複雑・ファジー小説

Re: 【THE MAID.】 ( No.4 )
日時: 2019/09/03 21:56
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 なんだか頭が痛くなってきた。暦はショッピングモール(と言っても規模は小さいが)前ではしゃぐお嬢様を見て、心の中でため息をつく。もう何度今日1日でため息をついたことか。
 まさか出かけるためにと渡された服さえも、サイズぴったりだとは。奥方はたまたま買ってきただけだと言うが、絶対特注で作らせただろう。でなければこんなにきっちり男の体に女物の普段着用スーツが入るわけがない。それに元々傭兵をしていたのだ、体つきも人並みよりはしっかりしている。
 というより何故他のメイド達はそのままメイド服なのだろうか。自分だけ着替えさせられるのは腑に落ちない。一応いつ何時襲撃されてもいいように、武器はそれなりに持ってきてはいるが。

「お母さん新しい服欲しい!」
「ふふ、じゃあ見に行きましょうか」

 尊の一言によって、一行はショッピングモール内にある、目当ての服屋へと向かうことになった。
 歩いているとそういえばと暦は気がつく。このショッピングモール、先程から男という影を見ないのだ。道行く人々は皆女ばかり。というか女しかいないように思える。いたと思ったらそれはただのボーイッシュなファッションをした女であったし、この場所は本当に女しかいないのだろうか。

「山田さん、この場所は」
「はい。『女性会員限定』のショッピングモールです。男性は基本入場が認められていません」

 暦は小声で隣にいた山田に問う。その質問の意図を察した彼女は、こともなげに答えた。そういう事だったのか。女性会員限定のショッピングモール。しかし暦はならば何故自分がこうして普通に入れているのだろうと、新たな疑問を山田に問うた。彼女はそれに対し、心配には及ばない、と一言。根回しか何かしたのだろうか。後はこうもメイド服を着た集団が、ぞろぞろと歩いていても変に注目されないのも、何かあったりするのだろうか。

「……私もメイド服できた方が良かったのでは?」
「奥様がお似合いになると仰っていましたので…一応、暦さんのメイド服は持ってきてありますから」

 そう言われるや否や、暦の口は早かった。

「さすがに動きづらいので着替えさせてください」
「フィッティングルームまでもうすぐですから、それまで」

 そう言われてしまっては従うしかない。トイレで着替えるのもダメだろうか、と思ったが直ぐに消えた。もしトイレで汚したりなんかしたら大変だからだろう。早く目的地についてくれと、暦は必死に心の中で祈った。





 ある程度歩いたところで、尊たちの足が止まる。どうやら目的のショップにたどり着いたようだ。暦は山田に目配せをすると、彼女もそれを察して母娘の目線が商品に行ったその隙に、メイド服を素早く手渡した。受け取ると直ぐに彼はフィッティングルームに入り、瞬く間に着替えてみせた。もちろん、スカートの中には銃火器を。これでひと安心した彼は、そこから外へ出て、今まで来ていた服が入っている袋を山田に返す。ひとつ深呼吸をして、務めて冷静を装う。

「ねえ暦さん、これとかどうかなー…って、そっちに着替えたんだ」
「落ち着くので」
「へぇー」

 至極どうでもいいように尊は言うと、直ぐにショッピングに戻る。どうやら意識はそちらに傾いているようだ。良かった、何も言われなくて。内心ほっとする。
 改めて周りを見回す。見るからに女性物の服で埋め尽くされているその場所は、今のところ自分たち以外人はいない様だった。店員は裏へ引っ込んでいるのだろうか、姿すら見えない。こういう場所には普通1人や2人は店員はいるはずなのでは、と疑問に思う。店の外を出て、ほかの同じような場所を見てみるが、そちらには店員が何人か配置されていた。

