複雑・ファジー小説

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.2 )
日時: 2018/08/18 07:44
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈前日譚  偽りの救世主メサイア〉——メルジア・アリファヌス

 アシェラルの民。それは背に翼持つ一族。
 二万年の昔、一人の少年が神に空を願って、その願いが聞き届けられて翼を得たのが一族の起源とされている。
 彼らは謎めいていて、一般の人間の前にはほとんどその姿を現さない。
 しかし人は彼らを見つけると、その背の翼欲しさに迫害するという。ゆえに彼らは人間と関わらない。
 彼らの住まう村もずっと、秘匿され続けてきた。

 「錯綜の幻花」と呼ばれる英雄がいた。彼は「実体のある幻影」を生まれながらにして操る力を持っていた。彼はアシェラルの民であり英雄だった。しかし、彼の過去にはどうしても消せない傷があった。
 彼は今でもその時のことを鮮明に思い出せるのだ。深い深い悔恨の念と共に。彼は図らずも、一人の人間をこれ以上ないほどに破滅させた。下らぬ無知と偽善によって——。

 「救世主」と崇め奉られた少年がいた。彼は生まれながらにして、凄まじいほどの炎の力を持っていた。彼はアシェラルの民であり救世主だった。しかし、彼の人生はあまり楽しいものではなかった。
 なぜなら、彼の幸せは「悪気の無い悪意」によって壊されたからだ。

 持ち上げられて突き落とされた一人の少年。彼は「錯綜の幻花」の身近にいたアシェラルだった。
 これから語られるは「錯綜の幻花」エクセリオと、「偽りの救世主」メルジア・アリファヌスの物語。
 墜ちていく星と昇っていく星。まるで対照的だった二人の少年の物語を、
——ご覧あれ。

