複雑・ファジー小説

Re: 狂騒剣戯 ( No.2 )
日時: 2018/07/12 21:47
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

『まずは家へ戻れ。体勢を立て直せ。お主のことも知らねばならぬ』
「……」

 降りかかる冷静な声が、正紀の頭を文字通り冷やす。ただただ走るだけでは意味がない。状況や詳しい話を知らねば、身を滅ぼすのみ。声は言外にそう含ませていた。正紀はぐっと拳を握る。爪が食い込み、血が出るのではないかとばかりに。
 下唇を噛む。だが血を流すには不十分であった。それを見かねたのかどうなのか、声───安倍晴明(あべのせいめい)と名乗るそれは、彼にまた話しかける。

『ひとまず。お主、名は。詳しく聞かせよ』
「……村山 正紀。16歳、高校2年。さっき妖魂に食われた村川 雨音の幼馴染。これでいいか」
『───村正がお主を選んだ理由、徒然解せた。して、急ぐといい。時間がない』
「わかってるよ……っくそ、最初に話し吹っ掛けてきたのはそっちだろうが、つか追いかけろとか言っといて家にもどれとか、まじで方向性統一しろよっ」

 正紀は苛立たしげに、アスファルトを蹴った。



第弐ノ噺
『ツルギノミコ・エラバレシモノ』



「おけーり。遅かったな」
「……」
「んお、無視かよコノヤロー」

 家に変えれば、年の離れた兄が正紀を出迎える。Tシャツにジャージというラフな格好で、正紀の前に現れる。彼が昼食を買いにコンビニへ出かける前の格好とほほ同じ。まだ着替えてなかったのかよ、と思いつつ、兄の出迎えをほとんど無視する形で自らの部屋に足をすすめる。そんな弟を不思議に思いつつも、まいっか、とあくびをしながら見送る。さて、ハーゲンダッツ食おう。
 自室に戻った彼は、手を真っ直ぐに目の前に出す。そして手の平を上に向け、意識を集中させると、その手に妖刀村正が現れる。それをしっかりと握ると、どこへでもなく話を始める。

「なァ、あんたは───どこまで知ってる」
『───始まりと、点々は。あの者……アシヤドウマンが目覚め、何を思ったか私を封じ、人々の邪気を吸って妖魂を作り上げ、世にはなった。幸いにも封じられたのは体のみだったせいか、こうして精神(たましい)だけは、動き回ることができたのだがな』

 ふわふよと、光の玉のようなものが彼の周りをくるくるとまわる。その光の玉を目でも追うことなく、正紀は言葉を続ける。

「そのアシヤドウマンの目的は?」
『即ち、次の現世の掌握。実体化し、あまねくすべてを無に返し、そしてそこから彼奴の描く全てを現し、その別の現世に始まりの者として降り立つつもりであろう───妖魂はこの世を無に返すための、生贄にすぎないであろうが』
「成長した妖魂を使って、この世をぜんぶなかったことにするのか…」
『如何にも』

 正紀は舌打ちをして、胡座をかいている足に肘をつき、頬杖をする。いきなりわけのわからない生物───妖魂に食われ、突然『剣の神子』なんて言うものに覚醒しただけでは終わらず、幼馴染は目の前で妖魂に食われ連れ去られて、おまけに全ての元凶であるアシヤドウマンの野望とそれを達成するまでの手段を聞かされる。嗚呼本当に今日は厄日だ。なんでこんなことに巻き込まれなきゃならないのか。正紀は苛立たしげに床においた村正を見やる。
 そもそも剣の神子ってなんだ。な剣限定なのか。というか刀なら、名前を変えて刀の神子とかにするべきだろう。正紀はふわふわと動く光の玉に、なぁ、といくらか声のトーンを落として問うた。

「剣の神子ってなんなんだ」
『その名が示すまま、剣(つるぎ)に選ばれた者たちだ。そなたもその1人』
「たち……ってことは、俺以外にもいるのか」
『左様。私が把握している数は、そなたを含め四(よ)つ───そのうちの一つは……』
「その前に、剣って言ってもたくさんあんだろ。制限とか種類とか、そういうのねえのか?」

