複雑・ファジー小説
- Re: 才能売り ( No.14 )
- 日時: 2018/08/20 10:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Case4 あと一歩の勇気〉——風間秋人
僕には好きな子がいる。
いきなり何を言うんだと君は言うのだろう。でも、僕には好きな子がいる。
その子のことが気になりすぎて、僕は愛が止まらない。でもさ、告白する勇気が、あと一歩の勇気が、どうしても出せないんだ。それが恋する僕の悩み。
馬鹿みたいだろう? そう、馬鹿みたいなのさ。恋なんかにかかずらってる暇があるなら、高校生なんだし受験のことを考えろって親は言う。それは正しいことだ、理屈ではわかっているさ、ああ。
でも、あの子のことが、川島江莉香のことが、僕は気になって仕方がない。
振られてもいいよ、好きって言ってくれなくてもいいよ。僕はあの子にこの気持ちを伝えたい。駄目かも知れないけれど、何もやらないよりはいい。でも勇気がないんだ、あと一歩の勇気が!
そんなヘタレの僕だった。そんなヘタレの僕でした。
あと一歩の勇気さえ、あればなぁ……。
◇
「風間、川島の方ばかり見て、好きなの?」
昼休み。僕の友人の井上が話し掛けてきた。
「好きならさっさと告っちゃえよー」
僕は慌てて顔の前で手を振った。
「ち、違っ」
「何、ツンデレ? 大きな声で言えないカンジ?」
井上の言葉に僕の顔は赤くなる。
井上は意地悪そうな顔で僕に言った。
「お前さぁ、風間さぁ、昔っから奥手だったよな? そんなんだったら俺が川島ちゃん取っちゃうぞー」
「やめてください」
「え、好きでもない女子なら俺が取っちゃってもいいじゃん」
「…………」
僕の困った顔を見ると、井上も罪悪感が湧いたのか、さっきの冗談だよと僕に返した。
「それにしても川島さん、超可愛い。清純系ってやつ? 風間はそんなのがタイプなのなー」
川島江莉香、17歳。吹奏楽部で担当はフルート。平凡な家庭に育ったらしく、下には美人さんの妹がいる。平凡な女の子だけれど、彼女は僕の心をつかんだ。
吹奏楽部のコンサートで、偶然見たあの笑顔。僕は彼女の何気ない笑顔に、どうしようもないほど惹かれてしまったんだ。まさにフォーリン・ラヴ、一目惚れってこんなものなんだと僕は思った。
「ところでさ」
井上が話を切り替えた。
「才能屋って、知ってるか?」
何だそれ、聞いたことがない。最近の僕の心は川島さんにとらわれて、噂話も耳に入らない。結構重症だと自覚してはいるけれど、僕があまりに奥手過ぎるから! 僕は何も変わらないまま、秘めた心だけ胸に抱いて日々を過ごすことになるんだ。
僕が知らないと井上に返すと、井上は面白いものでも見つけたように目を輝かせた。
「眉唾ものの都市伝説だぜ? でも結構信憑性があるんだって。面白いよな!」
井上は勝手にぺらぺらと語りだす。いわく、
この県の、戸賀谷という町には才能屋という店があるらしい。そこには外道坂灯と名乗る青年がいて、彼は人々に臨む才能やエトセトラを与えてくれるが、代わりにその人の持つ才能やエトセトラを対価として払わなければならないという。
「エトセトラって何だよ井上」
「命とか美貌とかちょっとした勇気とか心とか感情とか、様々らしい。『才能』はあくまでもその代表的な一部なんだと」
「命を交換できる……? なんか恐ろしい話だな」
「言いから続きを聞きやがれ」
井上とそんなやりとりを交わす。
井上は語る。いわく、
才能屋は望んだものを、どういった仕組みでか必ず客に与えてくれる。しかし必ず、客が対価として払ったものを客の中から持っていくという。そして才能を「交換」できるのは一生に一度だけとかいうルールがあるらしい。そんな不思議な才能屋は、「悪魔」を自称していたと。
「これで俺の話はおしまい。パチパチパチー」
そう締めくくった井上に、僕は疑問を隠せない。
「……どうして、僕にそんな話したの」
決まってるじゃないかと井上は僕の背中をばんばんと叩いた。
