複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.13 )
- 日時: 2020/08/10 06:40
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
朝食を食べ終わってみても、李さんが帰ってくる様子はありません。これほど長い時間が経過しているのですからトイレであるとは考えにくいですし、そもそもトイレにこもっているのなら、同じ女子であるわたしが気づかない訳はないのです。もしかすると、彼女はどこかに外出して、何か事件に巻き込まれているのかもしれません。刑事ドラマのような発想ですが、李さんも武闘派集団であるスター流の一員ですから、何者かに因縁をつけられ決闘を挑まれるということが無いとも限りません。ベッドの上に座っているだけでは不安が募るだけですので、わたしは上の階にあるレストランで朝食を食べに行くことにしました。スターコンツェルンビルの中にあるスターレストランはその名の通りスターさんが所有しているレストランです。その為、スター流の門下生であるならばいつでも食べ放題・飲み放題でしかも無料なのです。
そういうところもわたしがスター流に入門してよかったと思える一因です。
さて、わたしが朝食のロールパンにバターを塗りながら食べていますと、スターさんがレストランへ入って、わたしの席へと歩いてきました。彼はわたしの向かいに腰を下ろし、手を組んで言いました。
「美琴ちゃん、君に二つの知らせがある。嬉しい知らせと悲しい知らせ。どちらから聞きたい?」
突然の言葉に困惑しましたが、悲しいお知らせを聞けば嬉しさも半減してしまうかもしれませんので、まずは嬉しいお知らせから聞くことにしました。
「美琴ちゃん、嬉しい知らせと言うのはね。李ちゃんが帰ってきた」
「えっ!? 本当ですか」
「わたしは嘘は吐かないからね」
「それで、今、どこにいるんですか!?」
「……ここからが悲しいお知らせなのだがね」
スターさんは声を少し低くして告げました。
「スター病院の肉体治癒装置の中にいる。肉体治癒装置とは全身の負傷を徐々に回復させる最新鋭の装置のことなんだがね」
肉体治癒装置。何故、李さんがそのような装置の中に入らなければならないのでしょうか。もしかすると——
わたしの嫌な予感を察知するかのように、スターさんが言葉を続けました。
「昨日の深夜、彼女は目黒怨という名の殺し屋と闘った。辛うじて彼女は勝利を収めたが、代償は大きかった」
「そんなに酷い怪我なのですか」
「いや。肉体疲労、骨折や怪我などは一日あれば治癒できる。だが問題は、彼女が『太陽の拳』を発動したことだよ」
太陽の拳。聞いたこともない技名です。
わたしが学んだスター流の教科書(という名目のスターさんの自伝)にも書かれていません。
「太陽の拳は通常のスター流奥義のもうワンランク上の奥義、スター流超奥義として分類される技でね。習得が難しい上に威力が桁違いだから、使用できるものが一握りしかいない。その中でも『太陽の拳』はカイザー君しか発動できない代物の奥義なんだ」
「……」
「李ちゃんはそれを発動した。この技は己の魂を拳に宿すことによって撃ち出す一撃必殺の奥義なんだけど、李ちゃんは技を繰り出すまでは見事だったそうだけど、相手を消滅させる過程で己の魂のエネルギーを全部使ってしまったらしいんだよ。それで、彼女の魂は消滅してしまったと、ジャドウ君が言っていた。彼の口ぶりと実際の彼女の様子を見て推測するに——恐らく彼女が意識を取り戻すことは無いだろう」
李さんの意識が戻らない。どう考えても信じられないことです。つい昨日まであれほど元気そうに喋っていたのに。
彼の話を聞くだけでは全貌が把握できないので、わたしは李さんの入院しているという病院へと向かうことにしました。彼女が入院している病院の場所をスターさんから聞いたわたしは、急いで彼の病院へ行きますと、入り口の自動ドアの前にジャドウさんが立っていました。
「小娘よ。この病院に何の用かね」
「李さんのお見舞いにきました。そこを通してください!」
すると彼は自分のガイゼル髭を指で撫でて。
「ほほう。無謀にも太陽の拳を放って抜け殻状態となった李の見舞いに来るとは、お前も物好きな奴よ」
「……今の言葉、申し訳ありませんが、撤回していただけませんか」
「何故かね」
「経緯はわかりかねますが、李さんは彼女なりに精一杯闘ったのだと思います。その努力を踏みにじるようなあなたの発言を聞き捨てる訳にはいきません」
「下らん。この世は勝者か敗者しか存在しない。スター流の同志だか何だか知らぬが、目黒如きに辛勝しているような落ちこぼれなど、吾輩の興味の範囲外」
「あなたは仲間を何だと思っているのですかッ!」
「仲間? そんなもの、吾輩には無い。そして必要だとも思わない」
彼は高速でわたしの目の前に接近すると、不気味に笑って。
「お前が気になるのなら行くが良い。吾輩は止めぬ。但し、奴の哀れな様を見て絶望する姿が目に見えるが」
「そんなこと、彼女を見てみないとわかりません!」
