複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.10 )
日時: 2018/09/07 07:38
名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)

忍者の首を絞める力が強くなるにつれ、美琴の視界は霞んできた。激痛に耐えながらも敵の腕を掴んで首から引き離そうとするものの、忍者の力は先ほどと比較しても倍以上に強くなっているだけでなく自分の腕は出血によるダメージで本来の半分の力も発揮することができないでいた。忍者は彼女がもがき苦しむ様子を舌なめずりをして見ていたが、やがて仲間に告げた。

「者共、そろそろこの女を始末するとしようぜ」
「承知!」

彼らの返事を聞いた隊長はガラ空きの美琴の腹に膝蹴りを打ち込む。

「か……は……」

激痛で前のめりになって呻く彼女を肘打ちの追撃で地面に押し倒すと、背を踏みつけ、腹を蹴り上げる。軽量の美琴が悶絶しながら転がると、彼女を待っていたのは銀色の帯を締めた忍者だ。
彼は容赦なく美琴の身体を蹴飛ばし、金色の帯を締めた忍者にパス。
飛んできた彼女を隊長に蹴り上げ、それを再び銀色の忍者に……という風に三人はトライアングルを描いて美琴の身体をまるでサッカーボールの如くに蹴って蹴って蹴りまくった。
美琴の服は傷つき、腕や足は紫色の打撲が出来る。やがて狂気の遊びに飽きた忍者達は今度は彼女の服の胸倉を掴んで強引に立ち上がらせ、代わる代わる彼女の顔面を殴り始めた。
殴られる度に顔を歪め、苦痛のあまりに薄らと涙を浮かべる彼女の姿を嘲笑い、更に攻撃を続ける忍者達。殴打を幾度も受けたこともあってか、彼女は口が切れ、真っ赤な血がポタポタと血に落ちていく。両腕と口の出血が酷く、その姿は痛々しさが漂うが、忍者達はいかに抵抗力を失った少女であろうとも、スター流の一員という理由だけで容赦なく彼女に打撃を与え続ける。
美琴は殴られながら彼らの考えを悟った。恐らく彼らは自分が息絶えるまで攻撃を止めることは決してないのだと。

「もう、やめてください……」

カの鳴くような小さな声で訴えるとリーダーを除く忍者達は仮面の奥で笑い声を上げた。

「やめてくれ、だとさ」
「誰がお前の言うことなど聞くか。反撃したのはお前だろうが」
「お前が俺達の仲間を痛めつけているから、仕返しをしているのみ。文句を言われる筋合いはない」

忍者達の言葉の前に、美琴は首を垂れた。彼らから攻撃を仕掛けてきたとはいえ、応戦し、結果的に彼らの仲間を叩きのしてしまった自分に弁解の余地はない。
ならば、彼らの仲間を傷つけてしまった償いに、彼らの気の済むまで殴られた方が良いのではないだろうか。そんな考えが頭を掠め、心身共に完全敗北しそうになった刹那。

「一対三なんて随分卑怯な真似をしてくれるじゃないか」

声がしたかと思うと、忍者達と美琴の間に何者かが割って入った。
オレンジ色の三つ編みに整った顔立ち、中国風の拳法着を身に纏ったその姿は——

「李さん!」
「助けにきたよ。美琴さん」

彼女はそう言って美琴を背で庇うと三人の忍者を睨む。

「君達には熱いお仕置きをしてあげなければならないようだ」
「女が一人加わった程度で我らに勝てるとでも?」
「私を舐めるなよ」

李は両の拳に炎を纏い、銀色の忍者に強烈な一撃を加えた。

「火炎拳!」

殴られた忍者は顔面の左半分が解け、仮面とその下の人の化けの皮の中から銀色の素肌をした鬼の形相が露わになった。

「キャッ」

三人の忍者のうち二人が異形と知った美琴は短い悲鳴を上げるが、李は動じない。それどころか微かに笑みを浮かべ。

「君達の正体は鬼だったのか。でも、一体誰に雇われたのかな」
「そのような重大なことを貴様のような女に吐けるか」
「吐かないのなら仕方がない。君達の人生はここまでだ!」

