複雑・ファジー小説

Re: 華壱匁 ( No.5 )
日時: 2018/09/17 18:52
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 その日、小さき子供は一つの箱を手に入れた。何の変哲もない、小さな箱。子供はそれを玩具と認識したのだろう、それを持ち帰った。家族に見せびらかし、それを宝物だといわんばかりに夜、共にベッドへと入り夢の中へと。


───次の日、その家の女子供は全て死に絶えた。


第弐話〜コトリバコ〜


 八尺様騒動から数カ月たった今日この頃。あいもかわらず御幸たちは、日々をぼんやりのんびりと過ごしていた。村の子供がくれるおにぎりを食べ、月一でやってくる知り合いが持ってくる、大好物の大根のそぼろあんかけを味わい、猫又と共に縁側で日を浴びて昼寝して。本当に何も変わらない。村の方もかなりおとなしいらしく、特にこれといった騒ぎは聞かない。うん、これを平和と呼ぶのだろう。実に素晴らしいものだ。何事もなく平穏で、それでいて静か。なんと幸せなことか。御幸は心からそう思う。今、縁側で茶を飲みながら。膝の上にはぐっすりと眠る猫又がおり、ほんのり暖かく感じるせいか、それとも柔らかな日差しのせいか、段々とまぶたが重くなっていく。

「このままなんもねぇといいんだがな…」

 御幸はそうつぶやくと同時に、夢の中へ落ちた。





 目が覚めた其処は紫や黒が入り混じった、不穏な場所。どこからかはわからないが、じっとりと見つめられているということはわかる。見覚えのない景色、そもそもこれは夢か否か。はたまた胡蝶の夢か。
 まずは少し歩き回ってみようか。そう思った御幸は、その場から一歩踏み出してみた。特に違和感はない。二歩目。落ちるなどということもないようだ。普通に歩き回れるのだろうか。靴音は完全にないが、感触はある。歩いているという感触が。
 しばらく歩いて行き止まりに当たったのか、足を止める御幸。その場に立ち止まれば、強く強く視線を感じる。どうやらここらしい。幸いにも絶刀はあった。今ここで斬ってしまおうか。否、まだ早計だろう。様子を見てみるべきだ。その結論に至った御幸は、絶刀から手を離す。

「オメェは何者(なにもん)だァ」

 御幸は問いかける。だが返事はない。そもそも言葉というか、声を発しないのだろうか。御幸は警戒を解かず、その場でじっと待つ。動けば何があるかわかない。ならば多少リスクはあれど、その場にとどまり刀をすぐに引き抜ける体制であったほうが良い。御幸は構える。
 だが動きはない。向こうはただ、御幸をじっと見つめるのみ。否、見つめているというのは、些かおかしいだろうか。だが瞳は確かに御幸へ向けられていた。

「……だんまりかい?」

 全く動く予兆すら見せないそれ。御幸はますます警戒を強める。沼にはまってはいけない。御幸は変わらず、それを睨めつける。何が来る?それとも何も来ないままか?思考を巡らせる。いや、そもそもここはどこだ?夢の中にしては、少々リアルすぎる。ねっとりとするような空気、いつまでも向けられる視線。足元の感触。なにもかも、確かという感覚がある。なんなんだ、ここは?

「(反応なし……一度斬ってみるか?)」

 その結論にいたり、刀を改めて握りしめる御幸。意を決して抜刀したその時だった。

「っ、なんだっこりゃ?」

 突如として御幸の足元が歪み始め、穴が開く。その穴にずるずると御幸は吸い込まれていく。否、飲み込まれていく。その穴から飛び出ようとしても、それは意味をなさず。ただただ飲み込まれていくのみ。目は御幸に何をするでもなく、そのさまを見続けている。

「テメェ、最初からこれを狙って───」

 目は『丸み』を帯びる。それはまるで、アーチのように。せせら笑っているかのようだ。御幸は気に食わなかった。とてもとても、気に食わなかった。次第に御幸の体は半分以上がその穴へと吸い込まれていた。脱出しようにも、びくとも動かない。ずる、ずる、と。

「んの、テメェこのまま何するつもりだ───?」

 意を決してずっと浮かんでいた問いを投げかける。しかし目は何も言わず。何も動かず。ただそこで、丸みを帯びたアーチで、御幸を見つめるのみ。このまま笑い続けるだけか。
 いよいよ首が飲み込まれ、頭に差し掛かったところで、異変が起きる。あたりの壁の一部に、ぴき、とヒビが入った。そこからは光が漏れ出て、少しばかり明るくなる。そのヒビは段々と範囲を広めていき、しまいには『目』の部分まで差し掛かった。ヒビのおかげで壁はやがて限界を迎え、ばきん、といい音を立てながら崩れさっていく。
 そこから現れたのは────





「!」

 はっと目を開く。つう、と頬を冷たい汗が流れる。床で寝ていたらしく、目を開いた時に最初に入ってきたものは、自室の天井であった。心拍音はいつもより早く、痛いくらいだ。

「……あれは」

 御幸は起き上がり、辺りを見回す。見慣れた自分の部屋だ。改めて自分の部屋だと確認して、ほっと胸をなでおろす。布団は遠くへ飛ばされ、上には何もかかっていなかった。御幸はだるそうに立ち上がり、布団をズルズルと引っ張ってもとに戻す。そのときに丁度自分が寝ていた場所のすぐ近くに───猫又がいるのが見える。猫又はすうすうとのんきに寝ていたが、よくよく見ると手元あたりが黒ずんでいるのが見える。そしてほんのりと見える、疲労の影。もしかしてさっきの夢を壊したのは、猫又?

