複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.12 )
- 日時: 2020/08/10 06:35
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
李は目黒の乱れ撃ちを避けながらも、宙高く舞い上がり、そこから蹴りを放つ。つま先に力を集中させた鋭い蹴りは目黒の右手に命中し、彼の愛銃を弾き落とした。
「飛び道具などに頼らずに、拳と拳で勝負しようよ」
「後悔しても知らんぞ」
「望むところだよ」
拳を構えた両者は一気に間合いを詰め、互いの拳を打ち合う。
拳と拳が激突する度に放たれる衝撃波により、周囲の草木は吹き飛ばされる。目黒は李の顔面を狙うべく拳を穿つが、李は彼の攻撃に合わせて自らも拳を打って防き、顔へのヒットを許さない。
上半身への攻撃は防がれると判断した目黒は彼女に素早く足払いを見舞って体勢を崩させ、僅かな隙を突いて彼女の甲板に強烈な一撃を叩き込んだ。後方へ滑る李だったが体勢を立て直して急停止。
彼女の中国服は胸部分が裂け、露わになった素肌が打撲により紫色に変化していた。胸の苦痛に思わず片目を瞑り、歯を食いしばって苦悶の表情を見せる李に目黒は冷ややかに笑い。
「愚かな奴よ。負傷した身でこの俺と闘り合うなど狂気の沙汰だ」
「僕だってできることなら、万全の状態で君と闘いたかったさ。だけど僕には時間が無いんだ……ッ!」
自らに向かって駆けだした彼女を、目黒は腰を落として手を広げて待ち構える。そしてショルダータックルを敢行した彼女をキャッチし、スープレックスで後方へと叩きつけた。堅い地面に頭を強打した李だが、頭を二、三度振って再度立ち上がる。だが、相手は先ほど落とした銃を拾い、彼女目がけて発砲してきた。高い光線音が鳴り響き、彼女の服を次々に撃ち抜く。
「どうした、李さんよ。ご自慢のスピードで逃げたらどうだい」
舌を出して笑いながら撃ちまくる目黒。だが李は地面に根を張ったかのように強く踏ん張り、彼の攻撃を全て受ける。
撃たれる度に服が破れていく服は腕や腹など素肌の大部分を露出する格好となっている。これまでは防御力が高い服がダメージを軽減してくれていたおかげで致命傷は避けられていたが、高威力のエネルギー弾をまともに浴びれば彼女の身はかなり危険だ。
「馬鹿な奴だ。そんなビキニみたいな格好になって。俺を色香で惑わそうとでも言うつもりか? お前などの色香が俺に通じるとでも?」
「思っちゃいないさ。僕の作戦はもっと奥が深いよ」
「お前のような小娘の策などたかが知れている。能書きはそれぐらいにして、地獄へ行きな」
銃口を向け、止めを刺すべく引き金を引く。
カチッ。
間の抜けた音だけが出るが、光線が発射される様子はない。
幾度も引き金を引くが結果は同じ。
「まさか……!?」
銃の異変に気付いた目黒は銃の電池残量を見ると、メモリはゼロになっていた。
「貴様ァ! 最初からこれを狙って——」
「君と僕ではここの出来が違うようだね」
自分の頭をコツコツと叩き、目黒を挑発する。目黒の銃は充電式であり、光線を撃つにはそれなりの電力を消耗する。使用には限りがあることを以前の闘いで学んでいた李は彼に銃を撃たせることで電気を消耗させたのだ。
「肉を切らせて骨を断つ!」
李の踵落としを右肩に食らい、悶絶する目黒だが彼はダウンしない。辛うじて踏ん張ると彼女の顔面に再びパンチを当てようとする。李は爽やかに笑って。
「そんなに拳の打ち合いが好きなら、思う存分付き合ってあげるよ」
彼の手首をパンチが当たる寸前にキャッチし、腕力で彼の拳を開き、互いの小指を絡める。
「この構えは——」
「スター流奥義がひとつ、指切り拳万!」
ガッチリと絡められた小指はいかに目黒が外そうと苦心してもビクともしない。その超至近距離から李の必殺の左の拳が機関銃のように撃ち込まれていく。捻りを加えられ威力の倍増した拳は一撃、また一撃と確実に、そして凄まじい速さをもって彼の顔面に炸裂する。
撃ち込まれる拳は次第に速度と威力を増していき、頑強な目黒の口を出血させ、体を大きくのけ反らすまでの威力へと進化していき、
