複雑・ファジー小説
- Re: 飛んでヒに入る夏の虫 ( No.4 )
- 日時: 2020/07/16 07:05
- 名前: 今際 夜喪 (ID: XetqwM7o)
#02 蛍火/ホタルビ
7日目。
あの日出会った君は、私にとっての太陽でした。
眩しくて眩しくて、ジリジリと灼熱で私を溶かしてゆく。真夏の陽射しの如き君が、私は大好きでした。
草木を伸ばし、自然を豊かにさせていく反面、君のその明るさは、水を殺す。私はきっと水だった。君の灼熱に苦しんでいました。
それでも私が君の側にいたがったのは、枯れてしまいたかったのだと思います。君と一緒に、枯れたかった。
私の人生は君に狂わされてばかりだったらしいです。君がいなければ駄目になってしまう。だから先に死んでしまうことにしたんだ。逆の立場なら、私は君の後を追って何処までも行くけれど、君はどうだろう? 後追い自殺なんて馬鹿げてるって、病室のベッドで笑い飛ばして、私との約束なんてなかったことにするかもしれないですよね。そんなのは悔しい。私だけが君に狂わされていたと思うと、やっぱり妬ましいです。祟ってしまいたい。冗談ではないよ。今度は私が君の人生を狂わせてしまいたいと本気で思ってるよ。
私は透明でした。
君と出会うまでの十数年に色はなかった。君と見た景色にだけ、鮮やかな色彩が溢れていました。空が青いのも、金魚が紅いのも。君の好きな花、マリーゴールドだっけ。君と一緒だから、あんなに綺麗に見えたんだと思います。君がいたから知ったことでした。それまでの空も金魚も、あの花も、無色透明の質素な物でした。君がいなければ色彩を知ることは無かった。
……君が俺に色をくれたんだ。
2日目。
ケイが死ぬ前日。
「なんでケイがここに居るの」
病院着ではなくて、夏空のような澄んだ青のワンピースに身を包んだケイが、ぼくの家の前にいた。傾きかけた陽で茜に燃える空を背景に佇むその姿は、どこか現実離れしている気がした。
ケイが最近退院したなんて話は聞いてないし、そもそも、退院なんかできる見込みも無いのに、どうしてこんなところに。
病院からぼくの家まで結構な距離がある筈なのに。駅まで歩き、電車に乗ってここまで来たのか。身体は大丈夫なのだろうか。
「抜け出してきたの。アキちゃんにこれを渡したくて」
差し出された細長い茶封筒の表には“遺書”の文字。
「わたしが死んだら、ゼンにも見せてあげてね」
ケイはニコニコと笑っている。何となく不自然な微笑。その笑顔の裏に隠された感情を伺い知る事は、ぼくには難しい。
「わたし、死に方決めたの。線路に飛び込みたいんだ」
どうしてそんなことをぼくに言うのだろうか。止めてほしいの? 止めてどうするの。どうせ、ケイはこの夏休み中に終わってしまう。その命は蛍火よりも儚く、頼りなく燃えている。
ぼくにとって、自殺というのは救いだから、止めようなんて1ミリも思わない。死に方についても口出しする気はない。線路に飛び込めば、電車が止まる。沢山の人に迷惑がかかるだろう。当然、家族にも。多分、そういう沢山の人に迷惑が掛かる死に方を、ケイはあえて選んだんだと思う。それについて理由を問いただそうとも思わなかった。
ただ、少しケイらしくない、なんて感じて、ぼくの思うケイらしさなんて、虚像に過ぎなかったのだろうと考え直す。身体が弱くて、頑張り屋で、明るくて、時々寂しそうに笑っていた彼女の、表面的なことしか知らない。他人について考える余裕なんか、ぼくにはなかったから。
受け取った遺書が、ぼくの手の中でとても場違いに見えた。
「……なんでコレをぼくに渡しに来たの。ゼンの方が、見たがってると思うよ」
「さあ? アキちゃんなりの答えを見つけてみなよ」
ぼくなりの答えって、何。
狼狽するぼくのことなんか気にも止めず、ケイはくるりと回って背を向けた。
「アキちゃんは、わたしの幼馴染だから、勝手に色々思うところがあるんだ。でも、それもわたしの独りよがり。だから、気にしないで」
「気にするなって……」
「それじゃあ、バイバイ」
そう言って、軽く手を振りながらケイは去っていった。燃える空の中に、焼かれて、灰になっていくような。自ら火の中に飛び込んで命を散らす、羽虫のような。その後ろ姿。多分、これが彼女と話す最後の瞬間になるって、薄々気付いていた。
ケイは、ぼくにお別れをしに来てくれたのだろうか。一緒に死ぬ筈のゼンではなくて、ぼくに。
ぼくはちゃんとお別れを言えただろうか。
彼女に託された茶封筒を開いて、三つ折りにされた白い紙を取り出して、目を通した。
『 世界のすべてが憎い。
体が弱くって、わたしにはみんなと同じことができなくて、いつも失敗ばかりで、でも本当は、生まれたことが1番の失敗だったと思う。努力すればみんなと同じことができると思ってたけど、まわりもそう言ったけど、そんなことなかった。わたしはがんばった。だれよりもがんばったのに、できない。できない、できない、できない。同じじゃない。わたしだけがダメなんだ。この体がダメなんだ。それはあなたの個性だからとか言ってさ、はげまそうとしてくるのだってうざかった。しょせんはお前の人生にわたしは関係ないから他人事なんだろ。いいかげんにしろ。こんな体で、生きていたくない。
毎日、ベッドに横になって何もできないわたしを見にくる人がいる。同情してんじゃねーよ。わたしはかわいそうか? やっぱりわたしはかわいそうなのか。そうだろうね、思うように動けなくて、みんなと同じことができなくて、早く元気になるといいね、だってさ。なれるわけ無いじゃん。
ケイちゃん、ケイちゃんって、毎日のようにくる親がうざったい。あんたのせいでこうなったのに、こんな体で生まれたくなかったのに、どんな顔してわたしに会いに来るのさ。わたしを心配して、想いやっている良い親をしている自分に酔っているだけだろが。ふざけんな。しんじゃえ。お前がしんじゃえ。
誰もこんな気持ち知らないだろう。みんなにあわれまれる苦痛も、思うように動かない体も、できないから、めいわくをかけて生きなければならないはがゆさも。愛情深い母親みたいなツラして、本当はわたしのこと、やっかいで面倒だと思っていることだって知っている。わたしだって、めいわくかけたくないのに。うとむなら、死なせてくれればよかったのに。
全部嫌い。嫌い。
わたしの体はもう、そんなにもたない。病気に殺されちゃうくらいなら、自分でわたしを殺してやる。世界が嫌いだから、たくさんめいわくかかるように、ハデに、汚く、せいだいに死んでやろう。ざまあみろ。こんな体で生んだこと、わたしを生んだこと、後悔しろ。
わたしはきっと、飛んで非に入る夏の虫。』
文字が、視界に入ってはサラサラと滑るように感じた。ケイが書いたにしては汚い文字列。彼女らしくない言葉遣い。多分、表に出さなかったケイが、閉じ込められていた彼女がここにいる。ぼくの知らなかったケイ。コレを、ぼくに知ってほしかったのか? どうして。
ぼくには、よく分からない。ただ、飲み下せない異物感が、喉の奥に居座ったまま。