複雑・ファジー小説
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.5 )
- 日時: 2018/08/21 08:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈二章 幻の花〉
「彼」が来たのはそれから半年が過ぎた頃のことだった。「彼」はオレよりも六つ下、つまり八歳の、見るからに儚げな印象を宿した少年だった。彼は無理して笑っているような笑みをその顔に貼り付けていた。
この村では滅多に外部からのアシェラルが来ることはない。他のアシェラルは他の里にもいるのだそうだが、秘匿された特別なこの村に、そういった「外部」が来ることは稀だ。だからオレは驚いた。「外部」の人間が来たのを知って。
族長さまから聞いた話によると、「彼」の両親はこの村の出なのだが、ある時好奇心の赴くままに二人して駆け落ち同然にこの村を出て、そのまま帰らなかったらしい。それから長い時が過ぎて戻ってきたのは二人の骨と、この少年。二人は人間に殺されて、その前に生まれて二人によって命を譲られた「彼」のみが帰ることが出来たという。
「本来ならば外部のアシェラルをこの村に入れることは許されないが、この少年の場合は特別だ。入れてやらなければアシェラルが廃る。我らは鬼の心を持っているというわけでは、決してない」
族長さまは言った。
「彼」は両親の死の間際にこの村までの道のりを聞かされ、それを頼りにたった一人で辿り着いたらしい。大したものだとオレは思いつつも、その悲惨な過去に思いを馳せた。
「彼」の名を、エクセリオ・アシェラリムという。
アシェラリム。それはアシェラルの中でも一部の者しか名乗れない、特殊な血筋の高貴な苗字。苗字に「アシェラル」を冠することが出来るのはほんの一握りの者だけ。オレだってメルジア・アリファヌスだ、そんなに高貴な苗字じゃない。族長さまの名も、ルェルト・アインタスだったから違う。
エクセリオの父は現族長さまの、非常に仲の良い弟だったらしい。明るく良く笑う人で、それでいて気紛れ。その妻となった人はこの村で生まれ育ったアシェラルの一般人。いつも穏やかで優しくて、水の魔法が使えたらしい。二人は幼いころからの知り合いで、ともに「外の世界」に憧れていたという。
やって来た新入りとその周辺について得られたのはそんな情報だ。族長さまは弟の死を知るなり、人前で号泣してしまった。それほど仲が良かったのだろう。
そしてオレは今日も今日とて、「救世主」としての、定められた仕事に勤しむ——、
筈だったのに。
「危ないよ!」
声。
突き飛ばされた身体。
何か重いものが落ちてきたみたいな大きな落下音。何だ、何があった?
振り返ったオレは、見た。先程までオレがいた場所に落ちてきたらしい巨大な木材と、その後ろに立つ黄金の影を。そして黄金の影の隣に立つ、全く同じ姿の存在を。
「何もなくてよかった。怪我はない?」
そう問いかけてきた少年は、最近話題の、
「……エクセリオ・アシェラリム?」
「そうさ、それが僕の名前。気軽にエクセルって呼んでいいよ?」
明るく無邪気に笑った黄金。彼がオレを助けてくれたのだろうか? オレはまじまじと落ちてきた木材とエクセリオの華奢な体を見た。
無理だ。彼みたいな弱々しい人間があの状況でオレを助け、自分も一切怪我を負わないで平然としていられるなんて絶対に無理だ。
オレは彼の隣に立つ、彼と全くそっくりな人影を見た。それはエクセリオと酷似した外見を持っていた。こいつはいったい誰なんだ? エクセリオに双子がいたという話も聞いたことが無い。
オレは疑問を解消するべく、エクセリオに問いかける。
「助けてくれてありがとう。ところでそいつは誰だ? あんたの双子か?」
双子の訳が無いと知りつつも、ついついそう訊いてしまう。そう訊かざるを得ない。
するとエクセリオは、得意がるように笑うのだった。
「これ? これは僕の幻影。僕は幻影使いなの。僕にそっくりでしょ?」
彼が踊るように手を振れば、まるで人間のように動き出す「それ」。
「しかもこいつは触れるの。そして物を動かすことも出来るんだ。君を助けたのは、僕が作りだしたこの幻影さ?」
実体のある幻影。唐突にそんな言葉が浮かんだ。
オレはその力を知って愕然とした。
こいつは——こいつの、力は。
様々なことに応用できるだろう。さっきみたいな人助け以外にも、こんな精度で人を再現できるのならば普通に人を騙せる。
無邪気に笑うエクセリオ。しかし彼は凄まじいほどの力をその身に宿していた。
