複雑・ファジー小説

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.10 )
日時: 2018/08/26 12:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

  ◆

 永遠なんて、存在しなかったんだ。あれ以降もエクセリオは無邪気な言葉でオレを笑い、悪気のない悪意でオレを傷つけた。本人にその気持ちはないのだろう、しかし確かに確実に、エクセリオの言葉のナイフはオレを突き刺して心をズタズタに切り裂いた。オレは幸せだったあの日を想い、思うほどに、苦しんだ。悪気のない悪意。エクセリオに悪気はないのに、その言葉に行動に込められた無邪気な悪意のせいで、オレは大親友を、憎んだ。
 そして事件は起きた。

 エクセリオと冬の一日を過ごし、しばらくしてから大人たちの態度はさらに悪化した。オレは自分の家から追い出され、家を失い路頭に迷った。最初の数日は野宿をしてその日を過ごしたが、誰も使わなくなった古民家を発見してそこに寝泊まりすることにした。そこはあちこち壁や天井に穴が空いていたが、少しは雨風を凌げる分、野宿よりはマシだろう。
 でも、大人たちって醜いんだな?
 オレが「救世主」でなくなった時から大人たちは手のひらを返したように態度を変えた。崇拝は嘲笑に、尊敬は侮蔑に、期待は憎悪に。何もかもが一転し、オレは栄光から破滅へと突き落とされた。
 皆、オレが「救世主」であった頃はオレにすり寄ってきていたのに、候補がエクセリオに変わった途端、皆が皆エクセリオにゴマすりやがるんだ。人を散々持ち上げといて、その人が落ちたらこのザマか、ハッ。人間の醜さを見たような気がした。アシェラルはもっともっと、誇り高い一族だと思っていたのにな? それもオレが「救世主」であるために刷り込まれた都合の良い情報か。
 この古民家には既に石を投げられた回数数知れず、ゴミ捨て場にされたことも両手の指では数え切れない。放火されたことだってあるんだぜ? 信じられるか? だがな、これが現実なんだよ! これが「救世主」として崇められて捨てられた——メルジア・アリファヌスの現実なんだよ、クソがッ!!
 そうやって物思いに耽っていたら、背中から掛けられた無邪気な声。
 しかしその言葉は、オレの内から憎悪の炎を呼び出すには十分すぎた。

「どうして出て行かないの?」

 何の気も無しに掛けられた無邪気な言葉。それはエクセリオの言葉。オレの背筋に何か冷たいものが走ったような気がした。大好きな、友人なのに。彼はオレを突き落とした張本人。
 エクセリオは言うのだ。どこまでも無垢に無邪気に——残酷に。
「ねぇね、メルジア。今、とっても苦しいんだよね? ならさぁ、この村から出て行けばいいじゃん! 出て行けばきっと、苦しまないで済むよ!」
 オレはゆっくりと後ろを振り返った。そこには邪気の全く存在しない、純粋な笑顔があった。無垢で無邪気で純粋で。悪意や敵意は全くなくて。しかしそれ故に腹が立つ。善人ほどたちの悪い人間はいない。
「……エクセリオ」
「なぁに、メルジア。って、顔怖いよ? 僕、何か気に障ること、言ったかなぁ?」
「……どの口が、それを言うんだ」
 突如、心の底から炎の如く噴き上げてきた怒り。オレは溢れかえる感情に目の前が真っ赤になった。オレは怒鳴った。それはオレの、「救世主」メルジア・アリファヌスの心からの叫びだった。オレの心は落とされたことによって激しく血を流し、悶え苦しんでいた。エクセリオへの愛が憎悪が、絡み合った愛憎がオレを狂わせる。オレは血を吐くような思いで叫んだ。
「どの口が——どの口がそれを言うんだよッ! 出て行くのはお前の方だろう!? 後から生まれたくせに、何の努力もしないでオレが持っていたもの全て奪いやがって、挙げ句の果てに出て行けだと!? ——厚顔無恥にも、程があるだろうッッッ!!」
 オレの怒りに呼応して、燃え盛る炎が召喚される。それはエクセリオを焼かんと躍り狂ったが、オレは僅かに残った理性で辛うじてそれをエクセリオに向けないようにする。
 エクセリオは不思議そうに首を傾げた。
「でもここから出て行けば、居場所が見つかるかもしれないのに。メルジアが嫌な思いをするのはここだけでしょ?」
 オレは無理だとその言葉を否定する。
「無理だ、幻花。オレは他の世界など知らない。そして『救世主』としての生き方以外知らない。そんなので、外の世界で生きていけると思うのか? 本気でそう思っているのだとしたら、お前は馬鹿だ!」
「でもメルジア、最初から諦めるの? そこに希望を見出さないの? 可能性は完全にゼロって訳じゃないじゃない。諦めるのはまだ早いってば」
「——希望を奪ったのは、お前だろうがッ!!」
 炎。怒りに呼応して。オレはついにそれを抑えられなくなった。オレが感じた憤怒が、悲哀が、憎悪が。「炎」という他者を傷付け得る凶器となってエクセリオを襲った。エクセリオは思わず悲鳴を上げる。
「うわ、メルジア、何するの? 熱いよ……痛いよ!」
 いくらエクセリオの「実体のある幻影」といえども、あいつが防げるのもまた実体のあるものだけ。オレの「炎」はエクセリオの咄嗟の防御をかいくぐり、奴の身体に達した。肉の焼ける音、人肉の焦げる異臭がオレの鼻を突く。
 その時のオレは、笑っていた。狂ったように、悪魔の如くに。
——嗤っていた。
「ハハ、ハハハッ! どうした幻花! あんたの実力はそんなものか! ほらな、族長になるのはこんな弱い奴じゃないんだよ。オレの方が優れている! だからだからだから——オレが、メルジア・アリファヌスが、族長なんだよッ! お前なんかじゃないッ!!」
 歪んだ心が生み出した狂気。悶え苦しむエクセリオを見て、オレは高らかに笑っていた。
「お前なんか族長じゃない! この泥棒猫め、オレの前からさっさと失せろッ!!」
「痛いよ……苦しいよ……メルジア、助け……て……!」
 エクセリオは炎を消そうと必死で大地を転げ回るけれど。オレの炎を舐めてもらっちゃ困るんだ、そう簡単に消されるものではない。炎、炎、炎! 炎こそオレの取り柄だ! 炎だけがオレの強みだ! それ以外は何も持っちゃあいないが——炎はオレを、裏切らない!
 そうやって高らかに笑っていたら。
 オレの背後で、地獄の底から響くような、冷たく低い声がした。