彼が大きく身を引いたことで足が浮き、彼の身体全体が宙に浮いた状態となる。膠着かつ無防備の状態を逃すような李ではなく、全身全霊を込めて拳を見舞う。目黒の顔面は地面と李の拳にサンドされ、まるでアルミ缶のようにぐしゃりと潰れてしまった。
真っ青な血で染まった拳を離し、距離を置いた瞬間、禍々しいオーラを感じ取り、彼女は大きく目を見開く。目黒は幽体離脱のようにスーッと地面から起き上がると、右目のスコープを妖しく光らせた。見ると彼のひしゃげた顔面が徐々に元の形に戻っていくではないか。顔面のダメージが完全回復した目黒は冷たい目で李を見る。彼の氷のような凍てつく視線には流石の李も恐怖を感じ、全身を強い寒気が襲ってきた。寒気のあまり両肩を抱きしめる彼女に目黒は今までとは違う、ねっとりとした陰湿さの漂う声で告げた。
「俺はお前が怨めしい」
「……ッ!」
驚愕する李に目黒は普段は収納してある背中の悪魔の蝙蝠を思わせる翼を展開し、全身から紫色のオーラを放出した。
「教えてやろう。怨みの力の恐ろしさというものを」
目黒は怨みを力に変える能力の持ち主である。他人から怨みの力を吸収することも、自分自身の怨みを力に変えることもできる。今回の場合は、敢えて李の攻撃を受け続けることにより、自らの内から湧き上がる怨みを増大させ、戦闘力を飛躍的に上昇させたのだ。全身から放出される紫色のオーラに圧倒され、李は僅かに後退する。その間に目黒は銃を手に取り、怨みの力を注ぐ。
すると銃は一瞬にして長剣へと変形した。
「お前の狙いなど想定済み。殺し屋ともあろう男が残弾数を把握しないという凡ミスを犯す訳がなかろう」
「じゃあ、さっきはわざと撃っていたと?」
「その通り。お前と俺では戦歴と頭脳が違うんだよ」
頭をコツコツと叩いて先ほどの屈辱を返す。そして翼を活かした猛スピードで接近すると、クリンチに捉え、ガラ空きとなった腹に膝蹴りを打ち込む。
「ガフッ」
李が口から吐き出した血が顔にかかるが、目黒は冷笑を浮かべて膝蹴りを続行。幾度にも堅い膝による攻撃を食らった李の腹にはダメージが蓄積されていく。
「どうした。李さんよ。俺が少し本気になっただけで、もうお手上げか?」
前のめりに倒れ込んできた彼女の背に両手を組んで作り上げた拳を食らわせ、地面に倒すと、そのまま右足で彼女の背をグリグリと踏みつけ甚振る。
「ぐ……あああああッ!」
「痛いか、苦しいか? ならばもっと苦痛を与えてやろう」
目黒は大きくジャンプをすると、己の全体重をかけて李の背を踏みつける。
「ぎゃ……あああああッ!」
叫び声をあげながらも、李は己の慢心から生まれた敵の大反撃の前に、近くに生えている雑草を強く握りしめる。唇を噛みしめ、悔しさのあまり涙が零れる。捨て身の作戦ならば勝てると思った。けれど最初から僕は敵の罠に嵌められていたんだ。
全ては計算づくで、掌で踊らされていたに過ぎなかった。一生懸命考えた作戦だったけれど、結果は全身に酷いダメージを負って、敵に反撃されただけ。僕は何て馬鹿なんだろう。カイザーさん、僕はあなたの跡を継ごうと頑張ったけど、あなたを超えられるような器ではありませんでした。ダメな弟子で、本当にごめんなさい。
目黒の攻撃は肉体よりも彼女の心に深い傷を与えた。目黒は彼女の身体を反転させ、涙で真っ赤に腫れた目を見て笑い声をあげる。
「お前泣いているのか? 戦闘中に涙を流すとは、強がっていてもお前は所詮、か弱く、男に守られているだけの少女に過ぎなかったと言うわけだ。お前に倒された奴がこの顔を見たら、あの世で爆笑するだろうな」
「何とでも言うがいいさ。僕はもう君に反撃する力も残っていない抜け殻なんだから」
「いよいよ覚悟を決めたようだな。では、その心意気に免じて一撃で葬り去ってやろう」
目黒は一度、彼女の喉元に剣の切っ先を突きつけると、羽を使って上空へと舞い上がる。そしてスコープで彼女の細い喉に狙いを定めて一気に急降下していく。
「死ねーッ!」
赤い目を爛々と輝かせ、迫ってくる目黒。李はもはやこれまでと観念し、自嘲の念もあるのか口元に笑みを浮かべ、瞳を閉じた。
李は自分の最期が訪れるのを待っていた。けれどもどれほど纏うと剣が振り下ろされる気配がない。何が起きたのかと見てみると、目黒が剣を振り下ろす寸前で空中で停止していた。瞬きもなく、口も開く様子もない。まるで時間が停止したかのようだ。
