複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.15 )
- 日時: 2020/08/10 06:47
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
あれ?
わたしはなぜ、こんなところにいるのでしょうか。現在、わたしは崖の付近に立っていました。崖の先端に行って下を覗いてみますと、遥か下に青い海が見えます。誰かに突き飛ばされでもしたら間違いなく命はないでしょう。
刑事ドラマではよくある展開ですが、これは現実です。わたしは確か、李さんの入院している病院に彼女をお見舞いにいきました。その後で何かあって、どうやらわたしはここに来たようです。
ちょっと待ってください。病院の前で誰かに会ったような気がします。ええと……白のオールバックの髪に立派なお髭、それに白い軍服——
思い出しました。わたしは病院の入り口でジャドウさんと会って、彼と少し言い合いになって、李さんの病室に行ったのです。李さんは肉体治癒装置という装置に入って痛々しい姿をしていました。その後、ジャドウさんと再び口論になって、彼が決闘を挑んできたのです。それで彼が相応しい場所にとわたしをここへ瞬間移動させた——
ここまでの記憶をどうにか思い出すことができましたが、問題は次です。
間違いなくジャドウさんはわたしとここで闘ったのでしょう。ですが、肝心の彼の姿が見当たりません。武人然とした彼が自分から決闘を挑んで逃げたというのは考えられませんから、あり得る線としてはわたしとの決闘の最中に誤って海に転落したか、それともわたしが彼を遠くへ投げ飛ばしでもしたか、あるいはまだどこかに隠れて隙を伺っているのかもしれません。再度海を見てみますが、彼の姿は見当たりません。海に落下して、泳いでどこかに行ったのかもしれません。
可能性としては様々ですが、今確実に言えることは、彼はわたしに決闘を挑み、どこかへ姿を消したということだけです。それにしても不可解なのは、わたしの身体に戦闘の傷が一つも付いていないということです。ジャドウさんほどの手練れ、しかも武器を持っている相手ですから、何かしら負傷をしてもおかしなことではないのですが……
もしかすると、スターさんが前に食べさせた白色の超人キャンディーの能力と何か関係があるのかもしれません。
あの時、わたしは何の能力を身に着けたのか聴くことはできませんでしたから、詳細がわからないのです。
良い機会ですから、帰ったら、早速スターさんに訊いてみることにしましょう。ですが、その前に。
ここからどうやってスター流のビルに帰ったらいいのでしょうか?
「ジャドウ君が君に決闘を挑んだ?
ハハハハハハハハハハハ! 冗談はよしてくれたまえ」
「本当なんです。信じてください」
「わたしには彼が君に決闘を挑むなんてどうも信じられなくてね。冗談としか思えない」
「でも、本当なんです!」
「そうは言っても、君が負傷した様子が無いし」
「……それはそうですけど……」
「証拠がないなら証明できないね」
街行く人に行先を訊ね、どうにかビルに戻ることができたわたしは、事の一部始終をスターさんに話します。ですが彼はよほどジャドウさんを信頼しているのでしょうか、中々信じて貰えません。終いには証拠を出してほしいと言われましたが、決闘を証明できるものが何もないので、わたしは口ごもってしまいました。
「まあ、君に負傷箇所が無いのは無理もない。君の獲得した能力ならそうなって当然」
「わたしの能力って、何なんですか!?」
さらりと言った彼の一言に食いつき、身を乗り出して訊ねるわたしに、彼は少し引き気味の笑顔を見せながら答えを口にしました。
「君の食べた白いキャンディーは『あらゆる攻撃を何倍にもして返す』能力なんだ」
「倍にして、返す……?」
「そう。例えば、わたしが君を銃で撃ったとしよう。するとたちまち、私に向かって無数の銃弾が撃ちまくられる!」
「原理はどうなっているのですか」
「わかりやすく説明するから、よく聞くんだよ」
彼が話してくれた情報によりますと。