  ▼

〈序章 「救世主」の使命〉

 オレはメサイア、十四歳だ。名の意味は救世主。本当の名はメルジア・アリファヌスというんだが、誰もがオレをメサイアと呼ぶ。誰が「メルジア」を覚えてくれているのだか。まぁそれはオレの定めなのかも知れないな。オレがどうこうできる問題ではないんだ。
 オレはアシェラルの民の族長候補だ。アシェラルの民は聞いたところによると、オレのいるこの小さな村アスペからしか族長は選ばれないそうだ。そして代々族長候補は一人だけしか選出されないことになっている。よってオレが次の族長になるのはほぼ確定したようなものなんだ。オレは将来を約束されていた。オレの先に、暗い影なんて一切無かった。
 アシェラルの民では代々優れた魔法の才を持つ者が族長になる。そしてオレは非常に優れた炎の魔法を持っていた。だから族長になれたのさ。オレの力は圧倒的で、村ではオレに敵う者なんて誰一人いなかった。そんなオレのあだ名は「救世主」。その由来にはオレの力の強さとあと一つ、オレがアシェラルの創始者の生まれたとされる日に生まれたことも関係している。誰もがオレを「救世主」と呼び、誰もがオレに「救世主」になることを望んだ。だからオレはひたすらに「救世主」であろうと頑張った。ゆえに通称は「救世主メサイア」だ。
 今日だって。
「メサイア様—!」
 道行けばかかる声。何事かとオレは振り向いた。
 オレの視線の先にいたのは一人の娘。彼女は困ったような顔をしてオレに近づいた。
「昨日、雨降ってましたよね? それでですね、私誤って薪を家の外に置いてしまって、それで薪に火がつかなくて困っているんですよ。だから」
「解った」
 オレは頷き、彼女に「どこだ?」と問うた。彼女は慌ててオレを件の家に案内する。
 そうさ、オレは「救世主」。全てのアシェラルを救わなければならない存在ゆえに、どんなに小さなことでも頼まれれば必ずしなければならない。ああ、やってやるさ、この力の続く限り。オレはその生き方しか知らない。どんなに他の存在になりたいと願っていても、「救世主」という立場から逃れるすべをオレは持たない。だからオレは変わることを願ってはいけない。変化を望むは罪なのだ。オレは「救世主」としての以外の生き方を知らないんだから。それ以外は教わらなかったんだから。
 だからオレは今日も淡々と「仕事」をこなす。午後には族長さまからの講義を受ける。
 実際「救世主」なんてそんなものさ。全然大した存在なんかじゃない。
 それにオレの炎の力は少しばかり——破壊に向きすぎている。現実世界じゃあまり役に立たないんだ。それこそ戦争でも起きない限りは、な。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.3 )
日時: 2018/08/19 11:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 少女について行って薪を燃やす。多少湿っていてもオレの炎ならば関係ない。大して苦労はせずに仕事をこなし、そろそろ時間かなと思って族長さまの家へと向かう。
 その途中で、嘆きを聞いた。
「————ッ!」
 言葉にならない声だけの叫び。身も凍るような魂の叫び。
 何だ、一体何があった? オレは急いで、声のした方に走り出す。
 そこで見たのは。
「一体なんだってんだ! 何でこの里が人間にばれる!?」
「翼を奪え!」
 襲い来る人間たちと、狂乱するアシェラルの民。一人のアシェラルが地面に倒れ、背中から血を流している。そこに本来あったはずの翼は、根元から切り取られていた。
 オレは愕然とした。何故、何故だ? 何故、この閉ざされた里に外部の人間が?
 その答えは、人間の言葉から解った。
「ラッキーだな! 道に迷ってアシェラルに遭遇! 翼は高く売れるんだよなぁ!」
——成程。
 道に迷った愚かな人間たちが、偶然この場所を見つけて襲撃したというのか。
 ならばオレは「救世主」の名にかけて、これを撃退しなければならない。
 視線をめぐらせ、状況を確認する。やって来た人間は十人。随分多い。何かの一団だろうか?
 人員はほとんど男で構成されているが、中には女もいた。女は不安そうな顔で、男たちの後ろに隠れている。全員が全員、侵略者であるという訳ではなさそうだ。三人の男は女を後ろに庇ったまま、その場から動こうとしない。
つまり実質、敵は六人。
「救世主さま!」
「おお、我らが救世主さま、お助け下さい!」
 逃げてきたアシェラルがオレを見つけて必死に呼びかける。任せろとオレは頷いて、男たちの前に立ち塞がった。
 オレの目の前には翼を奪われたアシェラルがいる。オレはそっとそのアシェラルを抱きかかえると後ろに横たえて、これ以上の怪我を負わないようにした。抱えたアシェラルはまだ息があるが重傷だ。すぐに他のアシェラルがそいつを受け取り、巻き込まれないように後ろに下がった。
 そうだ、これはオレの戦いだ。「救世主」と侵略者の戦いだ。そしてこういった場合、「救世主」は絶対に勝たなければいけない。「救世主」は全てを救い、守る絶対的な存在なのだから。
 立ち塞がったオレを見て、男の一人が声を掛けた。
「何だ貴様は? 貴様一人で俺たちに立ち向かおうというのか?」
 その顔に浮かんだのはあからさまな侮蔑と、どういたぶってやろうかと思案する嗜虐心。どのようにここに来たにしろ碌な奴じゃないなと思い、オレは相手を嘲笑うように鼻を鳴らして答えた。
「『救世主』メサイア、この村を護る者。アシェラルの次期族長候補にして炎使い。あんたらみたいな屑を倒すのならば、オレ一人で十分だ」
