複雑・ファジー小説

Re: Lion Heart In White ( No.6 )
日時: 2018/09/20 17:50
名前: 玲央 (ID: EnyMsQhk)

 憎い。ああ、そうともさ。気が付いたらゲロでも溢してしまいそうなくらいに、大嫌いで仕方が無いんだ。一度目にしてしまえばそれだけでえづいてしまう。喉奥を指でかき回されたような不快感、嫌悪感が俺を苦しめて止まない。
 何がそんなに気に食わないって? 白さ、白に決まってる。神に愛されただなんて倒錯した、彫刻みたいに真っ白な肌と芸術的な容姿を持って生まれてきた悪魔どもだ。世の中腐る程白がありふれてやがる。空を見てみろ、調子づいた雲が徒党を組んでやがる。本棚を覗いてみろ。紙なんてことごとく白いだろうが。
 そして街を見てみろ。のうのうと天使の皮を被った人でなし共が、嗤いながら俺たちを見てるぞ。何? 時代を作っているのはどのみち俺たち『人間』の側だろうがって? 馬鹿言うな。それは今の話でしかない。これまでの話でしかねえよ。明日の昼には俺たち全員死んでるかもしれないだろうが。それだけの力が、あの憎らしい汚物共は有してるじゃねえかよ。
 何だって、そんなに寵児が憎いかって。そりゃ憎いに決まってんだろ。ただそれ以上に俺は怯えてるんだよ。あの亜人連中が近い将来人類を淘汰する危険性に、恐れ戦いてんだよこちとら。世間がただ疎外の目を向けている中、俺一人が代わりに警戒してやってるんだよ。
 そうだそうだ、もう一つ嫌いなものがあったな。目だ。俺を見る目だ。どいつもこいつも好奇に羨望、期待に落胆、そして溢れるほどの畏怖に畏怖に恐怖に戦慄に怯えに畏怖に警戒に畏怖に恐怖に畏怖に畏怖に畏怖。そんな目で見てんじゃねえよ。俺はただのアルビノだってのに。寵愛なんて持って生まれてねえ。ただ体の色素が薄いだけだ、寵児の身体メカニズムとは、遺伝子からして何もかもが異なっている。
 なのにあいつらの貼るレッテルはどうだ。俺に見られないように後ろから指さしやがって。俺に聞こえないようにひそひそ口元隠して囁きやがって。見てねえと思ったか、聞かれてねえと思ったか。判ってるんだよ、全部な。手前らの胸の内まで事細かく解ってんだよこちとらな。
 寵愛とかいう犬の糞以下のごみなんざ要らないに決まってるだろ。察するんだよ、臭うんだよ。本能ってやつさ。きな臭ぇ気配がぷんぷんしやがる。振り返れば慌てて目を逸らし、周りが静かになると途端に口を噤む。馬鹿ばっかだ、隠し通した気で居やがる。必死こいて掃除してたら、そもそもそいつが汚した事実ぐらい丸分かりだろうが。
 勝手にビビった奴らが、身を隠しながら石を投げてきやがる。こっちはただの非力な人間だってのに。身を護る盾も、お前たちを傷つける剣も無いってのにな。あぁ知ってる、知っているともさ、怖いよなぁ。寵児がどんな力を持ってるかなんて分かんねえもんなあ。
 俺は白い、白いともさ。お前たちが俺に向ける瞳の色と同じだ。視線が真っ白で嫌んなるぜ。誰も暖かい眼光なんて向けやがらない。そりゃそうさ、お前らが忌み嫌う寵児と俺は、全く同じ顔してやがるからな。
 そうともさ、俺という人間の、人間としての人間らしい人生ってやつは、根こそぎ奪われた。全部灰になった。生まれる前から磨り潰されて、最初から無かったみたいにまっさらだ。振り返れば赤ばっかだ、振り返っても血まみれだ。ある時は額から、またある時は唇から、燃えるような生命の雫を垂れ流しながら睨むのさ。その虹彩はやはり紅だ。血の色が透けて復讐を語っている。
 だから決めた。この腸(はらわた)の奥底で沸騰し続けている激情を、全て世界に叩きつけると。我が身を燃やすこの怒りを以て、寵児の未来をも焼却する。俺の幸福を奪い取った悪魔どもに、笑顔の溢れる結末などくれてやるものか。
 だから俺は結成した。寵児の集う結社、白心門道【はくしんもんとう】を。今は一時の憩いをくれてやる。約束しきれない栄光を目の前にちらつかせてやる。足元も見ずに斜め上ばっか見てとびこみやがれ。いつしか真下には無間の奈落が広がっているだろうよ。

 絶滅させてやるよ、繁栄する間もなくな。

 手に取るは、マイク付きのヘッドセット。マイクの中には変声機が内蔵されている。俺の声を、『意志ある一文を』、単なる『機械的な一音の羅列』に、機械音声へと転換する。抑揚も強弱もない音の集合体が、どこの誰とも知らない誰かに届く訳だ。
 その誰かには、ただのコードネームのようなもののみが与えられている。俺を含め、四人いる。素性は誰も知らない。互いに詮索しない。共有している理念は、たった一つ。寵児は危険であり、人類のために絶滅させるべきという意志のみだ。
 全員がチャットにログインしたことを確認し、俺は口を開く。部屋の扉は閉ざされており、ノックをする者は居ない。分厚いカーテンで遮光した暗がりの中、コンピュータから漏れる光のみが、フードを被った俺の姿を浮き彫りにしていた。

「こちらオスカー。応答を求む」
「こちらはネロ、聞こえている」
「ウルシ、回線に問題は無い」
「ブラックで合ってたっけ、私。大丈夫です」

 短い問いかけに、短い応答が重なる。全員が黒を基調とした標識を持っている。彼らの本名に、実際に黒が刻まれているのかは俺の知るところではない。
 本名どころか、歳も知らない。性別も不明ならば職も謎。深入りすれば情が湧く、だからこそ誰も踏み込まない。俺たちは、この憎悪さえ持っていればそれだけで繋がっていられるから、それ以上は求めなくていい。
 親しくなどなってしまえば、もう元には戻れない。ユングもそう言っている。人間関係とは化学反応のようなものだ。二つの異なる化学物質が接触した時のように、一度変化してしまえば、もう元に戻ることはできない。
 尤もそれは、人間関係のみに留まらない。世の趨勢とて同じ事だ。巻き戻しボタンは、録画した映像以外には存在しない。人生にセーブポイントなどありはしない。欲しい才能を得るまで、リセットしてやり直すようなこともできはしない。
 そう、世界とは所詮超巨大なフラスコに過ぎない。
 実験を操作している主も、その目的も掴めない。しかしそれでも、この宇宙という枠組みは、試薬を次々と入れたナスフラスコに似ていた。
 もしかしたらその主は、人という哺乳動物が爬虫類から天下を奪い取ったように、今度は寵児たちに派遣を握らせたいのかもしれない。
 だが、往々にして、実験に失敗は付き物だろう。



 その目元はフードに隠れて見えないが、口角は僅かに持ち上がっていた。
 寵児はヒトから憎まれた。されど世界から愛された。
 しかしこの男は違った。彼は人から敬遠された。さらに世界から見放された。
 寵愛を受けた、○○の寵児ではない。愛されなかった孤独な子供、否定とダメ出しばかり賜った、万人に見捨てられた××の捨子。
 彼が望んでいるのは、徹底的なまでの寵児への弾圧のみだった。