「そこで『勇気』をもらえば、恋に悩めるコーコーセー、風間秋人の問題も解決だろぉ? 俺ってあったまいい!」
……僕は、驚いた。
一見、軽薄そうに見える友人。彼がそんなことまで考えてその話をしてくれたんだと思うと、僕の胸が熱くなる。こいつ、意地悪なところもあるけれど結構いい奴じゃな
「なんてのは今その場で考えた言い訳でした、ちゃんちゃん」
茶化した井上によって、気持ちを壊された僕の額に青筋が浮いた。
「あとで体育館の裏に来ようか、いーちゃん?」
「ま、待ってくれ俺は無罪だ笑顔がなぜかすっごく怖いんですけどごめんなさい許してくださいでもさっきの完全に騙された顔は見物だったな写真撮ってツイートしたい……って、あ」
ついつい漏れた井上の本音に、僕の笑顔が深くなる。
「大丈夫、殺しはしないからね?」
「つまり痛めつけるってこと!? うわぁごめんなさいすみませんもうしません申し訳ございません申し訳が立ちません立つ瀬がありません」
最後に変なのが二つ紛れていたような気がするけれど……まぁいいか。
こうして僕らの日常は続いていく。
それでも「才能屋」のことは、しっかり頭に留めておいた。
井上を適当にボコってから、僕は自宅のインターネットで「才能屋」って検索してみた。それだけ有名な都市伝説ならヒットするだろうと思っていたわけで……「才能」まで打ちこんだら、検索候補に「才能屋」「才能屋 便利」「才能屋 謎」「才能屋 戸賀谷」などたくさん出てきた。僕はとりあえず「才能屋」とだけ出ている候補だけをクリックして、サイトの中でもよさそうなのを見つけて適当に流し読みしてみる。
やがて、僕は才能屋がどんなものなのか、なんとなくわかってきた。とてもじゃないけど井上のちゃちな説明では、理解できなかったから。
「才能屋、ね……」
僕は一人呟く。
もしもそこであと一歩の勇気を、あと一歩の勇気さえもらえれば、僕の生活は僕の心は、一気に楽になるのに。
他力本願だけれど仕方ないだろ? 僕は川島さんに恋をしてしまったんだから。
でも代わりに何をあげられるだろうかと僕は思った。あと一歩の勇気、そう、欲しいのはあと一歩だけ。つまり大きな対価は払えない。ならば僕には何が残っているのだろう?
考えても思い浮かばない。とりあえず戸賀谷の才能屋の地図はプリンターでコピーしておいたので、行こうと思えばいつでも行ける。同じ県にある中でも、結構静かで雰囲気のよさそうなところだった。僕が最後に見たサイトは目撃者などが次々と情報提供をするところみたいで、才能屋の店構えの写真が貼ってあったのだが、そこに書いてあった名前は安西きららとあった。一緒に添えてあったコメントは「野次馬に来ました」。この安西って人、絶対無断で撮影しているよなとか僕は思いつつも、その写真を目に焼き付ける。
とりあえず、そろそろ学校はテスト週間に入る。まずはテストを頑張ろう。高校二年生、あまり暇じゃないんだから。
- Re: 才能売り ( No.15 )
- 日時: 2018/08/21 08:10
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
川島さんのことが気になって、気が付いたら川島さんを見てる。結構重症だとは思うけれど止められないこの思い。テスト前なのに。うーん。
そんなコンディションで学校のテストを受けた僕。結果はどうだったのだろう。数学は得意な方だからまだ自信があるけれど、世界史の暗記はあまり手をつけなかったから赤点取らなければ万々歳だ。古文、現代文は平均的かもしれないけれど、記述で落とし過ぎたかも知れない。もっと記号問題が欲しいと願うのは贅沢なのだろう。
テストが終わってテスト明け、帰ってきた結果を見て僕は落胆した。数学以外みんな平均以下で、世界史は赤点だから追試だと? 勘弁してくれよぉ。
これもすべて恋の病が悪いんだ、恋の病のせいなんだと僕は勝手に結論付ける。このままじゃまずいぞ、進学が危うくなるってばよ。
だから、僕は才能屋とやらに行くことにしたんだ。あと一歩の勇気、あと一歩の勇気だって! それさえあれば僕は僕は僕はぁー!