上空に舞い上がり錐揉み回転をすることで炎を纏った蹴りを作り出した李は、それを銀色の忍者の甲板に見舞った。
蹴りはそのまま銀色忍者の胴を貫き、見事な風穴を開ける。李が地面に着地したのと同時に銀色忍者の身体は後方に倒れて爆散した。爆風の威力に美琴のロングヘアは風に靡き、砂埃が舞い上がる。周囲が埃に覆われる中、彼女は軽く咳き込みながらも李の姿を探す。
だが、彼女も忍者達の姿も濃い砂風の前では探すことはできなかった。

「この光景は、まさか……」

美琴には思い当たる節があった。
この戦法は先ほど自分が忍者達にしてやられたことと同じなのだ。
彼女が確信を持っていると、砂の中から声が聞こえてきた。耳を澄ませてみるとこのようなやりとりだった。

「畜生! あのアマ、何処へ隠れやがった!」
「美琴さんがやられた借りは返させてもらうよ」
「隊長、声が聞こえ……ギャアアアッ」
「何だと!? グフッ……」

煙が晴れた後に美琴が目の当たりにした光景は中央に李が立ち、左右に忍者達が彼女と向かい合っている姿だった。
だが、忍者達はピクリとも動かない。
それもそのはず。彼らは二人とも李の片方ずつの貫手により、心臓を貫かれていたからだ。彼女が貫手を抜くと、二人も先の銀色忍者と同様に爆発し、跡形もなく消え去った。

「李さん、危ないところをありがとうございます」

美琴が丁寧に礼を告げると彼女は笑い。

「いや、お礼を言われるほどのことではないよ。当たり前のことをしただけだからね」

ここで彼女は言葉を切り、辺りに倒れた三人の忍者を見渡す。起き上がる気配こそ感じないものの、李には彼らの心音から生きていることを察知した。

「他の忍者達は君が倒したんだよね。でも、どうして彼らに止めを刺さなかったの?」
「……敵とは言え、彼らは生きていますから。生きていればいつか改心をすることもあり得るでしょうから」

彼女の考えを聞いた李は顎に手を当てほんの少し思案した後に口を開いた。

「もしも私が君と同じ状況に置かれたら、間違いなく彼らを殺めていたと思う。でも、君には君のやり方があるのだから、私はそれを否定しないよ」
「……ありがとうございます」
「周辺の敵は全て不動さんが一蹴したから、もう大丈夫だよ。君は負傷が酷いから、早く帰った方がいい」

彼女は美琴の手を取ると彼女に肩を貸して歩き出した。

彼女達が去って一〇分後。闘いが繰り広げられた路地に一人の男が現れた。
黒いソフト帽を目深に被り、黒いスーツを身に纏った男だ。顔は青白く、右目にはスコープをはめている。コートの腰部分からは黒く尖った悪魔の尻尾が生えている。謎の男は倒れている忍者達の前に歩みを進めると、落ち着いた声で言った。

「起きろ」

すると声に反応し、三人の忍者が意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がってきたのだ。彼らは男の顔を見るなり、深々と頭を下げた。

「め、目黒様! 申し訳ございません」
「失敗したか」
「左様でございます」
「お前達が失敗したせいで俺が動かねばならんとは、実に怨めしい」

彼は忍者達に掌をかざして冷気を放出すると、彼ら三人を一瞬にして氷の彫刻へと姿を変えてしまった。

「お前達の怨みなど食っても旨くはないからな……あばよ」

回し蹴りの一発で三体の彫刻を粉砕すると、男はガラスのように砕け散る彫刻達を背にして歩き出す。暫くコートのポケットに手を入れ歩き続けたものの、やがて男は足を止めてポケットから手を出した。彼の手に握られていた一枚の紙で、そこには李の顔写真が大きく貼ってある。

