複雑・ファジー小説
- Re: 華壱匁 ( No.1 )
- 日時: 2018/07/27 21:27
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
人里より遠く離れたかの場所。そこには人ならざる彼らが、日々ひっそりと、悟られぬように暮らしている。人に、自らの存在を認知されぬように。
だが得てして彼らは、自ら人里に降りてくる。それは好奇心ゆえか、それとも。カランコロンと鈴の音、靴音を鳴らし、彼らはやってくる。暗闇から、何もないところから。ほんのりと明かりを付けて。ほんのりと、ひんやりと。
彼らを率いるはひとりの『にんげんとは違う何か』。大正時代を思わせるような、黒の学生服。白い手袋をはめて、長い髪を揺らし、細身で長身の刀を携えて。口元はゆるりと曲がり、その目はすべてを見透かす。そうして『彼女』は彼らを率いてやってくる。ひとすじの、『まじない』にもにた言葉を紡いで。『百鬼夜行』はやってくる。
───知らざぁ言って、聞かせやしょう
───我ら妖怪御一行
───只今百鬼夜行道中
───どんちゃん騒いで道行きますれば
───何卒、何卒、願います故
─華壱匁-はないちもんめ─
〜第壱話 八尺様〜
近頃街はある噂話がしきりに出回っていた。その始まりは巨大ネット掲示板からだった。
『八尺ほどの身長の女』。『ぽっぽぽっと奇妙な音が聞こえる』。『若い男にだけとりつき食らう』。などと言ったものがいつの間にやらあちこちに広まり、話を調べてみれば実際にそれを見た、という証言まで出てくる始末。
その都市伝説、または噂の名を『八尺様』。身長が八尺ほどあるからそう名付けられたらしい。白のワンピースに白の帽子を深くかぶり、髪の毛もやたら長く、その後尊顔を拝むことはできない。
曰く、その八尺様はある村で封じられている怪異なのだが、それによる被害は実に数年から十数年に一度といったもの。その村にある地蔵が倒されぬ限り、表には出てこられない。
しかし、それが近頃破られたというのだ。封印の意味でも、『出現範囲』の意味でも。
「……っつう話が出回っとるらしいんだわ」
そしてその話を終えると、その人物───否、『妖怪』は相手の顔色を見る。その話はまだ噂の範囲。どのような反応をするか、伺っているのだろう。それによる出方も。話を聞いていたその人物は、くわえていた煙管を手に取り、口から外す。口からは白と灰色が混ざった煙が漏れ出て、煙管から紫煙が立ち昇る。すぁ、ふぁ、と。
ここは人里より離れた山の奥深く。そこにぽつんと構えられている居に、数多の『者たち』は、ひっそりと暮らしていた。その暮らしをさとられぬように。察せられぬように。その居で『者たち』の中の、『ふたつ』が出回っている噂について話し込んでいた。妖怪の方はそれなりに気になるという態度をとりつつも、聞いていた煙管を吸うその人物は、何だその程度か、としか思っていないようで、いかにも興味がなさそうな顔をしていた。ただ、話くらいは合わせてやろう───そう思ったのか、声のトーンは軽い。
「そいつぁ大物な気がするな。だが実際に被害はまだ出てねェんだろゥ?ちょいとそれだけじゃ、あっしもどうするこたぁ、できねぇな」
「だけどよ、そういう『噂』が出回ってんだぜ?何があったっておかしくねぇさぁ」
「って考えるだろ?その手の話にゃ、ハズレがつきまとうもんさ。いつでもね」
そんなもん、いくらでもあるじゃあねぇか。そう言うとその者はまた煙管を口に咥え、すぅっと吸い込む。そしてまた口からなんとも言えない色の煙が漏れ出す。その煙を楽しむと、ほっ、と口を丸くして残っていたすべての煙を出した。だが、隣にいた話し相手の妖怪はまた、口を開く。
「けどよ、『噂は噂されるほど強くなる』って言ってたのは、他ならぬあんた───御幸姐(あね)さんじゃあないか。今回のその、『はっしゃくさま』とやらも、その類だろゥ?どうすんだい、山の麓の村にまで被害が出たら」
「ふぅむ……そいつぁ一大事だなァ」
「おッ、姐さん物の見方がかわったねッ」
「そんな大袈裟にするもんじゃあ、ないだろ」
そう言われると、途端に御幸(ごこう)と呼ばれた人物は、煙管をいじる手をピタリと止め、もう一方の手を顎に沿わせ、深く考え込む態度を見せた。その様子に妖怪はぱちんと両の手を鳴らす。
山の麓の村。それは彼らが暮らす山の麓にある、大きい村のことである。村としては大きいために、本来街とするべきなのだろうが、いかんせんゴロが悪くなるという意見により、村のままの表記となっている。そもそも、村としてやってきた歴史が古いのもあるのだろうが。
その村には、御幸たちの存在を知ってかしらずか、毎日おにぎりをお供えにくる子供たちがいる。村のはずれの、大きな石の目の前に。それをありがたくいただき、皿を空にして石の目の前に戻す。そして子供が夕刻あたりに取りに来、また翌日の朝におにぎりを作ってお供えにくる。これを毎日繰り返している。普段外に出ない御幸にとってはこれが毎日来る食事であるので、村にもし八尺様の被害が出たとしたら……想像は容易い。
「なっ、なっ、これは外に出るべきじゃあねえかっ」
「そう言っといて、ホントはおめえさん───その八尺様が見たいだけだろゥ?」
「ぎく」
「はっはっは、好奇心があるのはいいことだけどな、何事もほどほどって言葉があんのさ」
カラカラと笑うと、御幸はこの話はここいらで終わりにしようぜ、と切り上げた。それを妖怪───『一つ目小僧』は慌てて引き留めようとする。
「姐さん、どこにいくんでぃ」
「あー?散歩だ散歩。目覚ましと外の空気を吸いになぁ」
それだけいうと、御幸───弘原海 御幸(わだつみ ごこう)は、一つ目小僧に手をひらひらと振って、その場から去っていった。残された一つ目小僧は、まだ話してないことあったんだけどなあとつぶやいてみせるが、それを拾う者は誰もいなかった。
次回更新日 8/3