複雑・ファジー小説

Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.13 )
日時: 2018/08/20 19:16
名前: 流聖 (ID: m.NeDO8r)

一時の両思いよりも永遠の片思いのほうが

正直に言おう。僕こと足利光勇の片思いは綺麗なものではなかったと。笑顔が可愛くて、何事にも一生懸命で一途な手織由宇子。彼女は僕の好きな人であり、そして、肘から先がなかった。
事故に遭って切断せざるを得なかったそうだ。彼女は腕を失っても、人気者だということに変わりはなかった。腕がない少女として人の目を引いたのももちろんあったが、彼女に対しての態度や見方は以前と大した差はなかった。彼女が真っ直ぐな性格だからだろうか、彼女の取り巻きも性格がよかった。
話は僕の片思いについて戻るが、腕のない彼女が僕は可哀想で仕方がなかった。可哀想だから好きになった。平凡な男子が恋をしたのは腕をなくした少女──まるで小説にありそうな展開だ。そういう困難を乗り越えて幸せになるみたいなありきたりで反吐がでそうなくらいつまらない恋愛に憧れていたのかもしれない。結局幸せになるんでしょ?って思う物語に今自分が干渉できそうなのだ。だから、今思うとかなり軽い気持ちで告白したのだ。
彼女とは同じクラスで、校舎裏に呼び出して告白した。僕と彼女は同じ教室という小さくてごちゃごちゃした掃き溜めのような空間にいながら今まであまり関わって来なかったのだが、彼女は「夢みたい」と頬を赤らめて僕と付き合うことを了承した。予想では腕がないのを気にして「本当にいいの?」とか聞いてくるのかなと思ったけどそういう類いの言葉はその日一切口にしなかった。というかあまり僕達は喋らなかった。
しかし、次の日の晩、確か夜ご飯を食べた後だったから七時頃だと思う。彼女は僕の携帯に電話をかけてきた。僕は彼女が電話をかけてくる理由が見当たらなかったので、少し緊張しながら電話に出た。

「もしもし」

『あ、あの!昨日はなんか夢みたいで頭があんまり回らなくてふわふわした感じでその付き合うって言ったんですけどよくよく考えたら光勇君が私に告白するなんて嘘でしょって思って本当なのかなって不安になって確認のために電話をしましたやっぱりこいつと付き合うのやめようかなって思ったなら遠慮なく言っていいし冗談のつもりで告白したなら真に受けてすみませんそれで私達が付き合うというのは現実で冗談でもなくやめる気もないのですか?』

「…うん」

いつもはタメ口なのだが、何故か電話の向こうの彼女は敬語だった。そして異常に早口だった。一気に喋って疲れたのだろう、はぁはぁと息切れの音が聞こえる。どうにか話の内容は聞き取れたのでよかったが、僕の答えは情けなくて小さいものだった。

『えっ、あっ、えっ………』

もしかして本当は別れたかったのだろうか。彼女はずっと黙り混んだままだ。電話は切られていないが急にどうしたのだろう。先程の威勢のいい喋り声とは対照的だ。早口で喋ったり敬語だったり黙ったり、今日の由宇子はへんだ。

「もしもし?由宇子?」
『……夢みたい。』

Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.14 )
日時: 2018/08/30 19:14
名前: 流聖 (ID: Hh73DxLo)

一時の両思いよりも永遠の片想いの方が

付き合ってみると案外面倒な事が多かった。何から何まで僕が手伝わないと何も出来ないし、デートで外に出ると奇異の目で見られるから恥ずかしいし、正直なんだかなぁと思っていた。彼女は僕のことを腕をなくす前から好きだったらしい。なくす前に付き合っていればよかったんだけどなぁ。自分でも酷いことを思っているとは自覚しているけれど、こればっかりは仕方がないだろう。改めて腕の有無の重要性を感じたよ。やっぱり彼女はこんなんでごめんね、みたいな事を言っていたけれど、彼女が謝ろうが何言おうがその腕は戻らないんだからうっとうしいだけだ。もともとそんなに気の合う方ではなかったし、腕があってもいずれ別れていただろう。いや、付き合ってすらいないか。
僕はどうやって別れ話を切り出そうか、そんなことを考えていたその時だった。携帯から電話の着信音が鳴った。

「もしもし」
『お前か、足利光勇ってのは。』

既に声変わりした、でも年寄りではない低い声だった。僕はこの声を聞いたことがない。

「誰ですか?」
『俺が先に質問したんだよ。答えろ。』
「人に名前を尋ねる時は自分の名前を先に言うものでは?」
『わかったよ、背西京谷だよ。で、お前は光勇なのか?どうなんだよ。』
「そうですけど…初めましてですよね?」
『そうだ。早速なんだが、お前の彼女の手織由宇子を誘拐した。助けたきゃ××××に来い。』
「はあ!?どういうことですかって切れたし…。」

