。
 事の発端は少し前。戦地から帰還した後、突然上司からよびだされた。一体何かしでかしてしまっただろうかと、恐る恐る来るように言われた部屋へ入ると、見たこともない笑顔で上司は彼を迎え入れた。何を言われるのだろうかと警戒していたら、上司から出た言葉は彼を呆然とさせるのに、十分な破壊力を持っていた。

「お前女子高生のボディーガードになれ」
「は?」

 そうして今に至る。目の前の上司は何を思ったか、1回吹き出したあとに腹を消えて笑っている。そんなに面白いのか。全くわけがわからないし、そもそも放たれた言葉の意味がわからない。ボディーガードになれとは、女子高生とは。
 目の前の上司は少し落ち着きを取り戻すと、改めて話し始める。少しだけ広角が震えていたのは見なかったことにしておく。

「依頼が来たんだ。お前日本の一大実業家の、『法龍寺家』って知ってるか?」
「ええまあ。最初は巫山戯た名前だなと思っていました」
「その法龍寺家からの依頼だ。ひとり娘の16歳の女子高生のボディーガードに足り得る人間をくれってな。んで色々検討した結果、選ばれたのがお前だ、喜べ」
「いやいやいや何勝手に話を進めてるのですか」
「で、仕事の開始なんだけどな」
「まともに話を聞く気はないのですか」

 ひょいひょいと話を進めていく上司に、彼はため息すら出ない。どう反応しろというのだ。というか自分がその依頼を快く引き受ける前提で、話を進めているこの上司。彼は頭を抱えた。

「明日からお前法龍寺家な」
「は?」
「で、しばらくこっちの仕事は辞めだ。法龍寺家のボディーガード、かつ使用人として仕事しろ。いいな?」
「そんな急な仕事持ってこられても」
「い、い、な?」

 笑顔で、圧をかけながらそう言われてしまっては何も言い返せない。拒否できない。彼はため息をついて、仕方なく了承することにした。

「わかりました、わかりましたから…」

 かくして彼───刑部 暦は、法龍寺家のボディーガードに転職することとなったのである。


プロローグ
『シュガーソングとビターステップ』


 時と場所は代わり、日本、法龍寺家。その門前に、彼はキャリーバッグとリュックを携え、立っていた。

「……でかいな」

 つい口に出してしまうほどの屋敷の異様な大きさ。見るものを圧巻する大きさだった。こんなところに、今日からボディーガードとして仕事をすることになるのか、と、彼はひとり苦々しげに屋敷を見上げる。意を決して何故か取り付けられている、庶民的なインターフォンのボタンを押し、返答を待つ。しばらくすると、やたらと大きな門扉が開き、向こうからひとりのメイドらしき人物がやってきた。
 メガネをかけた老人、だが老人と思わせぬような背格好をしたその人は、暦を見てふっと表情を和らげる。

「お待ちしておりました。刑部暦様でいらっしゃいますね」
「ええ。はじめまして。刑部暦です」

 すでにこちらの名前を知っていたようで、メイドはうやうやしく頭を垂れた。暦もそれに習うように頭を下げる。本部の方から連絡を入れておいたのだろうか、いやそうであるに違いない。でなければここでの手続きは非常に、面倒なものとなっていただろう。

「私(わたくし)、法龍寺家メイド長を務めております、山田と申します。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
「(普通の名前だ…)はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
「それではお部屋にご案内させていただきます。どうぞこちらへ」

 山田と名乗ったメイド長は、暦を背後にして歩き始めた。暦もまた、その後を追うようについていく。
 しばらく歩いていると、山田は何か思い出したように、歩きながらだが暦に聞いてくる。

「そういえば刑部様。性別は男性で宜しいでしょうか?」
「ええ。それが何か?」
「……なら、旦那様と奥様が間違えられたのかしら。それともお嬢様?」

 なにやらブツブツと独り言を話し始めた。暦はその山田に訝しげに声をかける。

「あの、山田さん」
「あ、ああ。大変失礼致しました。コホン」

 そうこうしているうちに、目的地へたどり着いたようで、山田はある扉の前で止まった。

「こちらが本日より、刑部様のお部屋となります。ご自由にお使いください。お部屋に服を用意させて頂きましたので、そちらにお着替えになりました頃を見計らって、お迎えに上がらせて頂きます」
「旦那様と奥様への謁見……でしょうか?」
「はい。間違いございません。では」

 山田は深く頭を垂れると、暦に背を向けてその場から去っていった。気になるところは数あれど、とりあえずは着替えてしまおう。そう考えた暦は自室とされた部屋の扉を開ける。
 開けた先の部屋はとてもきれいなものだった。これが使用人、ボディーガードに与えられる部屋なのかと思うほど。そして次に目に入ってきたものは。

「……はっ?」



1着の、『クラシカルタイプのメイド服』であった。



プロローグ 終