「(ほかの店は店員が配置されている、何故この店は…)」

 すると店の奥から、店員と思わしき女性が1人出てきた。何故か息を切らしていて、こちらを見るなり慌ててお辞儀をして対応をし始めた。だけど変だ。どの服がいいかとか、最近の流行がどうだとかの話がしどろもどろなのだ。尊たちは特に気にすることなく、服選びに夢中になっているのだが。
 というかそもそも『呼ばれてもいないのに』あんなにグイグイ行くものなのか。服選びにしか目がいっていない客の邪魔にならないのか。というかあの腰のあたりの妙な膨らみはなんだろうか。まさかとは思うが『アレ』──なのだろうか、いやかもしれない。形が思いっきり隠れていない。袖の中に隠していたナイフをいつでも出せるように構える。

「(ん?なにか別の匂いが…あの店員から?)」

 するとふと暦は今までとは違う、場違いな匂いが混ざってきたのに気づく。新しい服特有の匂いとは違う、もっと別のもの。彼にとっては『嗅ぎなれた匂い』。そう、まるで───

「(血の、匂い)」

 それと加わる、『薬品の匂い』。確か昔、この体が薬品に対して体制がなかった頃嗅いだことがある。そう、あれは────

「(睡眠薬……!)」

 断定すると彼の行動は早かった。山田にコソッと耳打ちをする。

「山田さん、奥様とお嬢様を店の外へお連れください。出来ればこの店の死角に。店員は僕が対応します」
「……先程出てきたあの方ですか?」
「はい。ここの店だけ、店員がいないのが引っかかりました。多分裏で『作業』している時に、客に気づいて慌てて出てきたのでしょう。ですが、服屋の店員にしてはその関連の話がしどろもどろですし。何より───血の匂いと睡眠薬の匂いが付いてます」

 そこまで言うと目を見開き、その店員をちらりと見る。そう言われればなんだか怪しい。適当に寄せ集めた知識を披露しているのだろうが、コミュニケーションが取れていない。そもそも存在を無視されているようにも思える。けれどその店員は必死になって、特に尊に話し続けていた。意識を向けようとしているのだろう。
 隣でも光子が同じように服を選んでいるのに、何故そちらには話しかけないのだろうか。ずっと尊について行っている。とそこで山田が気づいた。

「暦さん。あのお方……服で隠してはおりますが、妙な膨らみが腰のあたりに」
「……ええ、そうです」
「────『銃』、ですね」

 そうつぶやくや否や、山田はほかのメイドたちに合図を、メガネのブリッジを、すっと上げる。それが意味するものは───

『全員特別警戒せよ』

 瞬間、尊たちのそばにいたあるメイドが突然彼女らに向けて当て身をする。その隙に別のメイドが気絶した尊を支え、店の外へと出る。それは光子に対しても同様で、さっと抱き抱えて目にも止まらぬ速さで外へと出る。山田は暦に対し、『あとはお任せします』とモールス信号を指で彼の背中にすると、姿を消した。
 店に残されたのは問題の店員と、暦だけ。

「さて……仕事だ」

 小さくつぶやくと、瞬きをする速度で店員の懐に潜り込み、腹に向けて1発拳を入れる。ぐらりとよろめき倒れるのを前に、またもう1発、今度は顎下に向けて重い一撃。その影響でぐんっと顔が上にいきなり向いたので、その隙に背後に回り込んで、回し蹴りを食らわせる。ガンッと地面に頭が叩きつけられる嫌な音がする。そうしてぴくりと動かなくなったのを確認すると、暦は髪の毛を引っつかみ、そのままズルズルと店の裏へと入っていく。顔面の惨状は、見ない方がいいだろう。
 裏に入れば、この店員だったものの味方だと思われる連中(全員女だった)2、3人程が、綺麗に銃を構えて待っていた。動いたら撃つぞと言わんばかりに。だが彼にしてみれば、その光景は正直笑ってしまいそうなものだった。なんでわざわざご丁寧に待ってるのか。普通なら有無を言わさず撃っているものだろう。余裕があるのだろうか。だからといって油断はしないし警戒も解かない。戦場では、一瞬の気の緩みが死に繋がる。それを嫌という程叩き込まれたのだ。そう簡単に休むものか。