いや、まだわからない。中には短期間で力を失う魔導士だっているんだ。エクセリオのこの力はもしかして、束の間の夢なのかもしれない。実際、人の身に余る力を持つ者のほとんどは幼少期にその力を開花させ、大人になるにつれてその力を失っていく。十歳になる頃にはほとんどみんな無くなる。エクセリオもそんなものなのかもしれない。だが時に、ごく稀に。その力を失わずに十歳を迎え、そのまま力を持ったまま成長していく者たちがいる。それはほんの一握りだが確かに存在する。そしてそういった者たちは皆、二十歳を迎える前に必ず何らかの原因で死ぬ。人の身に余る力に対して、運命の女神が制裁を下すのだとか。
そんな彼らは皆、こう呼ばれる。
——「神憑き」と。
神のとり憑いた子は圧倒的な力を約束されるが、その代わり未来を約束されない——。
オレはエクセリオが前者だと信じる。アシェラルに神憑きなど聞いたことが無い。どうせあの力も十歳になる頃には確実に消える。何も恐れることはない。
そう思い至って、オレは己の内に宿した恐怖に気が付いた。
アシェラルの族長候補は一人きり。それは一度決まると滅多なことでは変わらない。が、変わる例外があるのだ。それは、村に族長候補を凌ぐほどの才能が現れた時。族長と村の者全員の判断による多数決で決められ、そうやって族長候補が交代することもある。前に候補交代が起きたのは五十年前だと聞いている。つまり滅多にない訳だが。
要はオレの座も地位も絶対ではないということだ。そしてオレは、今の座を失うことが非常に怖い。今の座を失ったらきっと、オレは「救世主」でいられなくなる。「救世主」以外の生き方を知らないオレが「救世主」の座を失ったらオレは……オレは、どうなる……?
だがまだエクセリオが神憑きと決まったわけじゃない。だが彼が神憑きであった場合、オレは確実に落とされる。堕とされるのだ、絶対に墜とされる。
オレは目の前の少年のどこまでも無邪気な瞳を見た。彼はオレに危惧を抱かれていることには気づかないだろう。彼は思考の海に入ったオレを、不思議そうに見つめてくる。
まぁ、まだ決まったわけじゃあ、ないか。
オレは偽りの笑みを張り付けて少年に言った。
「ありがとう」
そして逃げるようにしてその場を立ち去った。
最初はただの不憫な少年としか思えなかったのに、その力を知った途端、オレには彼がどうしようもない壁に思えてきたのだった。
(大丈夫だ、まだ決まったわけじゃない)
そう自分を叱咤するも。
二年後、少年が十歳になる日のことを、怖くて怖くて仕方がなく思っている自分がいた。
◆
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.6 )
- 日時: 2018/08/22 14:47
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◆
縁とはつくづく奇妙なものだ。オレはエクセリオとの初めての出会いから、繰り返し彼と出会うことになった。それまではただの「有名なだけの他人」同士だったのに、エクセリオはオレを見かける度に声を掛けてくるようになった。
今日も。
「メルジア!」
オレの「本当の名」を呼んで、近づいてきた黄金の影。こいつだけがオレを「救世主」と呼ばないんだ。こいつだけがオレを「メルジア」と呼び、本当のオレを見てくれる。メルジア・アリファヌスなんて本名、時にオレですら忘れそうになるのにな。
その日、オレはまた「救世主の仕事」として雑用みたいなことをこなしていた。
エクセリオは言う。
「ねぇ、メルジア」
明るく笑って。
「どうして『救世主』なんてやっているの?」
どこまでも無邪気に。
「メルジアがやっているのは、ただの雑用じゃん」
その言葉は、オレの心に深く突き刺さった。
「『救世主』って、もっと違う生き方だと僕は思っていたのにな」
無邪気に笑って、何のためらいもせずにエクセリオはオレの心を抉った。
エクセリオが言ったのは、ずっと前からオレの心にくすぶっていた疑念と不信。そんな疑いを抱いてはいけないのに、エクセリオの言葉はオレの暗い思いを再燃させた。
そうだ、本来の救世主ならばこんな雑用ばかりの生活なんてしないはずだ。何かあったら真っ先に犠牲にならなければならないのが救世主としての在り方ならば、救世主の幸せはどこにある? 犠牲になることに幸せを感じろというのか? ただひたすらに献身し、自らを省みるなということなのか? 救世主は要はただの、禍を押しつけるための便利な——
(駄目だ、考えてはいけない!)