 オレの挑発に、男は顔を真っ赤にした。単純な奴だ。
「ふざけるなよなぁ! 救世主ヅラしやがって! 馬鹿にしてんのか!!」
「最初から救世主だ、救世主ヅラなどしていない。ああ、勿論馬鹿にしているとも。気付かなかったのか? だとしたら本当に正真正銘の馬鹿だな」
 オレが言い終わるか言い終わらないかの間に。
 一閃。
 男がオレの目の前で剣を振った。しかしそれはオレに当たる寸前で空振りした。オレの赤い髪が切られて風に吹き散らされた。
 男の目には、狂気と怒気。
「馬鹿にするんじゃねぇ! 俺はこの腕の一振りでてめぇを殺せるんだ」
「ならばこっちは、この腕の一振りで貴様を火達磨ひだるまに出来る」
 言うが早いか。
 オレは地を蹴って奴と距離を取り、即座に魔法素マナを組んで式を作り、それを一気に崩壊させた。
——そうさ、魔法はこうやって放つ。
 途端、現れた炎は男を包み込み、男は一気に生ける焚き火と化した。
 この世界、「アンダルシア」には魔法素マナと呼ばれる目に見えぬエネルギー物質があり、オレたち魔導士はそれを感覚的に組み合わせて「式」を作り、組んだ「式」を一気に崩壊させて空間に歪みを作り、それを魔法とするんだ。
 魔法素マナにはそれぞれ「属性」があって、干渉できる事象が「属性」によって異なる。例えば、属性「火」は「火」に関する事象を起こすことができるが、「水」を操ることはできないというわけだ。
 魔導士は目に見えず、触れることも出来ない魔法素マナを生まれつき組み、そして「式」を破壊する力がある人たちのことなんだ。魔法素マナをどう感じるかは人それぞれだから、詠唱も何もアドリブだ。自分で自分の「式」をイメージできれば何を唱えたって構わない。魔法は理論じゃない、才能がものを言う。魔導士の世界即ち才能の世界だ。オレのこの「炎」も生まれつきの才能によるものだしな。
 オレは何も唱えなかった。ただ身に着いた感覚だけで魔法を使い、男に向けて放った。慣れれば詠唱なんざ要らないんだよ。
「うがぁぁぁ……熱ぃ、熱ぃよぉ。水、誰か水、を……!」
 苦しみ悶える男。だがな、オレは言ってやった。
「翼を奪われたアシェラルが、どれだけ苦しむのか分かっているのか?」
「助けて……助け……」
 そうさ、あんたが先程翼を奪ったアシェラルはきっと、その痛みに永遠に苦しむことになるだろう。翼はアシェラルにとっては手足と同じくらい大切な器官。それを易々と奪っておいて、助けてくれなんてよく言える。オレが気付くのに遅れたばっかりに、あいつは一生不自由なままだ!
「甘えるんじゃない。さっさと死ね」
 オレは一気に火勢を強くした。苦しませずに殺してやる。有り難く思え。
 傍から見ればこれはちっとも「救世主」じみてはいないだろう。いっそ悪魔の所業にすら見えるはずだ。だがな、仕方がないんだ。オレの持っているのは破壊の力。破壊の力で誰かを救い、何かを守るには悪魔のようになるしかないんだよ。それはとうの昔に割り切っていた。
 オレはアシェラルの「救世主」だ。他の目なんて気にする暇はない。
 そうやって生ける焚き火をじっと眺めていたら。
 あることを失念していた事に気が付いた。
「隙あり! よくも、よくもヴィンをやってくれたなぁ!」
「救世主さま!」
 怒声、悲鳴。
 反射的に身を翻したが、己の右腕に確かに感じた熱さ。それは燃えるようで、やがては狂いそうなほどの激痛に取って代わる。
「く……くあぁ……!」
 オレの右腕には、無残な傷があった。オレは思わず右腕を抱きかかえてうずくまる。
 失念していた。敵は一人ではなかった。
 オレが倒したのはまだ、六人中の一人だけだったのに。
 うずくまるオレ。それを好機と見て、残った五人が一気にオレに襲い掛かる。「救世主さま!」との悲鳴。しかし誰も助けに来ることはなく、いたずらに叫ぶだけ。
 ギラリと光る、五本の剣。対するオレは大きな怪我を負って。
 こんな状況では、魔法素マナを組むのに集中できるはずがないのに。
 死にたくなかったから、生きたかったから、オレは、
「燃えよ! はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」
 燃えるように痛む右腕。痛みを実際の炎に変えて。
 激痛と熱さが、これ以上ないほどにオレの意識を明瞭にした。
 そして。
「うわぁ! 熱いぞ!」
「ぎゃああああああ!」
 ごうッ、と音を立てて突如燃え上がった炎。それは炎の至近距離にいたオレ自身の肌も焼いたが、その炎は男のうち二人を包み込み、三人をオレから遠ざけた。
 オレは低く、唸るように叫ぶ。
「オレに……近づくなぁッ!!」
 さらに舞い上がった炎。
 激痛のあまり遠のきそうになる意識を、懸命に繋ぎ止めて。
 オレは全てを焼き尽くさんと燃え上がり、今まさに自分の制御を離れようとしている轟炎の中、力を振り絞って立ち上がった。
「燃えよ!」
 叫んで、傷ついて麻痺しかかった右腕を振れば。先程の火炎で辛うじて難を逃れた男二人に火の玉が飛ぶ。
 悲鳴。霞んだ目で眺めやれば、女と彼女を護るように立っていた男三人も、逃げるようにして村を出ていく。
 人道的に言えば、本当はこの四人を見逃すべきなのだろう。現にオレもとっくに限界を超えている。しかしここはアシェラルの秘境。この場所を知った外部の人間を、生きたまま逃がすわけにはいかないから。
 傾く身体。それでも完全に倒れる前に、火の玉一つ、飛ばし、燃え上がる。それが一気に四人にぶち当たって燃えだしたのを見た時、ついに身体が限界を迎えて。地獄のように燃え盛る炎の中、オレは自分の意識が急激に闇に包まれていくのを感じた。