 晴明の言葉を遮り、正紀は口を開く。
 今までの話でそれとなく理解はしているつもり、あくまで理解しているつもりなのだが、腑に落ちない、というか訳がわからなすぎて、何でもかんでも口に出してしまう。先程出てきた新しい単語も、まずそれを覚えるので精一杯で、意味など頭に入らない。本当に何がなんだかわからない。俺はただの一般人。ちょっとだけ身体能力がいいかもしれないだけの一般人だぞ、一気にそんなこと詰め込まれても、言われても、わかるわけないし覚えられるわけ無いだろ。こっちは物覚えそんなに良くないんだぞ知ってんのかコノヤロー。
 そんな怒りと複雑な何かを抑えに抑えて、正紀は問うた。あれ?なんでこんなこと聞いてんだ、口と心が一致してねえ。わけわかんねえもう知らねえ。

『───俗に、聖剣、魔剣、妖刀、神剣などと謳われている剣のみ。それだけだ』
「……今ん所表に出てんのは?」
『欧州の聖剣、この国の神剣、そして妖刀村正……か』
「アンタ、欧州の聖剣とかって知ってんだな…もうわけわかんねえのが余計わかんなくなるから聞かねえけどよ、具体的には?」
『───そなたの村正、えくすかりばあ、十束剣、天叢雲剣か』
「えくすかりばあ……『エクスカリバー』か。メジャー所だな。そんで十束剣(とつかのつるぎ)は確か武甕槌(タケミカヅチ)の刀で、天叢雲剣は草薙剣……天羽々斬(あめのはばきり)とかっても言ったっけ。あとカタカナ苦手なのかアンタ」

 告げられた情報に正紀は眉をさらにしかめる。だが晴明はそれを無視して続けた。

『妖魂を斃せる者は、剣の神子しか存在しない。私はこの有様だ。わかるな』
「……よーするにだ。その剣の神子っつぅ、まあ俺みたいな奴らが、その妖魂とかいうバケモンを斃してって、最終的にはアシヤドウマンをぶった斬ればおしまいってか」
『左様』
「───で、肝心のお前の目的は?剣の神子はお前が選んでるのか?そもそも剣の神子のセンコーキジュンは?」
『…剣の神子は剣自身が選ぶ。私に選択の余裕はない。あくまで私は、剣に選ぶ意識を与え、剣に宿る妖魂を斃す力を、その者に引き出させるのみ。意識を与えた剣は私が力を感じたものだけだ。あくまで剣に選ばれた者。たったそれにしか過ぎない』
「剣の神子っつぅ証は?」
『そなたの額に刻まれた五芒星と同じもの───それは剣の神子によってそれぞれ違う部位に在る。ある者は胸、ある者は瞳、ある者は項……と言うようにな」
「へえ。そんで安倍晴明、アンタの目的は?」
『───無論、実体の奪還。及びアシヤドウマンの野望の阻止、完全なる消滅。それにしか過ぎぬ』

 その言葉は、今まで聞いてきた声よりも、1番強く重たいものであった。心なしか光の玉も、煌めきが強くなったようだ。正紀は村正を手に取り、しばらくの沈黙のあと、握る手の強さを強め、なあ、と口を開く。

「雨音を喰った妖魂。京都にいるっつったよな」
『如何にも』
「───俺は雨音を助けるために京都に行く。アンタの目的は二の次だ。ただ雨音を助けるためだけに、京都に行く。今の説明じゃあ、壮大すぎてあんまり乗り気になれねえんでな。それでいいか」
『……構わない。現状を見れば考えは変わるだろうが』
「それはそんときにならねえとな!」
『それと移動時はそなたの首飾りに入らせてもらうぞ。怪しまれるのでな』
「へーへー、あとネックレスとかって言えよなあ。あーでもこの場合首飾りでいいのか……?」

 光の玉は正紀のネックレスの飾りである勾玉にすぅっと入っていった。それを見届けると、っしゃいくぞ!と意気込んで、自室の部屋を飛び出した。
 というところで、正紀は勢い良く何かにぶつかる。ぶつかった部位を両手でおさえれば、ぶつかった何かは彼に対し声をかける。だがその声は、心配してると言うようなものではなかった。

「オーウ何やってんだオメー」
「……兄貴ッ何しに来たんだよッ。イテテ」
「兄ちゃんと呼べ。オメーに話があんだよよー聞け」

 兄貴と呼ばれたその人───村山 壱聖(むらやま いっせい)は、正紀が起き上がるのも待たずに座り込み、心底どうでもいいように要件を告げる。


「俺『も』京都行くわ」


 その一言は、痛みにどうにかして耐えようとする正紀を、がばっと飛び起こさせるには十分なものであり、

「………はぁ?」

 間抜けな声が出てしまうのであった。


弐ノ噺 終