驚いて立ち上がり、彼の身体をつついてみるが何の反応も示さない。
明らかに普通ではない様子に疑問を抱いていると、背後に何者かの気配を感じ取り、李は慌てて振り返る。するとそこには、いつものスーツを身に纏ったスターの姿があった。右手には大きな鞄を持っている。
「ギリギリ間に合ったようだね」
「スターさん。この現象はあなたが……?」
「その通り。指を鳴らしてこの場の時間を止めたんだ。動けるのは君とわたしだけだから安心して」
スターは嘘を吐くような人物ではないことを承知していた李はこの現状も彼が本当に時間を止めたのだと納得した。だが、瞬間移動だけでなく時間さえも停止することができるとは初耳だったので、冷や汗を流して戦慄を覚える。
「助けていただき、ありがとうございます。ところでその鞄には何が入っているのですか」
「よくぞ聞いてくれたね。これは私から君へのプレゼントだよ」
彼が鞄を開けて中から取り出したのは真新しい李の拳法服だった。
「防御力を一〇倍にしておいたから、目黒の攻撃で傷つくことはないよ。最も、わたしとしては今の恰好の方がベッドに押し倒して、イイコトをしたいなーと思わせる分、好みなんだが」
「なんてことを言うんですかっ」
「まあ、そう怒らないでよ」
スターに礼を言って服を受け取った李は早速着てみることにした。
デザインも着心地も前と同じなのでそこまで際立った変化は感じられない。
「よく似合っているね。じゃあ、わたしはこれで」
踵を返して立ち去ろうとするスターを李は慌てて止める。
「待ってください! 一緒に闘ってくれないんですか!?」
「わたしは闘いを観るのは好きだけど、自分が闘うのは遠慮したいタイプなんだよ。それに、これも修行の一環だと思えばいいよ」
「そうは言いましても、今の僕の力では彼に太刀打ちできるとは思えません」
「わからないよ。やってみれば勝てるかもしれない」
「でも——」
自信なく呟く李にスターは彼女の肩に手を置き。
「ジャドウ君から今日の占いの結果を聞いたよ。もしかして、それが闘いに影響しているのかな」
「その通りです」
「確かにジャドウ君の占いはこれまで一度として外れたことがない。そう考えると君の占いの結果も当たると言えるかもしれない」
彼はここで言葉を切り。
「運命と諦めてしまっては何も変えることはできない。しかし何かしら行動を起こせば未来が変わることもあるかもしれない」
「では、僕の運命は変えることができると言うことでしょうか?」
「どうだろう。それは君の頑張り次第だろうね。そうだ、もし君さえよければ時間を止めているんだから、そのまま好き放題に攻撃するという手もある」
「いくら何でもそれは卑怯ではないでしょうか」
「確かにね。じゃあ、闘いが始まったら指示を出してあげるから、言われた通りにするんだよ」
「はいっ!」
元気よく頷く李にスターは地面に腰を下ろして胡坐をかくと、再び指を鳴らす。すると目黒が李に剣を振り下ろしてきた。
「ハッ!」
間一髪で回避する彼女に目黒は驚愕の表情を見せる。
「馬鹿な。お前は虫の息だったはずだ。それに服は失ったはず——」
動揺し動きが止まる彼に李は素早く懐に入り込んで、彼の胸に正拳突きを食らわせる。まともに食らい後退する目黒。李はスターに訊ねる。
「助言をお願いします」
スターは何処から取り出したのか茶碗に入ったお茶を飲み。
「髪を使いなさい」
余所見をしている李に持ち直した目黒が剣で切りかかるが、彼女はそれを躱し、トレードマークである三つ編みを彼の首に蛇のように巻き付け、髪の力で持ち上げると地面へ叩き付けた。
「こんなものッ!」
目黒は彼女の髪を剣で斬ろうとするが、いくら剣を当てても斬れない。
「たかが髪にこれほどの強度があるとは!」
「髪は女の子の命だからね。自由に硬度や長さを変えられるように鍛えたのさ」
得意気に言うと李は髪を伸ばして間合いをとり、髪を綱代わりにしてハンマー投げの要領で振り回し、彼を上空へと投げる。それを追いかけ、腹につま先蹴りの一撃。
「調子に乗るなよ」
目黒は再度剣で斬りかかるものの、初動が遅く真剣白羽取りでキャッチされた上に、武器を真ん中からポキリとへし折られてしまった。