オレが「救世主」としての在り方に疑問を持ってしまったら、オレ自身が破滅する。なのに奴は不思議そうな顔をするのだ。
悪気のない悪意。
「ねぇ、どうして? 教えてよ!」
「……黙れ」
心の葛藤。打ち克ちたいから、オレは無邪気なだけの彼に言葉の刃を向けた。
「そんなのどうだっていいだろう! オレが『救世主』であることは生まれつきなんだ! そんなことにつべこべ言うな!」
……八つ当たりだとわかっていた。エクセリオは一瞬、虚を突かれたような顔をした。その顔が暗く沈む。
オレに出会う前のエクセリオもそんな顔をしていた。悲惨な過去。両親を失ったばかりで寄る辺なく、それでも苦しいのを、悲しいのを悟られたくないから無理して笑っていた。
壊れた笑顔。
しかし沈んだ顔でも、エクセリオは笑っていたんだ。
教えてくれ。どうしてお前はそこまでして笑う?
その顔が、痛ましくて。八つ当たりした自分が、腹立たしくて。居たたまれなくなったオレは、ついにその場から走り去った。
「メルジアー?」
エクセリオの声が、罪のない声がオレを追いかけて心を切り裂いた。
◆
エクセリオの才能は化け物だ。少なくともオレはそう思う。
日を追うごとに彼の力はどんどん強くなっていった。一度に同時に操れる幻影の数が増えていった。
魔法素を操るには「魔力」と呼ばれる、消耗型の特殊な力が必要になる。それは扱う魔法の規模によって消費量が変わっていく。魔力の所持量は生まれつき決まっていて、決して変わることはない。魔力を消費すると精神的に疲弊する。が、消費し過ぎて魔力が底を尽くと、消費対象を失った魔法は己の身体すら破壊してしまう。そこまで行く例はごく稀だが、実際に魔法を使い過ぎて身体のあちこちが破裂した人間もいたらしい。オレはそこまでの無理なんてしたことがないが。
そして魔力は休めば回復する。個人差があるが回復にはそれなりの時間がかかる。
オレが信じられないのは、エクセリオが全然魔力切れを起こさないことだった。
「実体のある幻影」だぞ? 十歳まで持ち続ければ「神憑き」にすらなれるレベルの力だぞ? それで作りだした幻影を何体も同時に操るんだぞ?
確かに扱いを覚えればどれくらいで魔力切れを起こすのか分かるようになるから、魔力切れを起こさないように注意することはできるだろう。しかし彼ほどの魔法の持ち主ならば、すぐに魔力切れで倒れてもおかしくはないのに。それなのに、オレは奴が魔力切れで倒れたところを見たことが無い。おそらく、凄まじい量の魔力を持っているのだろう。
オレだって確かにそれなりの魔導士ではあるが、「神憑き」になるには全然足りないし何より、他人よりもたくさん炎を操れるだけでそんな能力、エクセリオの「幻影」に比べれば簡単に霞んでしまうものなんだ。
そしてある日、エクセリオのその稀有なる才能が村の皆に知らしめられる事件が起きた。
エクセリオは生まれつき身体が弱かった。外に出るにもすぐに病気をする虚弱体質だった。現にオレと話している時に急にぶっ倒れて焦ったことも何度もあった。エクセリオは身の内に膨大な力を持っていたが、その代わりのように身体が弱かった。特に寒さの激しい冬の日なんかは、彼が外に出ることさえも稀だった。だからオレは彼のために、お見舞いに本を持って行った事も何度もあった。
それは本来ならば彼が外出することなんてない、ある寒い冬の日のことだった、
隠されたこの村に、目的を持って侵略者がやって来たのは。
時刻は早朝。まだ誰もが眠っている時、
それは起きた。
「うわあああぁぁ!」
上がった悲鳴。その頃、オレは安らかに眠っていた。その声に目を覚ませば、視界に映ったのは炎の赤。
(敵襲? またか、またなのか!)
どこからばれるのかまるで分からない。アシェラルの里は、人の寄りつかない高山の中にあるのに。
外に出てみたら、轟々と音を立てて村が燃えていた。
炎。
それは、オレの力。
ただし一言言及しなければならない。オレは確かに炎を操るが、それは呼び出すこと専門で、自分で呼び出した炎以外は消すことが出来ない。
つまり。
この状況で、「救世主」はまるで頼りにならない——。
なのに。
「救世主さま、お助け下さい!」
それなのに。
村の人々は皆、一様にオレに縋ってくる。オレは何も出来ないと知っているだろうに、オレが「救世主」だから奇跡を起こすとでも思っているのだろうか?
