複雑・ファジー小説
- Re: 【THE MAID.】 ( No.5 )
- 日時: 2019/10/09 23:43
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
ショッピング騒動から数日が経った頃。法龍寺家では、あるひとつの話題で持ち切りだった。
「授業参観?」
「暦さんこないの?」
第3話
『流星ダンスフロア』
そう、尊の学校で近々行われるという、授業参観のことだ。普段学校での子供の姿を、親が直接見れるという一大イベントにも等しいものであるが、如何せん尊の両親は多忙を極めており、一大実業家ということもあってか、彼女の授業参観には行けないという。なので毎回その時に選ばれたメイドが親戚を装って参観に行くのだが、今彼女は命を狙われている立場にある。以前から仕えているメイドは行けなくなってしまった。何かあった時、メイド諸共彼女も殺される可能性もある。
そのようなことを、暦は尊との午後のティータイム(強制的に付き合わされているだけだが)の中で聞いていた。
「(なるほどそういうことか。これは暗に僕にいけということかな)」
「山田さんが『今回は暦さんに行っていただきますから』って言ってたから来るのかと」
「(決まってたのかよ)」
そう、彼は今彼女のボディーガード。当然こういうことに駆り出される訳だ。紅茶を飲み干すと、小さくため息をつく。それに気づかない尊は、テーブルの上に乗せられたスコーンを手に取り割ると、ジャムをスコーンの間に塗って挟んで、かぶりついた。
「お嬢様、ジャムが口元に着いております」
「とってー」
「ご自分でお取りください」
ただでさえ男性恐怖症の彼女に直接触れるわけにはいかないと、暦はスっとテーブルの上にあったハンカチを滑らせ、尊の手元に差し出す。それを特に気にした風もなく、尊は素直にそのハンカチを受け取り、口元を拭う。
「(この女(コ)、ほんとに男性恐怖症なのか?疑わしくなってきたぞさすがに。いやまて、女の格好をしているから平気なのか…?駄目だ頭が痛くなってきた)」
近頃になって彼は尊の『男性恐怖症』を疑い始めた。というのも、初めの自らへの反応、先日の騒動、そしてその騒動が終わったあとの部屋でのこと。明らかに男性恐怖症と言うには軽すぎるのではないかと。只今の彼の格好はメイド服。それもクラシカルなタイプの。骨格も見えないように、色々と工夫がされてある。極めつけにこの女顔では、流石に症状は出ないのだろうか?否、声はある程度高いとはいえ、元は男。それをきっかけにして発作が起こるかもしれない。
考えれば考えるほど、分からなくなってくるのだ。彼女のことも、病気のことも、そして両親のことも。とにかく分からないことが多すぎる。後でまとめ直すか、と暦はひとり思う。
「暦さーん?スコーン食べないなら食べちゃうけど」
「え?あ、あぁ、すみません頂きますね」
思考の海から引きずり出されると、彼は促されるがままにスコーンを手に取り、割ってジャム───マーマーレードを塗りたくって頬張った。
「(甘…)」
妙に胸焼けのする甘さだった。
◇
深夜、全ての業務を終わらせた暦は、自室で僅かな灯りをともして机に向かっていた。睨みつけるのは青白い光を放つパソコンのモニター。小気味いいキーボードのストローク音が響く。
「男性恐怖症と言いつつそのケを見せない令嬢、事態を把握しているのかしてないのか分からないメイド長、あっさりと一人娘を他人に任せる放任主義の両親……ほんとにここは日本か?日本に似た別の場所じゃないだろうな…というかこれ現実の話なのか?」
そこまで言うと、大きなため息をついて頭を抱える。こんな分からないことだらけの屋敷で、ほとんど説明されずにボディーガードとしてポイと投げ出されては、身動きが取れなくなるだろう。まあつまりは───
「こんな状況でまともにボディーガード出来るわけないだろ……」
何しろご令嬢の男性恐怖症の発作が今はないとはいえ、いつ起こるのかわかったものでは無いのだ。下手に軽めのボディタッチなどしてみれば、たちまち豹変するかもしれない。のだが、引っかかる。
「この前髪の毛に触った時は何も無かったんだよな…」
そうなのだ。先日のショッピング騒動の後で、暦は尊に髪を触られ、そして好きなようにいじくられていた。なぜ男という生き物に対して、並々ならぬ恐怖心を抱いているであろう彼女が、その男である暦の髪の毛をさも平然と触っていたのか。普通は1本たりとも触れようとはしないどころか、そもそも近づきすらしない。そう、普通はそうなのだ。
「……あの子は僕が『男』だと知って、メイド服を用意したんだよな」
似合うからと。ならば必然的に暦が男であることは知っている。いやだが、娘の目の前だから両親が嘘をついた可能性も否定できない。ならばメイド服を用意したのは誰だ?話ではご令嬢が用意したことになっていたが……
思い起こせばメイド長の山田は、メイド服を着て部屋から出た暦を見て、「服を間違えられたのかしら」と言っていた。となると彼女は暦がメイド服を着た理由は知らないことになる。一体どういうことなんだ?
「……駄目だ、これ以上は本気で頭が割れる」
パソコンをシャットダウンさせ、寝床へとぼふりと埋もれると、僅かだが灯りをつけていたにもかかわらず、そのままぐっすりと寝てしまった。
ぼふんと埋もれたことによる衝撃で、ベッドからひらりと落ちる1枚の紙。そこに連ねられていた文字は、『授業参観のお知らせ』。
そして参観日は、明後日だった。
◇
ところ変わり、日本ではないどこか。毎日のように銃声が鳴り響くその現場では、ひとりの男についての話で盛り上がっていた。
「『アイツ』、今頃寝てんのかねえ」
「ああ、『デッドグロック』か?」
「おうよ。ここにいた頃はキレーな顔がやったらホラーになるレベルで、バカスカぶっ殺しまくってたのになァ」
今は一時の休息時間。酒を飲みかわしながら『傭兵』たちは他愛もない話を花を咲かせる。傷だらけの顔が、笑顔で肉を頬張り酒をかっ食らう。
『デッドグロック』。言わずもがな『彼』の事だ。ここで暮らしていた頃は、ピクリとも表情を変えず、無慈悲に敵対勢力の人間を撃ち抜いていた。任務とあらば、自らの身体を使うことも厭わない……訳ではなかったが、それなりに手段は選ばなかった。必要とあればハニトラだって使っていたし、バトラーとして潜入していたこともあった。それがまさか今度はメイドとしてボディーガードをやることになるとは。
「世の中どうなるかわかんねえな」
「執事としても任務してたことがあったんだし、メイドの礼儀とかはやらなくていいだろって思ってたけどな」
「つーかどんな暮らししてんのかねー」
「報告がねえんだよなあ…いや義務付けしてる訳じゃねえだろうけど」
だが、男たちの言葉はひとつにまとまる。
「まァ…人間味のなかったあいつが、人間の暮らししてそれなりにいい暮らししてんなら、言うこたねえよ」
あんの青くせえガキンチョが銃構えて人殺して、一丁前に人生達観してますなんてこたァ、言うもんじゃねえだろ?少しはお嬢様っつーか、ジョシコーセーとやらに振り回されて来いっての。
そう締めくくると、男たちはまた酒を煽った。今日はいつも以上に酒が進みそうだ。
「そういやあいつ27だったな」
「俺たちに比べりゃガキンチョだけどな!」
「おいおい俺ら基準にしたらダメだろ〜」
ただし、飲みすぎにはくれぐれもご注意。
続く