わたしは彼の言葉を気にせず、李さんがいるという肉体治癒装置のある部屋へと歩みを進めます。
すると遠くの方でジャドウさんの低い笑い声が木霊しているような感覚に陥りました。
李さん、待っていてくださいね。
わたしがいま、あなたに会いにいきます。
部屋に入り李さんの姿を見たわたしは、言葉が出ませんでした。
李さんは緑色の液体が注がれた巨大なカプセルの中にいました。
目を閉じ、口元から呼吸をしている証拠である泡が吐き出される以外は手足も一切動かず、まるで眠っているかのようです。
わたしはカプセルの窓部分に触れました。ひんやりと冷たく、堅い感触が指を通して伝わってきています。彼女の頬に触れて、わたしの元気を分けてあげたいのですが、そうすることもできません。
自分の無力さに自然と涙が溢れてきます。
「小娘よ」
背後から声がしましたので振り返ってみますと、そこにはいつの間にいたのでしょうか、ジャドウさんの姿がありました。
「ジャドウさん……」
「小娘よ。李は決して実力的に目黒に劣っていた訳ではない。吾輩はこの目で彼らの闘いを観ていたから言い切れる。では、なぜ李はこれほどまで痛めつけられたと思う?」
彼は思い当たる節があるだろうと言わんばかりに鋭い目つきで圧力をかけてきます。彼の目はとても冷たく、見ているだけで全身が凍ってしまいそうですので、視線を横に反らして答えました。
「分かりません。その目黒さんという方が李さんを卑怯な手で苦しめた、ぐらいしかわたしには考えられません」
「違うな。小娘よ、ようく聞け」
彼は人差し指を突き出すと、スーッと真っ直ぐわたしを指差し。
「奴がこれほどまでに苦戦を強いられたのは、お前に責任がある」
「わたしに……!?」
「左様。先の忍者軍団との死闘で李は疲労困憊し、まともに闘える状態ではなかった。だが、お前の危機を察知した奴はお前を助けるべく、負傷した体に鞭を打ちお前を救出した。その上、お前に肩を貸してスターコンツェルンビルまで運ぶという重労働をしている。
目黒から奴への果たし状が来たのはその数時間後。
いかにスター流と言えどもこれほど肉体を酷使し、負傷した体で目黒相手に闘うというのは無謀もいいところだ」
「何故、李さんは決闘に応じたのでしょう?」
「知らぬ。だが、甘い奴のことだ。大方、目黒が病室に入れば隣にいるお前も巻き込まれると考えたのであろう」
わたしのせいで李さんがこのような状態になった。
あの時、わたしにもっと力があれば。
忍者さん達を全て撃退できるような力があったのなら。
彼女は魂を消滅させることもなかったはず。全ては、わたしのせい。
わたしが弱いから、彼女が傷ついてしまった——
「そう。全てはお前のせいだ」
ジャドウさんは口元に引きつった笑みを浮かべ、言い切ります。
スターさんはジャドウさんは目黒さんと李さんの闘いの一部始終を見ていたと言っていました。彼は嘘を吐くような人ではないですから、ジャドウさんが見たというのは事実で、ジャドウさんの話す言葉も事実なのでしょう。ですが、一つだけ気がかりなことがあります。
「ジャドウさん、あなたは闘いの一部始終を見たと言いましたね」
「左様」
「では、どうして苦戦する彼女を助けなかったのですか」
「吾輩は傍観者だ。闘いを観察はすれど、助太刀に入る義務はなかろう」
「義務はないかもしれませんが、少なくともあなたが割って入るか逃走を促すなりすれば、彼女はこれほど重傷を負うことはなかったのではないですか」
「人生経験の浅い小娘の分際で、スター流最古参である吾輩に責任を転嫁するつもりか」
「そのつもりではありません。ただ、わたしは自分の考えを述べただけです」
するとジャドウさんは拳を強く握り、目を血走らせ。
「お前の物言いが気に入らぬ。その言動はヨハネスを彷彿とさせる。
あの大食漢のせいで、吾輩がどれほど惨めな思いをしたか……
丁度良い。お前は以前からスター様に害をもたらす者と睨んでいたが、吾輩に意見するところを見ると、そのうちスター様にも逆らい、あのお方の地位を脅かす存在になるやもしれぬ」
「ちょっと待ってください! 一体何の話を——」
「問答無用。場所を変え、貴様を切り捨ててくれる」
彼が指を鳴らしますと、わたし達は崖の上にいました。
下を覗くと深い海になっており、落ちれば命の保証はありません。どうやらジャドウさんもスターさんと同じく自分や他者を自由にワープさせることができるようです。
落ちないように気をつけながら彼と向かい合います。
すると彼は既に腰の鞘から剣を引き抜き、じりじりとわたしに距離を詰めてきます。場所は断崖絶壁、下は海の底。前は剣を手にしたジャドウさん。どこにも居場所はありません。
「フフフフフフ、偉大なるスター様に新しいお気に入りができて、これ以上堕落されては困るのでな。彼が近頃気に入っていると見えるお前を海の藻屑とすることにした。
安心するが良い、お前の肉体は鮫の餌となり跡形もなく消え去る」
この状況、わたしは闘うべきなのでしょうか。それとも反抗した罰として彼に大人しく斬られるべきなのでしょうか。
誰か、答えを知っているのなら教えてほしいです。