複雑・ファジー小説
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.1 )
- 日時: 2018/08/16 15:10
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: 2KAtl1AZ)
久々に短編書きました。
もう夏休みが終わります......(´・ω・`)
北海道は夏休み終わるの早いです。課題が終わってないです。
辛すぎる(;つД`)
嘘
「成人式で、着て行くんです」
70%オフのシールが張られた浴衣を、一層強く握りしめた女性は、どこか焦りを感じているようだった。
今は9月中旬、花火大会や地元のお祭りは既に終わっている。本来この店で売り残った浴衣は、来年のお祭り用を見越して売っているのだが。
「……成人式に着て行くと答えた人は初めてです」
私がそう答えると、彼女は「ですよね……」と苦笑していた。
彼女は一番派手に見える、紺を基調とした白いユリが描かれた浴衣と、赤いコサージュ、そして黒の下駄をレジに置いた。
———振袖に比べたら、浴衣なんて霞んでしまうのに。
私が高校を卒業して働き始めて、成人式の為に振袖を見に行った時のこと。
華やかで可憐な振袖に私は、夜空に花火が打ち上げられる時の息をのむような美しさに衝撃を受けた。
———花弁を何枚も重ねたかのように美しい。
その振袖とこの浴衣を比べてしまうと、生地はペナペナで安っぽいし、目を奪われるようなキラキラとした装飾は無い。彼女はお金がないのだろうか、それとも予約を忘れたのだろうか。
問いかける勇気もなく、私はそっとお釣りを渡した。
2ヶ月後のこと。母が倒れたと聞いて、慌てて病院に駆けつけた日だった。
空も地面も、赤くなった手にかかる息も、全てが白かった。そんな白さも忘れてしまうぐらい、電話に出た母の声は明るかった。
『過労だったみたい〜。母さん少し働きすぎだって、お医者様に言われちゃった』
「どれだけ車走らせたと思ってんの! 滑って対向車に当たりそうになるし……。病院着いちゃったから、とりあえず向かう」
病院に入り携帯の設定を済ませてエレベーターを待っていると、後ろから小さく「あ……」と呟く声が聞こえた。
振り返るとそこには。
———あ……。
綺麗なユリが目に映える浴衣、ポニーテールを彩る真紅の薔薇のようなコサージュ。季節に似合わない服装は病院内で浮いている。成人式に着て行くと答えた女性だった。
目には真珠のように光る滴を溜めて、寒さに震える体を押さえて一礼した。
「すみません……成人式に着て行くなんて嘘……」
「え、あ……いえいえ! 嘘なんて誰でもつきますし……」
フォローにならなかっただろうか。彼女の瞳から切り離された滴は、小さな結晶のように頬へと流れる。ギョっと驚いてハンカチを渡すと、彼女はまた苦笑した。少しだけ触れた手がヒンヤリ冷たい。
「母さんに振袖姿を見せたかったんですけど……意識が朦朧としているから、これを振袖だって嘘ついてもバレないんじゃないかって……」
「え……」
彼女は震える声でこう言った。
「母さん、あと3日もしないで死ぬと思います」
———あどけない少女のようだ。
二十歳を過ぎた私と、二十歳にまだ届かない彼女。
二十歳に届かない彼女は、こんなにも私の目に幼く映る。
だけど、だけど———。
「大丈夫ですよ」
優しく、穏やかな口調で語りかける。
「ちゃんと振袖に見えます」
幼い表情とは裏腹に、派手で麗しい浴衣は少し背伸びしたコーデに見えた。
「綺麗ですよ」
とても振袖には見えない、大人びた服装。横顔も涙の筋が残る少女。
でも、私は。
「……ありがとうございます」
淡く微笑んだ彼女は先にエレベーターへ乗って消えてしまった。
でも、私は。
でも、私は、
———でも、私は、
———こう嘘をつくしかなかった。
そう自分でも思う。