「シャバに降りて早々、仕事の依頼とは全く怨めしい。だが、依頼達成率一〇〇%の名誉にかけて、李を早々に殺るとするか。この殺し屋、目黒怨がな」

ビルに帰還した李と美琴は互いに深い傷を負っていたこともあり、医務室へと運ばれ、二人並んで隣同士のベッドへ寝かされることとなった。彼女達は怪我の治癒を一通り受けた後、負傷箇所に包帯を巻いた姿で仰向けの状態で眠っていたが、夕飯の時刻になると空腹を感じ取り目が覚めた。李と美琴は互いの方に頭を向けて言った。

「お腹、空きましたね」
「そうだね」
「今日の夕ご飯は何になるのでしょうか?」
「僕はラーメンがいいな。大好物だからね」
「わたしは大好物のおにぎりがいいです」
「フフフ……どっちも好きなものが食べたいなんて、僕達は少し似たところがあるんだね」
「そうみたいですね」

美琴は微かに微笑んだが、すぐに表情に影を落とし。いつもよりも元気のない声で告げた。

「わたしっていつも不動さんや李さんに守られてばかりいて、全然みなさんの役に立っていませんね」
「君はまだスターさんに弟子入りして僅か一か月じゃないか。焦る気持ちはわかるけど、強くなるには毎日の積み重ねが大事だからね。それに、最短でスター流を卒業した子も三か月はかかったんだから、焦ることはないよ。それに僕から見て、君は才能があると思う。一か月で忍者達とあそこまで渡り合うことができたんだからね。君は役立たずなんかじゃないよ。立派な僕達の仲間、スター流の戦力だよ」

仲間、戦力。自らを恥じて情けなく思っていた美琴にとって、李の言葉にどれほど励まされたかは想像に難くない。心の不安が消えた美琴は先ほどの戦闘で気になった点を彼女に訊ねた。

「さっきの戦闘で李さんは炎を出しましたけど、あれはどうやったのですか」
「僕は炎を自由自在に操る能力を持っているんだ」
「それは、わたしみたいに小さい頃から備わっていたものなのですか?」
「いや。僕は最初は無能力者だった。スター流の卒業の証としてスターさんから能力を与えられたんだ」
「能力を……与えられる?」
「スターさんは『超人キャンディー』というキャンディーを製造していてね。それを食べると能力者になることができるんだ。どのような能力を得られるかは食べた色によって異なる。但し、このキャンディーは沢山能力を得たいからという理由で複数食べても能力が得られる訳じゃないらしい。スターさんが食べると何の変哲もないただのキャンディーらしいんだけど、僕達が食べると能力者になれるそうで、複数食べると拒絶反応が出て普通は死亡するらしい。
だからスターさんは卒業生一人につき、一個しか与えないようにしているんだ」
「わたしは小さい頃から超人的な身体能力が備わっていたのですが、それは李さんの言う能力に該当するのでしょうか」
「どうだろう。今のところは謎だね。でも、そのうち君の身体能力の秘密は明らかになるはずだよ」

ここまで話した時、不動がおにぎりとラーメンを載せたトレイを持ってきた。そしてやや雑に彼女らの机に置き。

「食え」
「いただきます!」

二人は手を合わせて食べ始める。美琴はペロリとおにぎりを食べ、歯を磨いて寝てしまったが、李はラーメンの味を噛みしめるかのように時間をかけて食べている。もちもちとしたちぢれ麺に醤油の甘みと香りの漂うスープ、トロリと柔らかな歯ごたえのチャーシューに噛み応えがありよく味の染みついたメンマ。そしてラーメンの定番でもある煮卵。それらをゆっくりと時間をかけ、スープまで飲み干して完食した。
彼女が食べ終わるまでの間、不動は壁に背中を預けてその様子を見ていたが、食べ終わったのを確認すると小さく呟く。

