複雑・ファジー小説

Re: 【THE MAID.】 ( No.3 )
日時: 2019/09/02 15:11
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 従者たるもの、主には忠実に。ここに来る前に、嫌という程教わった言葉だ。前まではそんなものクソ喰らえ等と思ってはいたが、従者、しかもメイドになってしまった今は、その言葉の通りに動くしかない。もっとも、使えるべき存在であり、護衛対象である少女に忠実になれと言われると、頭を抱えてしまう。
 正直いって投げたい。なんでこんなにも分からない家族に、余計な労力を削られながら仕えなければならないのだろう。他に適任がいただろうに。
 とは思うものの、当主から聞いた事情ではそうそうそんな人物がいるはずもない。そもそも暦がいた部隊は女性という女性がほとんどいなかった。なぜなのかは分からないが、そうだった。いたとしても、少女が苦手とするだろう者達ばかり。
 むに、と自らの顔を揉む。そんなにも自分の顔は使えるのだろうか。もにもにと動かすが、その行動に意味が見いだせなかったため、直ぐにやめた。
 今は護衛対象の法龍寺尊の元へと行った方が良さそうだ。


第2話
『桜のあと』


 メイドといえど、気を休めることはしない。なにしろ巨悪組織から命を狙われている少女に仕えるのだ、それ相応の態度と警戒はしなくてはならない。
 とはいえ元々特殊部隊の傭兵として動いていた期間が長かったせいか、ボディーガード、なおかつ年頃の少女相手となると方の荷が重い。あとやりづらい。しかもその親は全く腹の中が読めないし、話すだけで疲れてくる。こんなのでやって行けるのか?暦は深くため息をついた。
 そうしているうちに少女、法龍寺尊の部屋の扉の前にたどり着く。ふぅ、と一つ息をつくと、意を決してノックを3回。

「お嬢様、刑部です。お部屋に入らせて頂いても?」

 と、そこまで言ってはたと気がついた。父親が言うには、彼女は今異性恐怖症を持っていると。自分はメイド服を着てはいるものの、本来の性別は男だ。更には声だって人よりは高めだが、れっきとした男の声だ。喉仏もある。
 変声機も何も無いのに、普通に声をかけてしまったが大丈夫なのか?でもダメならば最初にあった時点でなにかあるはずだ。その上で依頼主の父親も、何かしらのものは渡すだろう。いやしかしそれでもどうなんだ。
 扉の前でうんうん唸っていると、部屋の中から「いいよー!」という元気な声が聞こえてきた。はっと意識を取り戻し、恐る恐るドアノブに手をかけて、暦は失礼しますと一言。

「暦さん早く来て!SNOW撮るよ!そんで加工してアップするから!」
「……はい?」

 部屋に入るなり、尊の突然の言葉のシャワーに、意識せずとも間抜けた声が口から出る。しかし相手はあくまでも仕える主。無下にすることは出来ず、重い足取りでそちらへと向かう。

「(……この子は僕が男だと知らないのか?いやでも依頼主達は「くん」付で呼んでいたから、自然と知ってるんじゃ)」
「はいそこのベッドに座って!」
「えっ」
「いーから!」

 しのご言わずに暦は尊によって、彼女のベッドにぼすんと座らされる。一体何が始まるんだろうかと困惑していると、尊はスマフォを構え、カシャカシャ撮り始める。

「(ポーズとかなしでこのままで良いんだろうか)」
「暦さん!もうちょっと大胆に!こう、今から何をされるのか分からなくて困ってどうしようもない感じで!」
「(注文多いな?)」

 というかどんなシチュエーションなんだこれは。むしろこっちが困惑してきた。それよりさっきまでの注文は、金持ちの娘といえど、今どきの女子高生が写真撮影する時に付けるものだったのか?渋々ながらそれっぽいポーズをするが、暦はだんだん頭が痛くなってきた。なんでこんな子に仕えることになってしまったんだろうか。
 と、ふと暦は思い出す。父親から彼女のショッピングに付き合ってくれと。このままだと訳の分からない撮影会で初日が終わる。何としてもそれは避けたい暦は、彼女に聞いた。

「お嬢様、ショッピングのご予定は──」
「明日に回すよ!今日は暦さんバシバシ撮らないと気が済まない!」
「(勘弁してくれ)」

 さらに気が重くなった。まさか本当にこのまま1日が潰れてしまうのか。実を言うとショッピングも出来れば行きたくなかったのだが、こんな最悪の形で回避されることになろうとは。どうすれば良かったんだ。
 こうなったら、隙を見て当身か眠らせるかして脱出せねば。暦は隠していた睡眠薬がたっぷりと染み込まれたハンカチを用意し、機を伺う。狙うのは、自分から意識がそれたその瞬間。その瞬間をじっと耐えて待つ。
 だが、その準備も無駄に終わった。ノック3回の後に、メイド長の山田が入ってきたのだ。

「失礼しますお嬢様。もう少しでお出かけのお時間ですので、準備をして下さいませ」
「あ、山田さん。今日なんかあったっけ?」
「奥様とのお買い物です。お急ぎください」
「あー、そういえばそう言う約束してたかも。はぁーい」

 気だるげな返事をすると、尊はスマフォをしまってどこかへと去っていった。部屋に残された暦は、ハンカチをしまいベッドから立ち上がる。その様子を山田は見ていたのだが、はぁ、とため息をついた。なにか小言でも言われるのだろうか。

「全くお嬢様は…このタイミングで来てよかったです。恐らく私が来なかったら、あれ以上のことをされてたでしょうから。暦さん、大丈夫です?」
「え、あぁ、はい。よく分からないポージングの注文をつけられた以外には、何も」
「それならまだ軽度ですね。これからお嬢様は奥様とのショッピングにお出かけになります。暦さんも旦那様から…」
「ええ。その間お嬢様の護衛をするようにと」
「もうまもなく出発致します。そちらも準備をして下さい。こちらの中にある服をお渡し致しますので、着替えてから来てください」
「わかりました。すぐに」

 そう言って山田は暦に服が入った袋を渡すと、一礼して部屋をあとにした。暦もさすがにこの部屋で着替える訳にも行かないので、大人しく自らに割り当てられた部屋へと戻り、渡された袋から服を取り出す。
 がしかし、そこからでてきた服はどう見ても

「……だろうと思った」


 女物の普段着用スーツ一式だった。


続く