「……救世主」

 族長さまの声だ、とオレは確信した、
 時。
「お前は一体何をやっているんだッ!!」
 火花。オレの頭の中が一瞬真っ白になった。続いて、激痛。頭に手を触れると、そこがねっとりと濡れていた。手に付いたそれは鮮やかな赤をしていた。それからは鉄錆の臭いがした。殴られたんだな、と気付くのに数秒。オレは視界の端で、エクセリオの炎が水の魔法で消火されているのを見つけた。水の魔法を使っているのは族長の奥さんだ。そこまで見て、オレは現状をようやく意識した。 
「救世主……偽りの救世主めッ! 次期族長に何をしたッ!」
 飛んできた拳。殴られて視界が赤く染まる。オレはそのまま地にくずおれた。痛い、苦しい! けれども、族長さんよ、一つだけ、言わせてもらおう!
 オレは怖かった。この後自分が何をされるのかと思うと怖くて怖くてたまらなかった。だがな、毒を食らわば皿までだ、もう問題を起こしてしまったのだから言わせてもらうぜ、ああ。そうでもしなけりゃ、何も報いることができないだろう。
 オレは必死で主張した。
「違う……違うんだ、族長さま! オレはただ、貴方に認められたかっただけなんだ!」
 エクセリオに対して憎悪が湧いたのは確かだけれど。オレの本心はただひとつ、族長さまに認められたい、もう一回認めてもらいたい、それだけなんだ。エクセリオばかりじゃなくて、もう一回、もう一回! これまでみたいにオレを、オレを! 褒めてくれれば、認めてくれれば、それでそれだけで良かったんだよッ!
 しかしそんなオレの思いなんて、わかってくれるわけがない。
 族長さまは憤怒に目をぎらつかせて拳を振り上げた。
「問答無用! お前は次期族長候補に対する殺人未遂という重大な罪を犯した! そして代々アシェラルでは、重罪人に対して行う罰がある! そうさ、お前は罰を受けるんだッ! お前なんて、お前みたいな出来損ないなんて——こうしてやるッ!」
 ぼんやり霞む視界の中、オレは族長さまがどこからか鉈を取りだしたのが見えた。ああ、殺されるのかな。オレはそう思ったけれど。
 現実はもっと残酷だった。
 一閃。鉈の凶悪な刃が閃く。しかしそれが落としたのはオレの首ではなくて。
——翼だった。
 激痛。耐えがたいほどに。これまで感じたことのないほどの、下手すれば正気を失ってしまいそうなほどの激痛がオレを襲う。視界が赤く染まり、痛みのあまり何も考えられなく、
——痛イ。
 痛イ、痛イ、痛イ。
 痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛庸痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛イタイイタイタイタイ痛イタイ痛イ痛痛痛イイタ痛イタイ痛イイイタ痛イタ痛痛イイタイ痛痛痛イタイ痛痛痛痛イタイイ痛イ痛イ痛イイタイイイイイ痛イイ痛痛イタイイイ痛イイタ痛痛痛イイイ痛イイ痛イイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィイ痛ィィィィィイィィィィィィィィィィィィ痛ィアィァイァイイァ…………

 気がつけば、意識は消えていた。
 耐えられるような痛みではなかった。

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