複雑・ファジー小説
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.6 )
- 日時: 2019/01/21 22:14
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: P/XU6MHR)
お久しぶりです、麗楓です。
更新していきなりですが、小説カキコは3月まで浮上しないことを宣言します。
センター......失敗したので(´・ω・)
先程動画投稿サイトを見て、「本気でやらなきゃ」と思いました。
中編を作りました(12月頃に)が、次の更新は3月まで待っていて下さい。
そしてなかなかに長い(`・ω・)
交換日記。(前編)
———離婚して下さいって書かれてないよな?
ある日家に帰ると、食卓テーブルの上に一冊のノートが置かれていた。
深夜0時、昼間に働いている妻は明日に備えて静かに寝ている。
塾の講師として勤務する私は昼夜逆転してしまっているため、結婚してからというもの、妻との会話は少なかった。
朝起きて昼間働き、夜眠る妻。
昼起きて夜間働き、朝眠る私。
結婚から3年ほど経つが、1年前から私の方が忙しくなり、まともに会話することがほとんど無くなった。
怖じ気づいた私は、恐る恐るノートを開く。すると、丸みを帯びた文字で次のような言葉が書かれていた。
『ここ最近まともに会話出来ていないので、なんとかお話できないかなって思って、ノートを作ってみました! これからは今日起こった出来事を書いていく"交換日記"をしましょう!』
「はあ?」と思わず声を漏らす。
さらにその次のページには『今日朝の占いが1位だった!』と綴られていて、私は眉間にシワを寄せた。
妻の寝顔を覗き込むと、布団をかけずに腹を出して眠る妻が居る。
———今日起こった重大な出来事が、まさか「占いが1位だった」で済まされるとは。
しばらくは付き合ってあげるか、と観念して私は、真夜中に小さく光を灯すスタンドライトの中、私はペンを走らせた。
返事は家に帰ってきてから書かれていた。
相変わらず、布団を蹴飛ばして静かに寝る妻を見て、苦笑する。
私は布団をかけ直してから、チェックの付箋が付いているノートを開いて、見てみることにした。
『よかった。あなたのことだから、恥ずかしがって書かないかもって思ってたけど、ホッとしたわ。昨日は1位だったからか、可愛いワンピースを見つけたの。似合うかな? 今度これを着て一緒にお出掛けしよう!』
顔を上げると、ハンガーに掛かったワンピースを見つける。
清楚な水色のワンピース。腰にリボンがあしらわれた逸品は、思わず「ほう」と声を漏らすほど可愛らしかった。
同時に、心にぽっかり穴が空いたように思えた。空虚感の帯びた空色の服にそっと触れる。
———二人でお出掛けなんて、いつになるんだか。
なぜかスラスラと、書くことが決まっていたかのように、ペンを走らせた。ショッピングすることと、お茶すること。
嘘八百だ———。
ゆっくり相手に合わせてショッピングも、甘いものも苦手である。
交換日記に付き合ってあげるだけだ。少しばかり期待させても良いだろう。
次の日、衝撃の言葉が返ってきた。
『はーい! じゃあ場所は駅前のデパートで。お昼ご飯は駅の中にある、美味しいって噂のパンケーキ屋さんがあるから、そこに行きましょ。今度一緒に締めパフェ食べようね!』
「げっ!」と口を開いた。苦手なセロリを食べたような顔をする。
しかも「わ」と「は」を間違えたようだ。妻の脳は幼稚園児以下にまで衰退したのだろうか。
ちらりと横目で妻を見る。相変わらず幸せそうな顔で、静かに寝ていた。
妻の顔を見るなり、突然ホイップクリームがたくさん乗ったパフェやパンケーキを思いだし、さらに私は顔をしかめた。
"毎週末甘いものを食べに行こう!"
これにしめて、妻が言いそうな言葉である。私は溜め息をつきながら、渋々ペンを走らせた。
それから、私と妻の不思議なやりとりは毎日続いた。
時に綺麗な文字で、時に眠たかったのか崩れた文字で、妻は交換日記を書き続けていた。
『私、今週末友達の結婚式があるんだけど、参加してもいい? もし参加するなら、ドレス選んでほしいなぁ』
妻には黄色いドレスを選んだ。胸元のコサージュが綺麗だと思ったからだ。
次の日、ノートには歓喜の伝わる文面。余程気に入ったのだろう。
『お揃いのティーカップを買ったから、今度一緒に使おう! コーヒーでも紅茶でも、できればココアがいいな……。今度二人で休みが取れたら、お出掛けもいいけど、ゆっくり家で過ごしたいね』
仕事帰りにコンビニで、インスタントコーヒーを買って机に置いておくと、次の日のノートは荒れ模様だった。
交換日記を始めて1週間が過ぎる。
『明日は結婚式で、二次会も含めたら終わるのが11時を過ぎるみたい。あなたが帰ってきたら、久しぶりに話せそうね。そろそろお義母さんの所にも伺いたいから、予定話し合って決めようね♪』
大事なことは、交換日記で話し合わないらしい。
そういうところは妻らしいと感じる。私はノートを見て微笑んだ。
と同時に、同僚の鍵谷から、変態を見るような蔑む目線が送られてくる。黒髪からぎょっと覗き込む鍵谷に、私はスーツの中にモルモットが入り込んだように身震いした。
「藤城がノート見てニヤニヤするって……」
「何だよ、誰だってニヤっとする時ぐらいあるだろ」
「ここ1週間妙に元気だから、心配だったよ。職場にまで変なノート持ってきて、しかもニヤニヤしてるなら……グラビアのおっぱ」
「んなわけ! 大体表紙に『交換日記』って書いてるだろ」
「……え?」
覇気が無くなったように、鍵谷は弱々しく呟いた。
こちらも「え?」と思わず呟く。鍵谷とは目の焦点が合わない。鍵谷は私の腕を掴み、教材室に連れていった。
鍵谷は隠し事でも喋るように小さい声で喋った。
「だ……誰、と?」
「誰って奥さんとだよ」
「お前……大丈夫か。ちょっと1回医者のところ行った方がいいんじゃないか」
突然真面目に話し出したので、私は「ハア?」首を傾げる。余計訳が分からなくなったのだ。
鍵谷の顔が真っ青になった時点で、私は何かがおかしいと感じ始めた。
「おかしいのはお前だろ、顔色悪いぞ。体調悪いのか? 一緒に外科行ってやるよ」
「おかしいのは……っ……自分の奥さんのこと分かってんのか!?」
「意味分かんねぇ何のことだよ」
「———お前の奥さん、1年前に亡くなってるって……」