複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.1 )
- 日時: 2020/08/10 06:13
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
わたしの名前は美琴。性別は女性。二十一歳です。
わたしは幼いころから他の同級生とは少し違う力をもっていました。
五歳の時点で既にわたしの腕相撲で勝てる同い年の男子は存在せず、一二歳の男子が相手でも負けたことはありませんでした。
ジャンプでも地面を蹴って舞い上がれば、楽々と電柱と同じくらいの高さまで飛ぶことができました。
サッカーボールを蹴ればボールは破裂し、握力計で測定不能なほどの腕力。
どう考えても普通の人間とは明らかに身体能力が違っていたのです。
その為でしょうか、わたしにはよくスポーツ選手にならないかと様々な団体から勧誘が来たのですが、わたしは別のスポーツで活躍したいなどとは微塵も考えてはいませんでした。
もし仮にわたしが格闘技などをした時には、力の制御ができなくなって最悪の場合、相手選手の命を奪いかねないのです。
体格は決して筋肉質の部類ではなく、どちらかというと華奢に入るのでしょうが見た目に反してわたしの力は年齢を重ねるごとに人間離れしていくようになりました。
ですが一般とは大きく異なる力を得て、一つだけよかったことがあります。
それは、車にはねられそうになった女の子を救うことができたことです。
女の子が道路にボールを追いかけ飛び出したのを目撃したわたしは、すぐさま道路へダッシュし、車が女の子をはねる寸前に間に割って防ぐことができました。
わたしにぶつかった車は車体の前面が大きく凹んでしまいましたが。
なんにせよこの力がなければ救えなかった命を救うことができたのですから、そういう意味では感謝しなくてはなりません。
高校を卒業した後、大学行ってみようかとも考えましたが、学費が非常に高く、身寄りのないわたしにはとても無理な話でしたので大学進学はあきらめて就職をしようという結論に至りました。
ですが仕事が中々決まりません。就職活動をしても不採用ばかりなのです。これまで溜めた貯金を切り崩して生活をしていましたが、やがて貯金も底をついてしまいました。仕事もなく、お金もないのでは都会で生きていくことはできません。困ったわたしは考えた末に山に籠って生活をすることにしました。普通ならば「どうして山に行くの? 別に山でなくとも田舎に行って仕事が見つかるかもしれないし、都会でもう少し粘り強く就活を続ければ就職できるかもしれないのに」と思うかもしれません。ですが、わたしは考えたのです。山には食べ物も水も豊富にありますし、人に会うことも怖がらせることもないのですから、一石二鳥のはずだ、と。
思い立ったら即行動と最低限の衣服だけをもって山へ入ったわたしは、色々と危険な目に遭いましたが、お腹を空かせて闘いを挑んできた熊さんを可哀想だとは思いながらも手刀で一刀両断にして丸焼きにして食べたり、山を降りて海に飛び込み巨大なサメさんを蹴りで仕留めてそれも丸焼きにして食べたり、山に生えているキノコや野草を食べたりして中々にワイルドな生活を送っていました。
けれどそんな生活を続けてしばらく経った頃、急にある食べ物が恋しくなりました。
それは、お米です。
山には野草やキノコ、タケノコはあれど稲はありません。
最初はそれなりに楽しかった山奥での生活もお米の恋しさのあまり我慢の限界を超え、わたしはとうとう山を降りる決心をしました。
山を降り、電車に乗って都会に向かいながらもわたしの心は不安でいっぱいでした。都会に戻れば再び就活をしなければなりません。そうしなければ生きていくことも、ましてやお米を食べていくことさえできないのですから、就活するのは当然ではあります。
しかし、就活はするにしても採用されなければ意味がありません。
普通の人間を大幅に超えたわたしを雇ってくれる仕事場など、果たしてあるのでしょうか。疑問に思いながら都会の街中を歩いていますと、一人の男性が声をかけてきました。
「君、ボロボロだけど、すごく可愛いね。わたしの弟子にならないかな」
金髪に碧眼、白い肌。一八〇センチを超える体格の良い紳士で、高級感の漂う三つ揃えのスーツを身に着けています。
間違いなく外国の方で、初対面であるわたしに「かわいい」と言ってきました。容姿を褒められるのは普通に嬉しいです。わたしも例外ではありません。初対面で外国の方とはいいましても「かわいい」と評されて嬉しくないわけがありません。
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げて、紳士の元を去ろうとしました。
褒められたのは嬉しいですが、わたしは就職活動をしなければならないのです。彼にいつまでも付き合ってはいけないと思いました。