「……すまねェな」

 ふっと口元を緩め、御幸は猫又をひと撫でする。ぴくりと耳元が動くが、それも一瞬。深い深い眠りに入っているようだ。ふう、といきを一つ吐露する。

「(あの夢、嫌な予感しかしねえな…まるでこれから何か起こることを示唆してるみてェな……警戒しとくが吉、だな)」

 これまで過ごしてきた中で、あれに似た夢を見たときは必ずといっていいほど、良からぬことが起きている。御幸はちらりと外の方を見やり、そのまま再び眠りについた。





 山の麓の村では、あるものが『噂』となっていた。何の変哲もない、不思議な小箱。その小箱の中に水子の死体を入れ、それを殺したい人間にそれなりの嘘をついてそばに置かせる。何も知らぬそのものは小箱を持ち帰り、そのまま飾る。するとその小箱を持ち帰ったものは、一晩にしてもがき苦しんで死ぬという。その小箱の名を───


【コトリバコ】。





 翌朝目覚め、御幸は数人を呼び集めた。急な招集だったためか、呼ばれた妖怪たちはなんだなんだともの珍しげに御幸を見る。そもそも御幸は何か起こったときくらいしか、動こうとしない。ほとんど人界に干渉しようとしない。なればこそ、唐突に朝から、御幸自らが呼び寄せるというのは、彼らにとって疑問しかわかないのだ。御幸の部屋へ呼び寄せられた妖怪たちは、あぐらをかいて煙管を吸う御幸に対し、何があったんだと言わんばかりに見つめ続ける。

「さテ。全員揃ってくれたな。これよりだが、ちょいと伝えたいことがある。心して聞くこった」
「どうしたんだい、御幸らしくないじゃないか」
「枕返し、そう思うのも無理はねえな。こいつァあっしも予測してなかったからな」
「意味がわかんね」

 枕返しと呼ばれた妖怪は、枕をボフボフと弄びながら御幸に問う。それに対し御幸は多少頷き、話の続きをする。

「事の発端はあっしの『夢』だ」
「夢?」
「そうさ茨木童子。昨日見た夢だ。気づけば見知らぬ場所にいた。あたりは真っ暗だァ。んで道になってたんでとりあえず歩いてみたんだ。そしたら周りは目だらけの場所にたどり着いた。しばらくの間様子をうかがってたんだが……突然地面に穴が空いた。何をしようが意味をなさねェ。ついぞ全部飲み込まれるってところで、助けが来たから良かったんだが…正直嫌な予感しかしねェ」
「その目は動かなかったのか?」
「いんや。笑ってたぜ。まるで可笑しいようにな」

 そこまで言うと集められた枕返し、気怠そうにしていた茨木童子、そして残りの物言わぬ雲外鏡となんの気なしについてきた一つ目小僧は、途端に顔色を別のものへと変える。たいてい御幸がこういう夢を見たということは、彼らたちにとってもかなり不利益なことがおこる予兆だということは、ともに過ごしてきて嫌というほどわかっている…らしい。
 御幸の夢にはいくつかパターンがある。ひとつは、御幸自身が沼に飲み込まれる、または穴に飲み込まれるなど、被害に合うパターン。もうひとつは、街と思しき場所があとかたもなく消え去るパターン。そしてもうひとつが、妖怪たちに人間が襲い掛かってきて、それを滅ぼすパターン。どれが一番程度がひどいかと言われれば、迷い無く最後のパターンなのだが、その夢が現実になったことはない。そうなる前に人里より自分たちの住む場所を『隔離』しているからだ。よってそれを除けば、ひどいのは一番最初のパターンである、御幸自身が被害に合うパターンの夢なのである。その夢を見るイコール、彼らも少なからず被害を被るということになる。
 人里のくだらないうわさ話やら、また得体のしれぬもののとばっちりは喰らいたくない。それは誰も変わらない思いだ。なればそうなる前に自分らが動かねばなるまい。それを示唆、または忠告しているのだろう。

「で、だ。とりあえずまず一つ目小僧。お前は自由に探索していいから噂集めてこい。ただし騒ぎにならねェ程度にな」
「ガッテン承知之助さ!」
「そんで茨木。おめェは特に思いつかねえから待機。まあ、侵入者でも来たら追い返しとけ」
「へーへー」
「雲外鏡。おめェは人界の監視。鏡で見えた怪しげなもんは、逐一報告しとくれ」
「わかりました、仰せのままに」
「枕返しは寝とけ」
「なんもねぇじゃねえか!」

 それぞれ役目が与えられたのに対し、適当にあしらわれた枕返しは御幸に枕をぶん投げるが、それを笑いながらひょいと避ける。だがそれでも御幸はまケラケラと、まだそれな分いいだろ、と返す。それだけいうと背伸びをして煙管を持ち直し、御幸は立ち上がる。

「さてと。猫又連れて散歩にでも行くかね」

 呑気に呟くと、集められた妖怪たちを後ろにし、部屋をあとにした。残された彼らは、各々やるべきことや、やりたいことをしに、また部屋から出ていった。


あたりはひんやりとした空気だけ。


次回更新日 書き上がり次第