「武器が無くとも、俺にはまだ怨みの力が残っている!」
両掌から衝撃波を撃ち出し李を地面へ叩きつけようとするが、身を翻され着地されてしまう。目黒は悪魔の羽を羽ばたかせ宙に浮き、相手の出方を観察することにした。
「スターさん、次は?」
「ジャドウ君から習った技を使ってみなさい」
李が中々空中へ来ないので痺れを切らした目黒が降りてきた。両者は地上で激しい火花を散らす。先に動いたのは目黒だ。
「いかに服が戻ろうと意思が復活しようとも、圧倒的な実力差は覆せぬーッ!」
「君の言う通り。今の僕の力では、悲しいけれど君に及ばない。だから、人の技を借りることにした!」
目黒のエネルギー弾をものともせずに突進していく李。彼女は彼の喉元に貫手を炸裂させる。
「ゴフハッ……」
喉を抑え悶絶する彼の金的を思いきり蹴り上げ、両手で捉えにきたところを宙返りで空へと逃げ、目黒の頭頂部に頭突きを食らわせる。更に目黒の両肩に乗り、両足で首をぐいぐいと絞め、空いた右手で上方から目潰しを敢行。
「目がァ!」
素早く両肩から離れると、延髄蹴りで目黒をよろめかせ、バランスが崩れたところにフライングヘッドシザースで地面へ押し倒すと、そのまま鍵固めへ移行する。
「非力なお前の関節技など、こうしてくれるッ」
力で勝る目黒は鍵固めに極められたまま、李を持ち上げ、放り投げる。だが、李は身軽さをいかして再度地面に着地する。相手のラリアートをかいぐぐって懐に入ると、口から火炎を噴射。
「グオオオオッ」
「僕の攻撃はまだ終わっていないよ!」
炎の拳で目黒の腹を殴り続けるが、彼は微動だにしない。
「パンチに力が入っていないが、どうやら体力が底を尽きたようだな」
「そう、みたいだね」
「ジャドウの得意技である金的や目潰しを使った時は焦ったが、付け焼き刃だったようだな。お前はよく頑張ったが、どの道、最後は俺の怨みのパワーに負けるのだ!」
勝利を確信した目黒は彼女を葬り去るべく、特大の怨みのエネルギー弾を放つ。李の身の丈三倍はあろうかという巨大な紫のエネルギー球が迫ってくるが、李は逃げようとはしない。
「……初めてでうまくできるかわからないけれど、技を借ります」
李は目を瞑り、自らの右腕に己の全エネルギーを注ぎ込む。
右拳が黄金色の輝きを放ち、彼女の全身を覆っていく。
「スター流超奥義 太陽の拳!」
解き放たれた黄金の拳圧は怨みのエネルギー弾を一瞬のうちにかき消し、凄まじい爆風をのせて目黒に向かってくる。受け止めようと手をかざす目黒だが、その両手は一瞬のうちに光の粒子となって消滅する。
「カイザーの最大技まで真似るとは。要注意すべきは星野とカイザーだけかと思っていたが、こんな伏兵に阻まれるとはな……」
全身が赤い粒子と化していく中、目黒は最後の言葉を吐いた。
「地獄監獄からこの世に蘇ったのが俺だけだと思うなよ。お前達が名前を聞いただけで震えあがる奴らも、この世に復活し、暗黒星団に入っている。奴らが現れるまで、せいぜい幸せを噛みしめるがいい! フハハハハハハハハハ!」
目黒は赤い粒子となってこの世から姿を消した。
「スターさん、やりましたよ……」
遥か遠くまで地面が抉れた光景と目黒の消滅を目の当たりにした李は、勝利した喜びからか、全身の力を使い果たしたせいなのか、前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「よくやったね、李ちゃん。わたしがアドバイスするまでもなかったようだ。この勝利は君が最後まで諦めず死力を尽くしたからこそ、得られたものだよ」
動かなくなった李をお姫様抱っこで担ぎ上げ、帰路につこうと歩き出す。すると、彼の目の前にジャドウが現れた。ジャドウは肩膝を突き騎士風のお辞儀をすると、スターに口を開く。
「スター様。なぜ、李を助けたのですか」
「美少女が殺し屋になぶり殺しにされるのが可哀想だったからねえ」
「相手が李ではなくカイザーであったとしても、同じことをしましたか」
「……どうだろうね。見捨てたかもしれない」
「でしょうな」
スターが去った後ジャドウは一人、戦闘中に李の服から落ちたカードを拾い上げる。
カードには死神の姿が描かれていた。