精々できることは放火した犯人を見つけて倒すことくらいか。考えている間に火は広がっていく。
「くそ! 誰か水使いはいないのか!?」
思わず叫んだオレの隣で。
居るはずのない人の声がした。
「出来たよ。もう、お終いさ」
笑った小さな声とともに、一瞬にして火は掻き消えた。
「……エクセリオ」
オレは「彼」の名を呼んだ。
あの現象を見る限り、エクセリオが放火の犯人としか思えないのだが? 彼が現れた瞬間、あれほど辺りを覆い尽くしていた炎は消えた。
オレは彼に難しい顔を向けた。
「どういうことだ、説明しろ」
詰め寄っている間に皆の声。「どこも焼けていない!」「ならさっきの炎は何だったんだ!」
エクセリオは笑う。笑う、笑う、無邪気に笑う。
その唇が、言葉を紡いだ。
「僕は朝早く起きて何かおかしいなって思った。よく見たら外の人間が何人かいた。そいつは何が目的かわからないけれど村に火をつけようとしてた。だから僕が」
先んじて、と言おうとしたエクセリオはそこで小さなくしゃみをした。そこに至ってオレは、彼が寝間着のままだと気が付いた。小さな身体が寒さで震えている。
このままだと病気になるな、と思ったオレは、自分の羽織っていた黒のマントを脱いで、そっとエクセリオに差し出した。サイズの差もあって彼にはぶかぶかだったが、エクセリオは礼を言ってありがたそうにそれを体に巻きつけた。
彼は気を取り直して説明を続ける。
「先んじて、物陰で幻影を使って偽物の炎を起こしたのさ。すると奴らはびっくり仰天! 小さないたずらのつもりだったのかなぁ? でもその人達には、起こした炎がごうごう燃え盛って広がっていったように見えたんだよね。そのまま固まっていた人たちを捕まえるのは簡単だったよ」
言って、彼が軽く腕を振れば。途端、不意に現れた、「実体のある幻影」のロープで縛られた幾つもの人影。
オレは驚いた。奴は、エクセリオは。
「『実体のある幻影』だけでなく、通常の幻影も操れるのか……!」
それも、本物とほとんど遜色のないくらいにリアルに。
「僕、役に立てたでしょ?」
無邪気に笑った金色の影。オレはそれに戦慄した。
誰もが彼のその力を見ていた。誰もが彼の「実体のある幻影」を見ていた。
エクセリオがゆらりと手を振れば、現れる、本物そっくりの幻影。
前から気づいていたはずなのに。
——こいつの力は本物だ。
改めて理解し震えた心。
その時蘇った、彼の力を初めて目の当たりにしたときの恐怖。
「救世主」はまるで役に立たなかったのに、外部からの少年が、大して苦労もせずに村を救った。
やがて彼は村にて、「小さき英雄」と持てはやされるようになる。
その栄光と反比例するように、「救世主」たるオレは人々に軽く見られるようになっていった。
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.7 )
- 日時: 2018/08/23 07:54
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◆
オレには知りたいことがある。
ある日、オレはエクセリオに訊ねた。
「なぁ、お前、どうしていつも笑っているんだ?」
あの日。エクセリオがはじめて村に来たあの日。彼は両親の遺骨を抱えてやってきた。
両親を殺され、悲しくないはずがないのに、それでも笑っていたエクセリオ。無邪気に無垢に、天真爛漫に笑っていたエクセリオ。その言葉にオレは確かに傷つけられたが、悲しいことがあったというのにこの笑顔は、この無邪気さは、なんだ。オレはそれが不可解でならない。
するとエクセリオはその顔を一瞬だけ曇らせた後、無理に笑っているような笑顔を作った。
「父さんも母さんも、ずっとずっと笑顔でいなさいって僕に言ったんだ」
自分が死ぬ間際も、ずっと、とエクセリオは呟いた。
「だから僕は笑顔でいるんだよ。むくで無邪気で、素直でいるんだよ。でも本当は僕、すごく悲しい。悲しくて悲しくて胸が張り裂けそう。でも、父さんが母さんが、『笑顔でいなさい』って僕に言ったんだ。だから僕は笑うよ、悲しくても、辛くても、ずっと。そうしないと、壊れちゃうから」
オレは、エクセリオの抱えた闇を知った。
エクセリオが両親の死を忘れて笑っているだって? とんでもない。両親の死という出来事は幼いエクセリオの心に非常に大きな傷を残し、エクセリオは笑うということでしか、自分を守ることができなくなっていたのだ。笑顔の、意味。エクセリオの笑顔の、意味。それにはそんな狂気じみた闇が隠されていたなんて。