そのときです。
ぐうぅ〜。
間の抜けた音がわたしのお腹の中から聞こえてきました。
慌ててお腹を抑え、紳士に訊ねます。わたしは英語は喋れませんのでもちろん日本語ですが、彼は流ちょうに日本語を話していましたので言葉が通じると思ったのです。
「あの……もしかして聞こえていました?」
「ハハハハハハハハ! 盛大なお腹の音だね。もちろん、聞こえていたとも。君はお腹が空いているようだね。よかったら、わたしが何か奢ってあげよう!」
「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」
丁重に断ろうとした途端に再びぐぅ〜っとお腹の音が。
ああ、お願いです。わたしのお腹。
少しでいいですから音を鳴らさないでください。
ですがわたしの懇願に聞く耳を(お腹なので当然ですが)もたず、音は次第に大きくなっていきます。
仮にこの場を離れた場合、きっと男性はわたしのおバカな光景をネタにして友達に話したり、インターネットのブログなどでこの一件を報告するかもしれません。
この状況を無かったことにする方法はないのでしょうか。
顎に手を当て思案していますと、紳士は立ったままニコニコとした笑顔で告げました。
「この場を解決する方法は、わたしと一緒に食事に行くしかないようだねえ」
食事をおごってもらえるのは嬉しい半面、申し訳ない気持ちです。
それにわたしはお金を一円ももっていないのですから、彼にすぐにお金を返すことはできないでしょう。
そして仮にお誘いを断ってこの場を後にして就職活動に挑んだとしましても、空腹で力がでない状態で挑んだところで一蹴されるに決まっています。それならこの場は紳士の好意に甘えて奢ってもらい、住所と電話番号を聞いた後で、わたしの就職が決まったらお礼のお金を渡しにいけばよいのではないでしょうか。
少なくとも結果が見えている今よりは、お腹も満たされていることでしょうし、就活が実を結ぶ可能性はきっとあるでしょう。
それらを天秤にかけたわたしの答えは決まりました。
「紳士さんさえ良ければ、お願いします」
「うん! よく言ってくれたね! じゃあ、さっそくご飯に行こう! 君の好きなものを何でも言ってくれたまえ。、その食べ物がある場所を探して行くから!」
紳士は満面の笑みを浮かべていきなり、わたしの肩に手を回してがっちりと組みました。まるで親友のような親しみをもった態度ですが、わたしはこの方のことを何も知りません。
なのに、どうしてこんなにも親切に振る舞ってくれるのでしょうか。
頭を掠めたわたしの疑問は紳士のタクシーを止める声でかき消されてしまいました。
紳士に連れられわたしが来たのは小さな定食屋さんでした。
お客はわたしたちの他に数名しかおらず、静かな雰囲気です。
洋食にしようか和食にしようか散々迷いましたが、やはりわたしは日本人なのでしょう、和食を選びました。
木製のイスに向かい合って腰かけ、メニューを眺めます。
定食メニューなどもありますが、紳士にお金をたくさん払わせるわけにはいきません。
ここはできる限り安いメニューにしなくては……
するとわたしの目の中にある料理名が飛び込んできました。
それは、おにぎりでした。
塩で白米を握っただけの簡単な料理ですが安くてお米そのままの味を味わうことができます。
「それでは、おにぎりをお願いします!」
注文が終わり料理が運ばれてくるのを待つ間、わたしは紳士に自己紹介がまだであることを思い出しました。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたしは美琴です」
「美琴ちゃんか。可愛い名前だね。わたしの名前はスター=アーナツメルツという。よろしく、美琴ちゃん」
「はい! よろしくお願いします、スターさん!」
差し伸べられた彼の白手袋をはめた手をしっかりと握り、誠意を示しました。スターさんは朗らかに笑って。
「美琴ちゃん、実はずっと気になっていたが、君はどうしてそんなにボロボロの恰好なのかな」
「実は——」
事の経緯を説明しますと彼は真剣な顔で腕組をして唸ります。
もしかするとわたしの話があまりにも現実離れしているので、疑いの念を抱いたのかもしれません。
彼の次に発する一言でわたしの運命が大きくかわるかもしれません。
笑われても構いません、慣れていますから。
ですが機嫌を損ねて帰るのだけはやめてほしいのです。わたしはお金を持っていないのですから。
心の中で祈っていますとお店の方がおにぎりを二個乗せたお皿を台に載せて運んできました。
「お待たせいたしました。おにぎりです」
「ありがとうございます」
お礼を言って早速目の前にあるおにぎりを掴みます。
ほかほかと白い湯気を立てている白いおにぎり。
手におにぎりの温かさがじんわりと伝わってきます。
山から下りてきて、もっとも食べたかったお米。
そのお米で作ったおにぎりがわたしの手の中に!