あげられる才能、それは何だろう。僕は壊滅的なテスト結果の残骸を眺める。世界史……二五点、現代文……四五点、古文……四〇点、でも数学だけは八〇点。数学だけが何故かいい。ならば数学って僕の才能じゃない? とか思いあがったことを考えてみるけれど、これって通用するのかな。でも僕にはこれしかないんだよなぁ。
悩み悩み考えながらも、僕は気づけば戸賀谷行きの電車に乗っていた。案ずるより産むが易し、とりあえず行動してみようかなぁ。
やがて、「戸賀谷—、戸賀谷—」とアナウンスが入って僕は才能屋のある町に着く。プリントした地図を頼りに十分くらい歩くと、見えてきたのは木造りの店。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
本当かぁ? と思いつつも、僕はその店の扉を開けてみることにした。扉を押し開けると、チリンチリンと風鈴みたいな澄んだ音がして、同時に爽やかなハーブの香りがした。
「ようこそ、才能屋へ——ってまた高校生? いや別に僕は文句あるってわけじゃないんだけど、大人は来ないのかなぁ。あ、いや、こっちの話だよ」
中にはいると、少し奥に木でできた大きなカウンターがあって、その向こうに優しそうな青年が座っていた。
青年は、名乗る。
「やぁ、僕は外道坂灯、この店のあるじたる『悪魔』さ。君は何の用で来たのかな?」
穏やかで明るい笑顔。その笑顔に、僕の悩みが自然に口から出てくる出てくる。
「えっと……勇気が、欲しいんです」
僕は悩みを口にする。
「僕には好きな子がいて、その子に告白するためのあと一歩の勇気が欲しいんです。僕はどうしようもないヘタレで奥手な人間なので、その勇気が出せなくて……」
才能屋さん——灯さんは、頷いた。
「君が望むのはあと一歩の勇気、と。じゃ、代わりに君は僕に何をくれるんだい?」
それについてはさんざん考えたけれど。僕があげられるのは、一つしかないんだ。
だって僕は平々凡々な高校生だよ? 特殊な才能なんて何一つ持ってはいないさ。——周囲の人よりほんの少し、数学ができるってことをのぞけば。行きの電車の中で色々と考えたんだ。
だから僕は言った。
「数学の才能を」
「……へぇ?」
軽く眉をあげた灯さんに、僕は弁解するように早口でまくし立てる。
「いや別に僕は平々凡々な普通の男子高校生で特殊技能や才能なんて何一つ持ってはいないんだけれどでも数学だけは人並み以上にできてだからそれを人並みの水準に戻せば僕の望む『あと一歩の勇気』の対価としてふさわしいかなとか思って僕は」
「わかったわかった。いいよ、その条件で引き受ける」
灯さんは、優しく笑って僕の言葉を遮った。僕の顔がぱあっと明るくなる。
「本当ですか? ありがとうございます!」
「じゃ、近くに来てくれないかな。僕は大きな怪我を負ってうまく歩けないのさ。君から近寄ってくれると助かるなぁ。才能の交換には相手の額に触れている必要があるから、その距離まで近づいてね」
「はいっ!」
僕は頷き、才能屋さんの招きに従って彼に近づく。「これくらい?」「もうちょっと」
そんなやりとりを交わし、僕はちょうど良い位置まで近づいた。
「じゃ、始めるよ……。動かないで、そのまま」
灯さんは、カウンターから伸ばした手を僕の額に当てた。何なのだろう、よくわからない、言葉ではうまく説明できないような妙な感覚が僕の中を吹き荒れる。僕は身体を固くして、しばらくの間それに耐えた。
やがて、
「終わったよ」
灯さんの声。
「明日、その子に告白してみなさい。きっとできるはずだよ。で、君のちゃちな才能はしっかりともらったからね? 時間が経たなければ僕のしたことが本当なのかはわからないだろうけれど……。とりあえず、告白してみるんだね?」
僕は、頷いた。
正直、あまり実感がないのだけれど。
「はい、ありがとうございました!」
礼儀正しくお礼を言って、僕は店から立ち去った。
◇
- Re: 才能売り ( No.16 )
- 日時: 2018/08/22 14:42
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
翌朝。僕は教室で川島さんに出会った。その日のその時間はなぜか僕と川島さんの二人きりしか教室にいなかった。まるで神様が定めたみたいな運の良さ。
川島さんの前に立つと、僕は緊張で何もできなくなる。緊張しすぎて喉が渇く。言葉がまるで出なくなってしまうんだ。それなのに。
あと一歩の勇気。今、川島さんの前に出た僕は、ようやく告白の一言を言えるようになった気がした。
