複雑・ファジー小説
- Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.12 )
- 日時: 2018/08/19 21:29
- 名前: 流聖 (ID: m.NeDO8r)
ぬるい過去に銃口を
『ごめんね、ごめんね。』
懐かしくて、本当に悲しそうな声がただひたすらに謝っていた。宝石が溶けた涙を流しながら女は俺を抱き締めた。涙は俺の瞳と体の至るところにぽたぽたと落ちて俺の一部になった。この人はきっと俺を大切に思っているのだろう。今から俺に酷い事をするのだろう。でもそれを望んではいない人だ。隣には血のように赤い服を着た男が急いだように忙しなく動いている。キラキラした魔法の涙を流しながら半透明のカプセルにマリーゴールドと百合をぐしゃぐしゃに押し込んでいた。この二人は、たぶん俺の親だ。
『早く行きますよ』
雪国のチョコレート色の毛皮を羽織った男が淡々とした口調で言った。男は俺を半透明のマリーゴールドと百合が入ったカプセルに入れて蓋を閉じた。半透明のカプセル越しに見る外の世界は綺麗だった。真っ暗な闇に星が散りばめられて無限に広がる世界は、自由の象徴のようであった。男は駆けた。闇を、世界を、宇宙を、カプセルを持って駆けた。そしてあるひとつの星に近づいた。青くて美しい地球だ。まるでビー玉みたいなスノードームみたいな星だ。中まで覗き込んだら、汚い穢れが酷く胸を突くほどに痛くて美しく見えるのだろう。俺はそんな星に預けられた。俺を女性の胎内に置いて男は行ってしまった。
そういう、夢を見た。俺は図書室で居眠りしていたのか。過去ではなく過去を思い出している現在の夢かもしれない。絶対的で脆い記憶。そうだ、過去に行こう。過去の俺を現在と交換して行こう。もう一度、両親に会いたい。今の両親は素晴らしい人だ。弟もとってもいい子だ。なに不自由無い幸せだ。現在に不満があるのではない、過去の俺に現在の幸せを体験してみて欲しいんだ。現在の俺は過去に金平糖一粒の好奇心を抱いているだけだ。だから行ってみよう。何で行けばいいだろう。俺の足では少し頼りない。何か乗り物に乗って行こう。そうだな、箒に乗って行くか。
俺は掃除用具庫から箒を一本取り出して股がった。魔法を使うときは心臓が凍ってしまう。俺の前世は寒いところだったからだろうか。そして俺は過去へと飛び込んだ。
「どうして俺を地球に預けるんだ。」
目の前の母と父に俺は尋ねる。チョコレート一欠片分の幸せでいいから与えて欲しかった。出来ることなら離れたくなかった。俺と俺を囲む世界が貴方だったらよかったのに。
「仕方ないの、ごめんなさい。本当にごめんなさい。あ、もう舟が…」
俺の故郷はトーガナレットという星だ。トーガナレットに住む両親は舟で旅に出た。世界の終わりの宇宙の果てにある奇跡の植物園を目指して旅に出た。でも舟はエンジン切れで闇の中で滅ぶしかなかった。俺だけは生かそうとして両親は地球に預けたのだった。悲しい物語、不幸な運命、罪の結末。仕方がなくて償いきれなくても汚い過去は消したい。美しい未来で永遠になりたい。だから──
「あなた、あなた。」
そこで俺は目覚めた。俺は何をしたのだろう。だからどうするのだろう。ここはどこだ。そうだ、妻と世界の終わりの宇宙の果てにある奇跡の植物園に来ていたんだ。妻の方を振り向くと妻は柔らかく微笑んでいた。よかった。どうしたのとか辛かったのね、なんて妻が言わなくて。微笑んでいるだけでよかった。俺の凍った心臓は妻の幸せで肉になった。