何と嬉しいことでしょう。まるで夢のようです。
その夢を叶えてくださったスターさんの恩には何としてもこの美琴、報いなければなりません。
「いただきます」
食材に感謝してかじりついた一口目。
ふわふわの柔らかい食感と優しい甘さが口いっぱいに広がり、わたしはまるで天国にでもいるかのように感じてしまいました。
山奥で生活する前は何となく食べていたおにぎりが天にも昇るほど美味しいご馳走だったとは、これまで生きてきた中ではじめての体験です。
一口、また一口。
噛みしめながら頬張り続けるのですが、次第に視界に映るスターさんの顔が涙で霞んできました。
「泣く程お米を求めていたとは思わなかったよ。ホラ、涙はコレで拭きなさい」
「ありがとうございます」
手渡されたハンカチで涙を拭き、おにぎりを食べたわたしのお腹はすっかり満たされました。
「美琴ちゃん。指」
スターさんがわたしの指の方を差して笑っていますので何のことかと思っていますと、わたしは自分でも無意識のうちに指についたご飯粒を舐めとっていたのです。
「こ、これは恥ずかしいところを見せてしまって……申し訳ありません!」
自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になるのが手に取るようにわかります。普段は人前で絶対にしないはずのことをしていたとは、よほどお腹が空いていたのかと思いつつも恥ずかしさで胸が一杯です。
先ほどの行動を見られたこともあってかなかなか彼の顔を見ることができずに俯いていますと、不意に彼が所有物である茶色の鞄から一枚のチラシを取り出して、テーブルの上に置きました。
見てみますと、そこには「スター流 門下生募集」という文字が書かれていました。
本人から承諾を得て紙を手に取り見てみますが、一体何のことなのかさっぱりわかりません。
「スターさん、このチラシにあるスター流って一体……」
「よくぞ訊いてくれた!」
まるでバネ仕掛けのおもちゃ箱の人形のようにぴょんと椅子から飛び上がり、キラキラとした青い瞳をわたしに向けるスターさん。彼の顔には顔中が輝きに満ちています。
「美琴ちゃん、君は今、仕事を探しているんだよね」
「は、はい」
「では、スター流に入らないか」
「へ?」
「スター流は名前の通り、わたしが生み出した拳法の流派だ!だが、最近は全く門下生がこない! だから、君に入ってほしい!」
急にスター流や門下生になってほしいと言われましても困りました。
わたしは闘ってはいけない体なのですから。ましては強くなる為に格闘技を身に付けたらどうなるか……
「美琴ちゃん、君が非常に優れた素質を持っているのはすぐにわかった! だが、君はその素質を隠そうとしている!君は自分の力の特異さに恐れる心を抱いている。違うかな」
甲高くて陽気な声色ながらも、スターさんは私の心の状態をピタリと言い当ててしまいました。どうやら彼には人の心を覗く目がありそうです。
「人の心を覗く目がありそうです——か。成程」
「どうしてわかったんですか!?」
「わたしだからだよ! わたしにとって人の心を覗くことなど朝飯前だ!大丈夫! 門下生になってくれたらお給料はちゃんと出す!朝昼晩のご飯もちゃんと保証するから!」
「あの、普通はお金を支払って教えを乞うのが普通ではないでしょうか……」
「普通? 関係ないよ! わたしは常識にはとらわれない!常識ばかりにとらわれていては柔軟な発想はできない!そしてわたしは常識の外で生きている!というわけで、美琴ちゃん、どうするかね?
門下生になるか否か、決めてくれたまえ」
「い、今ですか!?」
「そう! 今だよ! わたしも色々と忙しい。できれば今すぐにでも返事が欲しい!」
もしかするとわたしに声をかけた真の目的はこれだったのかもしれません。ですが、少なくとも彼にはおにぎりの恩がありますし、門下生になりすればお給料も払ってもらえ、ご飯の保証もあります。
悪くない条件ではないでしょうか。
折角の良い機会でもありますし、今後電話番号を教えてもらったとしても多忙を自称する彼に会えるかどうかの保証はできません。
それならば彼の門下生になった方がいいのかもしれません。
「わたし、あなたの弟子になります」
「その返事が聞きたかった。では、また後日、君の元にわたしの弟子の一人を向かわせるからね。それでは」
言うなり彼は指を鳴らすと、まるで忍者か魔法つかいかのように目の前から忽然と姿を消してしまいました。先ほどあった鞄も跡形もなく消えており、会計場には三百円が置かれていました。
わたしはこれから先、どうすればいいのでしょうか……