複雑・ファジー小説

Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.7 )
日時: 2018/08/18 18:21
名前: 流聖 (ID: m.NeDO8r)

言わなくても触れなくても相手が自分を好きだと自信を持って言えることのなんと幸せなことか

俺の兄貴は独特な人だった。冬の樹々に氷柱ができているのを見ると樹の泣き跡だと言った。ゲームをすると救わなきゃいけない世界があるんだと言ってテレビ画面の中に入り込もうとした。もちろん入れるわけがない。好きなものは辞書の匂いらしい。寝るのにもエネルギーが必要で、水を飲むときは空気も一緒に入るから大変だと言った。今ここにいる俺は過去の俺で、過去には現在の俺が行っているとも言っていた。まあ、要するに一言で言えば中二病だったのだ。ついたあだ名は不思議くん。誰にも理解されず、共感者は一人としていなかった。弟の俺ですらよくわからなかった。それでも顔だけはイケメンの部類に入るから、告白してくる女子は多少いた。好きです付き合ってくださいと告白すると、他に幸せにしたい人がいるごめん、と答えた。俺は兄貴に好きな人ができるなんて予想もしていなかったから誰なのか聞いてみると、マリーゴールドと答えた。お手上げだ。マリーゴールドは花の名前なのだ。そもそも兄貴とまともな会話ができたことなんて一度もない。

しかし、兄貴は本当に不思議だった。中二病で片付けられるものではない。ひとつは、兄貴の体の至るところに小さな宝石が埋め込まれ、散りばめられていること。兄貴は生まれた時から両目の視力がなかった。何故なら目玉が宝石だったからだ。ふたつめは、兄貴に普通の原理は通じないこと。小さい頃、一本のロープの端と端を兄貴が切った事がある。兄貴は端をなくすつもりで切ったらしい。普通はロープが短くなるだけなのだが、兄貴が切ると端と端がなくなったのだ。つまりわっかになった。縛り目のない、もとからわっかだったかのようなロープ。
兄貴は自分の異様な容姿を隠すために年中長袖でゴーグルをかけていた。おかげでかなり変人扱いされ嫌われた。それの弟として俺も苛められた。目玉に視力はないが兄貴は物事を見ることも見ないこともできた。世界の汚いところには目をつぶり、美しいところだけを見た。盲導犬を飼っていなくても普通の人のように過ごしていた。自分には見えると信じていれば見えるらしい。そんな兄貴が今日、彼女を紹介してきた。

「俺の人だ。」

兄貴が肩を抱くその人は、頬を赤くして俺のことを見た。綺麗というより可愛い系。ショートボブの小柄な中の上くらいの女子。tha普通みたいな人だ。

「へー」

絶対普通じゃないぞ。兄貴が付き合うんだ。絶対普通じゃない。一体どれ程の変人だろうか。俺はそう覚悟しながら義姉さんを見定めた。しかし俺が予想していたほど変人ではなかった。いや、寧ろ普通すぎる。兄貴と付き合うという時点で普通ではないが、その点だけを除けば本当に普通だ。好きなものも言動も一般人と何も変わらない。
***
貴方は、図書室で一人、箒にまたがって魔法使いごっこをしているような人でした。図書委員の私は図書室で走り回ったり大声で喋るような人間に注意するのと同じ感覚で彼を注意しようとしました。でも、私の口から出た言葉は注意とはかけ離れたものでした。

「凄い」

語彙力の無さを恥じますが、私の脳ではそれが精一杯でした。寧ろ言葉を発するだけの余裕があったことに驚きです。だって、彼は本当に魔法使いだったから。彼は浮いていました。本棚と本棚の間で、彼はふよふよと床から50㎝程の空中に箒にまたがって浮いていました。でも、失礼とは存じますが、下手くそな魔法使いです。不安定でバランスを保たないとすぐに落ちてしまいそうです。彼は床から70㎝程まで上昇しました。その不安定さでは後を省みない軽率な行動だと思います。落ちたときの衝撃がひどくなるだけです。彼が上昇すると共に周りのものも浮いてきました。本が空中でふよふよとういてページがパラパラと生き物のように動きます。私のスカートもふわりと舞い上がりました。もしかして下心あるでしょう。私はスカートを手で抑えました。彼のつけているゴーグルもゆっくりと浮きました。まるでこの空間だけが、彼の魔法で彩られているかのようでした。キラキラしていてとっても素敵。私もなんだか羽が生えて飛べそうです。