「手加減はしとくか。確かに僕は『傭兵』だが、今は『メイド』なんでね」

 そう言い終えると同時に、先程のした奴をそちらに向けて思いっきりぶん投げる。これでも腕力はそれなりにあるのだ、人を1人投げるくらい出来る。
 突然の出来事に体が上手く動かなかったのか、連中はもろにそれを食らう。1人は完全にその下敷になったようで、思ったよりも重かったのか、脱出に手間取っていた。残りの2人は辛うじて避けられたようで、暦に向けて銃を構えてトリガーに指をかける。
 が、そんなことをさせるはずもなく、それよりいち早く2丁の銃をかまえていた彼は、そいつらの足に向けて撃つ。上手く命中したようで、トリガーが引かれるはずだったそれらは、呆気なく地面に落ちる。撃たれた方もまた、地面に落ちて蹲る。そして残った後1人はようやく脱出出来たらしかったのだが、暦がそいつの腹に向けて思いっきり踏んづけて、あえなく撃沈。まだ意識のある2人には、どっちの首根っこも掴み、力強く頭同士をぶつけさせる。ごちんとか、そういう言葉ではきかないような音が鳴る。すっと掴んでいた首をはなし、どしゃっと降ろす。
 全てを終えた暦は、きょろきょろと見回す。

「本来の店員達は……ああ、そこにいたか。眠らされているだけ、か?いや、なにか怪我をしているらしいな」

 連中によって眠らされていたのだろう、本来の店員たちを見つけると、直ぐに体を確認する。と、1人の店員が手のあたりに怪我をしているのを見つけ、暦は予め用意していた応急処置道具を使って、さっと軽い治療を施す。抵抗した際にナイフでつけられてしまったのだろう傷だった。浅かったのが幸いだ。
 がしかし、ここである問題に気づく。

「そういえば……コイツらから何も話聞いてないな」

 見事なまでに再起不能になった連中を見て、連れて帰って無理矢理にでも吐かせるしかないか、と思うのだった。





「ねえ暦さん」

 あの事件から1日経って、暦は尊の部屋にて髪の毛をいじくられていた。その際、不意に尊が名を呼び、今の状況にげんなりしつつも何でしょうかと返す。

「昨日ショッピングに行った時の記憶がないんだけど……何か知らない?」

 暦は少し黙った後、口を開く。

「実は、僕も覚えていないんです」
「え?マ?」
「お嬢様、言葉遣いにお気をつけください」

 覚えてないなら仕方ないか、と尊は特に気にしないようで、そのまま彼の髪を弄り続ける。その様子に暦は内心ほっとした。質問攻めにされたらどうしようかと思っていた。
 あの後、連中を連れ帰って、『ある場所』にて傭兵時代に見た『聴取』をやってみた所、あっさりと吐いた。聞けば尊を狙っていた巨悪組織の一員だとか、あのショッピングモールは法龍寺家が事業の一環として作った場所で、そこによく尊達が行く服屋があるからそこで待っていれば来るだろうから待っていたとか、その他諸々。

「(だからお嬢様と奥方がメイドたちと行っても、変に注目されるとかなかったのか)」

 そこまで聞いて納得すると、暦は全員にもれなくヘッドショット。呆気なく終わった。もちろん夫婦には報告済みである。ただ娘に何を聞かれても、知らないふりをしろと言っておいた。後々面倒くさそうだからと。

「(あれ?そういえばこのお嬢様、男性恐怖症だったよな?いくらメイド服を着ているとはいえ、なんで異性の僕に触れるんだ……?)」


 突然脳裏に浮かんだ当然の疑問は、尊に届く訳もなく解けて行った。


第2話 終