複雑・ファジー小説

Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.3 )
日時: 2018/09/30 13:00
名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: Vy4rdxnQ)



おはこんにちばんわ〜麗楓です。
中編っぽいの書いたけど長いので、二つに分けて投稿します。
昨日見晴らしの良いレストランで昼食を取り、アサリのパスタが美味しかったのですが、デザートのブドウが酸っぱすぎて景色が全て抹消されました。


意味合い(前編)


 「お兄さん何してるの?」
 突如背後から聞こえた声に思わずビクッと身体を震わせる。振り返ると、大きなリュックを背負った少女が立っていた。
 月に照らされたショートボブの黒髪、暗闇で大きくなる黒目。セーラー服を着ている少女は中学生に見える。
 リュックの重さに負けじと、前屈みになるその姿は重心が傾いてヨロヨロと倒れそうだった。
 「その自転車、お兄さんのもの?」
 「……そうだよ」

 まさか盗んできたとは言えない。

 「へー、青いのかっこいいね」
 「そうかな……」
 受け答えしないで逃げれば良かった、と思った。
 自分の物ではないから、上手く反応することが出来なかった。
 実際自転車のデザインはどうでも良い。色合いがどうとか、そういうことは関係ない。
 ただ鍵をかけ忘れた自転車を選んだだけだ。
 橋の近くまで行くことが出来れば、後はどうでも良かった。
 「それより君こそ、こんな夜遅い時間まで部活かい? 寄り道しないで帰るんだよ」
 地域に居る人が言いそうな言葉を選んで話す。
 少女は周りをキョロキョロと見回して「ふーん」と呟いた。


 「お兄さん死ぬの?」


 向日葵が一面に開花したように微笑んだ


 ———ヒュッと息が詰まりそうになった。


 呼吸はしているはずなのに、心臓や肺まで酸素が行き届いていないようで苦しく感じる。
 平静を装うとすると何故か頭は思うように働かなくて、どうしても焦る。
 「な……んで、そう思うんだい?」
 精一杯捻り出した言葉の選択に誤りがないか考える余裕すらなかった。
 「それよりさ、お兄さん」
 「え?」
 少女は駆け足で駐輪場まで行くと、適当に選んだシルバーの自転車を自分の物のように扱い、また戻ってきた。
 「鬼ごっこ、しませんか?」
 「目の前で窃盗した人に言われても……」
 「どーせお兄さんも窃盗でしょ? お兄さんが鬼だから! 早く私を捕まえてね!」
 一方的に喋り、返事すら聞かないで少女は自転車を漕ぎ始めた。
 「何で自転車で鬼ごっこしなきゃいけないんだ……」
 訳が分からないまま、自転車を漕ぎ始めた。ライトを付けているからか、やけにペダルがずっしりと重たかった。


 ———しまった、もっと自転車を見極めて選べば良かった。


 そのまま少女を追いかけて懸命に走っているが、全く追い付くことが出来ない。
 少女は教科書やノートの入った具沢山のリュックを背負っているにも関わらず、自転車を漕ぐスピードは速い。
 他人の自転車を漕ぎ続けて何年ぶりに大量の汗をかいた。
 先ほどまでドロドロとした心情が身体中に巡回していたはずなのに、いつの間にか無くなっていた。ハンドルを強く握り締める。
 無我夢中で走っていると、目の前には満月、遠くの方で夜の街がきらびやかに輝いていた。

続く