ツー、ツー、ツーという無機質な音だけが俺の耳に響いた。手織由宇子を誘拐した?本当か?誰かがふざけてやったんじゃないのか。そもそも俺に電話をかけてくる意味がわからない。彼氏だからって電話をかけてどうするつもりなんだ。身代金が目的なら家族に普通電話するだろう。計画性がなさすぎる。俺を誘き出すことが目的なら俺に恨みのあるやつが犯人だろうか。とにかく俺は行くべきなのか?もしかしたら本物かもしれない。それになんか映画の展開みたいだし。
俺は言われた住所をナビを使って行くことにした。検索してみると案外離れた場所ではなくて、徒歩で行ける距離だった。外に出ると生ぬるい風が吹いて気持ち悪かった。夏は夜でも暑い。親はまだ帰ってきていない。何をされるかはわからないが、動きやすいラフな格好で行った。空手とか柔道を習っていれば少しは余裕を持って行けたのだろうけれど、僕は習っていないし運動が嫌いだ。かなり不安だがまるで映画の主人公みたいで素敵じゃあないか。

たどり着いた場所は廃工場の跡地だった。真っ暗で携帯の光を頼りにしなければ自分の手すら見えない。僕は詳しい場所は説明されなかったのでそこら辺をうろついていると、ぽつんと光が一つ、見えた。その光に向かって歩み寄ると段々シルエットが実像になってきて、それが男だということがわかった。レザーのジャケットにじゃらじゃらしたアクセサリをつけた金髪の背の高い男。背西京谷だろう。ニヤリと不敵な笑みを浮かべて腕を縛られ口を塞がれた由宇子を抱き抱えていた。由宇子は目をつぶって人形のようにぴくりとも動かない。胸は上げ下げしているので息をしているということはわかる。気絶しているのだろうか。
その光景を見たとたんにどこか映画を見ているような気分が一気に現実味が出てきてどっと冷や汗が噴き出した。マジなんだ。本当に誘拐しちゃって、僕は、今それと闘うんだ。絶対に勝てっこない。勝つ自分の姿が全く想像出来ない。あいつが強いとかそういうことはわからないけど、僕が今とんでもなく弱くて低い立場にいるのはわかる。

「こんばんは、足利光男。」
「…僕に、どうしろって言うんだ。」
「俺にこいつを、由宇子を、譲ってほしいんだわ。」
「は?」

そんなことのためだけに僕を呼び出したのか。そんなこと電話で話せば充分なのに。

「いいよ、くれてやる。だから俺に何もせず、帰らせろ。」
「本当にいいんだな?」
「あ、待って。由宇子に危害を加えるな。嫌がるようなことをするな。」
「…もし由宇子に何かあったら自分が責任を問われるから?自分の保身のため?」
「は?…いいから、嫌がるようなことするなよ。」
「しねえよ。」

なんなんだこいつ。本当に信じていいのか?いや、ダメだろう。由宇子に何かあったら…俺が…責任を…問われるから?どうして由宇子と付き合っていると面倒とか散々今まで酷いことを言ってきたのに今はこんなにも罪悪感を感じるのだろう。目の前のやつの方がずっとずっと悪いやつのはずなのに。でもやっぱり今すぐ帰りたい気持ちもある。以外とかなり大事に巻き込まれてしまった。早くこの状況から逃げたい。今帰っても関与したことは俺と背西以外知らない。誰にもばれない。悲劇の主人公で終われる。逃げるなら今なんじゃないのか?

そうして俺は家に帰り、何事もなかったように次の日も明後日も学校に通った。由宇子はちゃんと学校に着ていた。

Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.15 )
日時: 2018/08/30 19:14
名前: 流聖 (ID: Hh73DxLo)

一時の両思いよりも永遠の片想いの方が

「何が目的なの…」

わなわなと唇を震わせながら目の前の男に問いかける。廃工場の跡地で誘拐された私は今この状況を理解できずにいた。
今までの人生、結構良かったと思う。腕がないのに皆いい人ばかりで、そりゃあ苦労もしたけど幸せだった。好きな人とも付き合えて、人生の絶頂を迎えたような気分だったのに、突然現れたこの男のせいで全部壊された。

「体じゃない、お前じゃない。」
「なら、なんなの…」
「未来だ。」

男は至って真剣にそう答えた。暗くて顔は見えないけれど、低い声音はある種の悲しさすら含んでいる。

「性格は遺伝子と育った環境で決まる。この誘拐という脳に残る経験をすることで考え方がかわる。考え方が変われば性格がかわる。性格が変われば言動もかわる。言動が変われば環境がかわる。環境が変われば未来がかわる。」

男はつらうらと難しい言葉を並べ立てた。そんなのは建前で本当の目的があるんじゃないだろうか。このまま家に返してもらえなくて、なんか色々されちゃって大事なものを奪われたら私はどうすればいいのだろう。しかし私のそんな不安とは対照的に、男はあっさりと私への拘束をほどき、安全に家に帰してくれた。

「俺は未来からきた足利光男だ。君に、一回、殺された未来を経験している。そんな未来にしないために過去に飛んできた。悪かった、君の腕を奪って。」