「美味かったか」
「今まで食べたラーメンの中で最高でした」
「今日のは俺が作ったのだが、ラーメン作りが別格なお前に言われるとは光栄だな」
「本当に美味しかったです、不動さん」

李は瞳を潤ませ、両の瞳から涙を流した。涙を拭こうとするが、彼女の目からは涙が後から後から流れてくる。

「あれ、可笑しいな……不動さんの作ったラーメンが美味し過ぎて涙が止まりませんよ」
「我慢する必要は無い。お前が泣く理由はわかる。今、この瞬間だけは思いっきり泣いていい。俺が許す」

気丈なはずの李が普段は見せるはずのない涙。顔をぐしゃぐしゃにして泣く彼女がどれほど辛い気持ちと向き合っているか、彼には想像ができた。美琴が寝ている中、李は叫び声を上げて泣き続ける。不動は彼女の背に手を回し、優しく抱きしめた。無言で抱きしめるうちに彼女の声は小さくなり、荒かった呼吸も次第に落ち着いたものになってきた。彼女の心臓の鼓動を聞きながら、不動は訊ねる。

「会いたいか」
「はい。出来る事ならもう一度だけ隊長——カイザーさんに会って、僕の想いを伝えたかった」
「仮にお前が想いを伝えたとしても、奴は決してお前の想いに応えることはないだろう」
「わかっています。彼が僕の想いに応えられなかったとしても、僕はこれから先も彼を永遠に愛し続けるでしょう」
「……そうか」

不動は短く言って踵を返すと、部屋を出た。残された李はすやすやと眠る美琴の寝顔を見て。

「美琴さん、君の初恋を失恋にしてしまってごめんね。君と過ごせた時間は本当に楽しかったよ。僕と仲良くしてくれてありがとう」

李は美琴の顔を除き込むと彼女の赤く生き生きとした唇に感謝の意を込めて優しくキスをした。起きる気配の無い美琴を後にして李は静かに医務室を出る。

「これで悔いはない。あとは、大きな用事を済ませるだけだ」


夕刻。李は負傷した身体をおして荒野へとやって来た。
荒野には夕日に照らされた男が一人立っていた。
黒いソフト帽に黒スーツ、そして右目のスコープ。殺し屋である目黒怨である。彼は李の姿を見ると口角を上げてニヒルに笑う。

「李、よく逃げずに来たものだ。連れはいないのか」
「いない。僕一人だけだ」
「尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだが、どうする」
「その言葉は君にリボンでも付けて送り返すよ」
「相変わらず口の悪い小娘だ。しかし、お前の毒舌も今日が聞き納めだ。何故ならば、お前を殺せと依頼が来たからな」

目黒は懐から赤い銃を取り出し、スコープで彼女の心臓に狙いを定める。

「仲間を連れて来なかったのは賢明な判断だ。犠牲も減らせるし、死に様を見られることもない」

目黒は容赦なく引き金を引き、青紫色の光弾を李に撃ち込むが、彼女は側転で弾を回避。避けられた弾は地に落ちて小さな穴を開ける。

「今の攻撃をよく避けたものだ。褒めてやってもいいぞ」
「君に褒められても嬉しくはないね。予め言っておくけど、僕は君のような三流の殺し屋に奪われるほど安い命は持っていないんだ」
「その方が俺にとっても好都合だ。半世紀ぶりに地獄監獄からシャバに出てきたんだ。久しぶりの標的が雑魚では萎えるからな」

目黒は喋りながらも銃を乱れ撃ちをする。けれど李は素早い動きで躱し続け、命中を許さない。

「地獄監獄に閉じ込められていたはずの君が、どうして地上に出てこられたのか気になるね」
「その訳はお前が俺に勝てたら教えてやる。だが、その日は永遠に訪れないだろうがね」