「……川島、さん」
勇気を振り絞って声を掛けると、スマートフォンをいじっていた彼女は、「どうしたの?」と僕に声を掛ける。その明るい笑顔、向日葵みたいな明るい笑顔、それでいて鈴蘭の花みたいに無垢で穢れない綺麗な笑顔に、僕は恋したんだ。
振られてもいい、振られてもいいさ。せめてこの気持ち、伝えられたなら。
僕は大きく息を吸い込んで、川島さんに言った。
「あなたのことが好きです! お願いです、つきあってください!」
……言えた。
これまで、言えなかった言葉が。
「好きです」たった四文字の、簡単な言葉が。
僕の持てなかった、あと一歩の勇気。才能屋さんの奇跡は本物だった。
僕は期待を込めた目で川島さんを見た。川島さんは呆気にとられた顔をしていたが、やがて静かに首を振った。
「ごめんね、わたしには好きな人がいるの」
……振られた。
それは覚悟していたことだけれど、やはり振られると、悲しい。
それでも、僕の心はどこか晴れやかで、さわやかで。
胸のつかえが取れたような気が、したんだ。
「……そうですか」
僕は川島さんの答えに頷いた。川島さんは慌てて僕に言ってくれる。
「べ、別にあなたが嫌いだから振ったんじゃないからね! あなたのことも、嫌いじゃないの。でもわたしには、他に好きな人がいるんだ。ごめん、本当に、ごめん」
そんな彼女に、僕は笑顔で首を振った。
「謝らなくていいよ。僕こそ、無理言ってごめん」
そして僕は教室の、自分の席に着いた。僕の席と川島さんの席は遠い。僕も川島さんもお互いに気まずくそっぽを向いて、それぞれのことに熱中し始めた。
そんな教室に、騒がしい男子が、一名。
「うん? 風間じゃーん! うっひょぉ、川島さんと二人きり? 告白したの? したの?」
井上が目をきらきら輝かせて僕を見ていた。したよ、と僕は笑って返す。
「昨日、才能屋さんに行ってあと一歩の勇気をもらった。だから、できたんだ。結果は振られたけれど……どうしてだろう、何故かすがすがしい気分」
これまでは、気持ちを知らないから、川島さんのことを手の届きそうな花かもしれないと思っていた。手の届きそうな花、でも手を伸ばしても届かないからじれったくなって焦って気持ちが穏やかじゃなくなる。でも今は、川島さんが手の届かない花、高嶺の花だとわかってしまった。いくら頑張っても川島さんの心は別の人の方を向いているから、僕には手が届かない。でも、それでも、川島さんを好きという気持ちは変わらない。手は届かないけれど、見ることはできるから。僕は川島さんへの恋心を抱いたまま、手の届かぬ花と知りながらも彼女をそっと愛するのだろう。それも恋だ、それも愛だ。そんな恋もある、そんな愛もある。
告白して、告白できて、僕の心は吹っ切れた。だから今——こんなにも、すがすがしいんだ。
そんな僕を見て、井上は嬉しそうに目を細めた。
「風間、良かったじゃーん。吹っ切れたんだ、これで生活安泰?」
「代わりに数学の才能を捨てたけれどね」
「え、マジ? マジですか!? じゃ、俺、もう勉強教えてもらえないじゃん!」
がっかりする井上に、僕は明るい声で言った。
「でもこれでちょうどいいのかもしれないよ。何もかも人並み、全てを決めるのは努力! 心のつかえが取れた今、僕はなんだってできる気がする。数学の才能を失った? ならば努力で埋めればいいのさ。努力した人は何もしない天才を、往々にして上回るものなんだよ、井上」
そう。ちょっとした才能を失ったからって、へこたれるようなことじゃない。ちょっとした才能の分は何倍もの努力で補えばいいんだ。
「だからこの結果は、僕は勇気をもらって、何も払っていないのと同じこと。払った分は取り戻せるもの。才能屋って素晴らしいね! 紹介してくれてありがとう!」
変わった僕を見て驚いた顔をする井上。でも僕は楽しくてたまらなかったんだ。
あと一歩の勇気、あと一歩の勇気! 出せたから、僕の目の前はほら、こんなに拓けている。
「才能屋さん、ありがとう」
僕は小さく呟いた。
いつか、菓子折りとか持ってきてお礼に行こうかな、なんて僕は思った。
◇
「彼は正しい選択をした。驚いたね、自分の分をしっかりわきまえている、純粋そうな少年だったねぇ」
少年が去った後の才能屋で、外道坂灯はそう呟いた。
「他のみんなも彼みたいに無欲でいれば、悲しいどんでん返しは起こらないのに、ね」
良いことをしたなぁと灯は嬉しそうに一人ごちる。
「あと一歩の勇気、かぁ。……そんなの、わざわざ僕に頼まなくたって、自分の中に眠っているだろう?」
〈Case4 あと一歩の勇気 完〉