迂闊だった、とオレは思った。こんなこと、聞くんじゃなかった。
親友なのか敵なのか、いまだよくわからないエクセリオ。それでも、知らない方が良いこともある。
笑うエクセリオ。しかし真実を知ったあと、オレにはその姿が非常に痛ましいものであるように感じた。見ていられなくなって顔をそむけたオレを、不思議そうなエクセリオの声が追いかける。
「どうしたの、メルジア。僕は平気だよ! 笑顔でいれば、悲しいこともつらいことも、忘れられるんだから!」
無垢に、笑う。無邪気に、笑う。天真爛漫に、この世の悲しみを知らないかのように笑う、エクセリオ。
それを見ているのが、オレは悲しかった。
◆
それから数年、時が経った。身体の弱いエクセリオは相変わらず病気ばかりしたが、彼の操る幻影の力は、どんな時でも衰えを見せなかった。寧ろ日ごとに強くなっていく気さえした。
そして、ついに「運命の日」が訪れた。
オレがエクセリオに初めて出会って三年後。エクセリオの十歳の誕生日がやって来た。
十歳。それは人の身に余る力を持つ者が「神憑き」であるかを判定する歳だ。十歳になる前に力が消えていればその子は「過去の神童」で終わる。それは一時期持てはやされるものの、いずれは消える名声だ、栄光だ。そういった子がそのまま大人になった場合、一種の昔話として語られる程度の現象。それ自体も珍しいことには珍しいが、「神憑き」の比ではない。
「神憑き」は才能が長く維持される代わりに歩む道は修羅の道。どう足掻いても「神憑き」の子は二十歳まで生きられない。に十歳になる前に病か事故か、はたまた殺されるか。何らかの原因で必ず死んでしまう。そうなるように天が采配しているかのように、絶対に死ぬのだ。
エクセリオの才能はどう見ても人の身に余る力。だから彼は「過去の神童」か「神憑き」のどちらかになるのだが、果たして。
彼が十歳を迎えた夜、皆の前で、その才能が残っているかが測られた。
「エクセリオ・アシェラリム」
族長さまの声が、アシェラルの儀式場にしんしんと響く。
これまでの歴史を紐解いてみるに、アシェラルに「神憑き」が誕生した試しはない。
エクセリオがその日に生まれたことはわかってはいるが、具体的にどの時間に生まれたかまでは不明である。そのため「神憑き」判定の儀式はその日をまたいだ深夜、行われた。
「力を、見せよ」
もしもエクセリオが「神憑き」ならば、見せられる力も何もあったものではないだろう。そして今この場所で嘘をつく理由もない。
エクセリオは頷いて、いつもやるようにして両手を広げた。その幼い顔が緊張で固まる。
「行くよ……」
オレも緊張した。願わくは、彼が「神憑き」ではあらんことをと。
しかし、
虫の予感は、
本物だった。
「……僕って」
呆然とした顔で呟いた、金色の少年。
彼が軽く腕を振ったとき、現れたのは変わらぬ幻影。
エクセリオが選んだ幻は、自分自身。彼の目の前には彼そっくりな幻影が立っていた。
「……動いて。僕に触って」
震える声で命じれば、その幻影はエクセリオに触れた。
エクセリオに触れられた。
すり抜けずに。しっかりとした質感を持って!
「判定! エクセリオ・アシェラリムは『神憑き』である!」
族長さまの声が遠く聞こえた。オレはそれから続く言葉を聞き取ることが出来なかった。
嘘だろう、あり得ない。オレの頭は現実を受け入れることを拒否するが、どこかで「やっぱりな」と思っている自分がいた。あいつの才能、溢れんばかりのその才能! やっぱりな、あいつは「神憑き」だったんだ!
これで全てが決まった。エクセリオはオレより優れたアシェラルだ。で、このアスペの村は実力主義だ。オレは間もなく落とされるだろう。——堕とされる、だろう。
心の中に絶望が広がっていくのを感じたがどうしようもない。親しく付き合ってくれ、オレを「救世主」と呼ばずに素直に「メルジア」と呼んでくれたエクセリオ。それは確かに嬉しかったが、この瞬間、何かが決定的に変わった気がする。何かが決定的に壊れた気がする。
一つ。エクセリオは十中八九、オレの居場所を奪っていくだろう。
そして一つ。オレが「親友になるかもしれない」と僅かに期待した彼は必ず早死にする。
——なあ、エクセリオよ、錯綜の幻花よ。
お前が「神憑き」でさえなかったら、全て丸く収まったのに、な。
斯くも運命は残酷で、オレたち神ならぬ身は、それに翻弄されるしかないのか。
なぁ、そうなのか? そうなるしかないのか? なぁ!
……誰か教えてくれよ。