 なぁ、みんな……。
——オレは、あんたたちの救世主に……なれた、よ……な……?

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.4 )
日時: 2018/08/20 10:31
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


  ▼

 身体が、熱かった。特に傷を受けた右腕の辺りが。いや、全身が熱を持っていた。燃えるようだった。
 朦朧とする意識の中、オレは自分がふかふかしたベッドの上に横たえられているのをぼんやりと理解した。
「お目覚めになられましたか」
 遥か彼方から聞こえてくるような声。意識が混濁して、誰の声だかまるで判別がつかない。ただ声の調子から女性であることは分かった。
「救世主さま、よくぞ我らを守ってくれました。貴方のお陰で我らは救われたのです」
 その言葉は本当に嬉しそうで、心からオレを讃えているように聞こえた。
 だが、どうしてだろう。その言葉の裏に、声に。かすかな軽蔑が混じっているように思えたのは。
 オレはあろうことか、こう感じてしまったのだ。
 『あなたが傷ついてくれたおかげで、今日も我らはのうのうと暮らせます』と言っているように。
 そうだ、確かにこの体制に不可解さを覚えることもあった。何故オレだけが「救世主」と呼ばれ、そのあだ名を盾に何でもやらなければならないのか。それをおかしいと思ったこともあった。
 だがな、オレは「救世主」以外にはなれないゆえに、そういった疑いを持ってはいけないんだ。
 それにやりがいだってある。誰かを守り、何かを護る。それはオレにとっての喜びだった。「救世主」として生きることは辛いこともあるが、オレはそれにやりがいを感じていた。
 だから笑って、小さく答えた。
「当然のことさ……」
 そしてオレの意識は再び落ちる。


 あの翼奪われたアシェラルは死んだらしい。色々と手は尽くしたが間に合わなかったようだ。その結果、オレにはやらなければならないことが出来た。
 あれから三日後の夜。まだ傷の治りきらぬボロボロの身体で、オレは立ち上がって歩き出す。
 この村では土葬はしない。死者は皆、炎で燃やす。アシェラルは天の一族。地に埋められるなんてあってはならないことだから。
 で、燃やすと言ったら? 当然オレだ。炎を操るオレしか適任はいないのさ。だから向かったんだ、火葬場へ。ボロボロの身体を引きずりながらも。
 向かった先で見た嘆き。死んだのは男アシェラルで、その遺体に一人の女アシェラルがすがって泣いている。恋人か、家族か。オレは村の全員を把握しているというわけではないからよくわからないが、大切な人なのだろう。
 足を引きずるような足音に気づき、彼女はオレを見た。
「救世主さま……」
 濡れた瞳がすがるようにオレを見る。オレは深く頷いた。
「これから、燃やす。だから離れろ」
 言葉に素直に従って、女アシェラルは泣きながら離れた。
 オレと、遺体と。近くにあるのはその二つだけ。炎は危険だから皆、遠巻きにして近寄らない。
 くずおれそうになる身体を叱咤して、オレは炎を呼び出すために式を組んだ。通常の、攻撃用の式ではない。だってこれは火葬の炎、鎮魂の炎なのだから。
「炎の神ヴォルディオスよ、今、一人の天の民があなたの元に還る。我願う。の者の魂を受け入れ給え、あなたの腕で燃やし給え、罪を悪を、受けた苦痛を浄化し給え——!」
 荼毘だびにふすときの専用の言葉を唱えれば。轟、と音を立てて燃え上がる炎。それは夜の中にたとえようもなく美しく照り映えた。
 舞い散る火の粉は死んだアシェラルの魂の燃える様。炎の赤は死んだアシェラルの魂の色。ああ、命が燃えていく。
 炎は広がっていき、オレと死者を人々から隔てるカーテンとなって周囲を取り囲んだ。
 燃える、燃える、命が燃える。魂が燃える。人生が燃える。静まり返った夜の帳に、紅に燃える炎の宴。冥府に旅立つ魂を送る、眩しく鮮やかな魂の宴。
 オレは体の疲労も忘れて、自分の呼び出したそれに見入り続けた。

 やがて火勢が収まって、静かに静かに夜が明ける。
 死んだアシェラルは灰になり、オレはもう立っていられなくなり倒れた。
 だが、やりきったという思いはあった。あれはオレだけにしかできないことだから。
 だから何度でも働くのさ。だってオレは「救世主」だからな。