しかし、突然彼の魔法は終わりました。本が命を失ったようにバサバサと床に落ち、彼はどすんと音をたてて盛大に床に尻餅をつきました。魔法が消えた途端に空間は無機質でモノクロなものに変わります。昔から童話の中でもそうですが、魔法には限界があります。少し寂しいですが、あまりにも呆気なくて今思えば過去の幻想、夢のようです。
彼の元へ近づき床に座り込んでいる彼に手を差しのべます。彼がこの手を取ってもう一度魔法をかけてくれると本の少しの祈りを込めて。贅沢は言いません。本の少し、金平糖一粒分くらいでもいいんです。世界を美しくしてください。

「世界は美しい。何故なら」

彼は私の手を取って立ち上がりながら言いました。

「人間の瞳はよく見えるからだ。百合を手向けて月を取ったマリーゴールド。」

そう言った彼の瞳は、世界の美しさを、月の魔法を、百合の宝石を、宇宙のマリーゴールドを飼っている瞳でした。

Re: チュリーロゼッタ、可愛い君は ( No.8 )
日時: 2018/08/18 19:40
名前: 流聖 (ID: m.NeDO8r)

言わなくても触れなくても相手が自分を好きだと自信を持って言えることのなんと幸せなことか

彼と一緒にいるときの不思議な体験を紹介していきます。
ひとつめは、私の家で彼と一緒に遊ぶ、いいえ、読書をしているだけです。会話すらしません。その時の事です。私の部屋で彼と二人きり、カーペットが敷かれた床の上に座って読書をしていました。ずっと正座の態勢で読んでいたので足を組み換えようと態勢を変えたとき、足に冷たいものが当たりました。何だろうと思って本から目を移し、足元を見ると透明な液体がカーペットの上に広がっていました。飲み物はこの部屋にはありません。何故あるのか、この液体はなんなのか、気になりましたが取り敢えず拭こうと思って近くの布巾に手を伸ばしたその時です。

いきなりぶわぁっと水が部屋一面に広がって増えていきました。それもものすごいスピードで。10㎝、20㎝…とどんどん体積は増え、私の首もとまで水が来ました。私は急いで鼻をつまみ息を止めました。隣に座っている彼を見ると、落ち着いて読書をしています。やがて水が部屋の天井まで増えたとき、私はもう息を止めるのが限界でした。このままでは死んでしまう、そう思ったとき、彼の顔が目の前にありました。彼の顔をここまで近くで見たのは初めてです。心臓が早鐘を打ちました。これが、魔法使いの顔かぁ、そんなことを考えました。彼は鼻をつまんでいる私の手をつかみぎゅっと握りました。そして私の唇に彼の唇を重ねて、空気を送ってきたのです。私は救われたと思いました。もちろんこのおかしな状況が彼の魔法だと知っています。いわば彼のせいで死にかけたと言っても過言ではないでしょう。しかし、彼はよくこう言っていました。

「罪人を愛せ、迫害者のために祈れ。」

だから私は決して人を恨みません、憎みません。これは彼との魔法の契約です。彼の唇が私の唇から離れると、私は水中でも呼吸が出来るようになっていました。それに寒くないし濡れているという感じもしません。でも水中の中にいるのです。その証拠に部屋の中を泳げます。周りを見ると、百合とマリーゴールドの花弁がふわふわと舞っていました。宇宙のように暗い水の中を月明かりが照らし、宝石が星のように見えます。これは、絵でも写真でもテレビでも見たことのない光景でした。彼の魔法が作り出した光景は、世界の終わりの宇宙の果てにある現実の光景なのです。世界の美しさと月の魔法と百合の宝石と宇宙のマリーゴールドを飼っている彼に誓って断言できます。
その日、私と彼は魔法の海の中で読書をしたのです。

ふたつめは、結婚式の事です。私と彼の結婚式会場は自然で出来ていました。
若草のカーテンと薔薇と雨の雫の飾り付け。何よりも好きだったのはウエディングドレスです。蜘蛛の糸とふわふわの雲で出来たきめ細かい生地に刺繍を施し、鳥の羽と花弁で華やかな衣装になりました。ネックレスは動物達が鱗や木漏れ日、蛍の光、とにかく光り物を懸命に集めてつくってくれました。料理は全て自然のものを使っています。スープは水を張った鍋に花弁を入れて煮込み、ある程度時間がたったら花弁を掬い取ります。それを別の皿にあげると、干した果物を鍋の中に入れ、余熱で温めて完成です。とろみがあり、果実の酸味と蜂蜜のような甘さがとても美味しいです。鶯の合唱、薄い金木犀の香りがする霧、温かい陽射し。全てが愛しい魔法でした。私の指輪は、彼の瞳の一部で出来ているそうです。世界の美しさと月の魔法と百合の宝石と宇宙のマリーゴールドを飼っている瞳の欠片で。

おばあちゃんになった私は、今でも彼の瞳に映り続け、愛されています。義弟へ、彼が俺のせいで苛められてごめんな、ですって。