能力は全方位に対処可能。
無意識に反応しどのような攻撃も跳ね返す。
受けた攻撃を身体が瞬時に分析・及び再現する。
殴打や斬撃など個人から繰り出される攻撃は光のオーラが攻撃を具現化し、対象者の攻撃が一回だった場合は一〇回分の攻撃を繰り出す。回避不可能な攻撃であるので、対象者は確実に攻撃を受けることになる。
戦闘機などによる兵器の攻撃の際はそれに対応した肉体変化が行われ、攻撃される。例えば攻撃されたのが戦闘機だった場合は両腕が戦闘機の翼になり、無尽蔵に銃弾を乱射するなど。
攻撃の反射する際、副作用として戦闘時の記憶を失うことがある。
スターさんの説明で大体のことはわかりました。するとわたしがジャドウさんとの闘いの記憶を失っているということは、先ほどの説明と照らし合わせて考えますと、能力を発動したことになります。それを伝えますとスターさんは頷き。
「そうなるね。ダメージも跳ね返す際に全部回復されるから、君が傷を負っていないのも頷ける」
「では、ジャドウさんはわたしの能力によって命を落と——」
「それはない。ジャドウ君に限ってそれはない」
わたしの心配をよそにスターさんはあっさりと断言しました。これほど強力な攻撃なら、いくら彼でも致命傷を受けていても不思議ではずですのに。
「スター流の門下生は、長い歴史の中でこれまで多数の戦闘による死者を出した。でもね、ジャドウ君は一度も死亡したことはない。死亡したと見せかけて皆を驚かせることはあるけれど、彼が本当に死亡したことは一度としてない。彼はどんな状況であったとしても、必ず予防策をとってある。たとえば、身代わりを用意したりとか。彼は分身術が得意だから、そのような芸当は当たり前にできる。まあ、心配するだけ無駄ということだね」
「どうして予防策をとることができるのでしょう」
「君は知らないかもしれないけど、彼は占いで先の未来を予測できる。その予測に従って行動すれば、相手の行動も丸わかりで、戦闘でも常に先手を取ることができる。スター流が百戦百勝なのも彼の占い力があってこそ。
彼が万が一敵に回ったらと考えると怖いよ。まあ、あり得ないけどね」
スターさんの話のおかげでわたしは安心することができました。するとスターさんは立ち上がり。
「美味しいチョコレートアイスを買ったから一緒に食べよう。君も食べるだろう?」
「はい! わたしも歩き疲れてお腹ペコペコだったんです!」
「それは良かった。じゃあもってくるからね」
彼が歩いて会長室の扉に行き、手を触れたその時です。
バァンと勢いよく扉が開いて、不動さんが中へ入ってきました。
「大変だ! スター、ガキ! 今すぐテレビを点けて見ろ!」
息を切らし、切羽詰まった表情の不動さん。一体、何が起きたというのでしょう。取りあえず、テレビのスイッチを付けてみましょう。
不動さんに構わずアイスクリームを取りに行ったスターさんには申し訳ないと思いながらも、会長室にある特大テレビの電源を付けました。するとそこに映っていたのは。
「これは……」
スターさんがチョコレートアイスの入ったカップをトレーに載せて持ってきました。カップの中に入ったアイスクリームはこげ茶色の光沢を放っていました。小さな銀色のスプーンで一口すくって口に運んでみますと、アイスクリームのひんやりとした冷たさに滑らかな舌触り、そしてチョコレートの深いコクとほのかな苦みが伝わってきます。もう一口すくってみますと、このアイスにはわたしが今まで食べたものとは違い、粘り気が強いことがわかりました。恐らくその粘りが舌に滑らかな食感を与えているのでしょう。
一口、また一口と飲み込むうちに、自然と頬が赤くなっていくのを感じます。
甘く優しく、けれどもほろ苦い——
その感覚は李さんが女性と知ってショックを受けた時の気持ちと同じものを感じます。これが所謂「初恋の味」というものなのでしょうか。
「美味しいかね」
「とっても美味しいです。でも、どうしてこれほど美味しいアイスを不動さんには食べさせてあげないのですか」
そうなのです。スターさんが持ってきたアイスのカップは二つ分。部屋には不動さんもいますから合計で三つ必要なはずです。彼は部屋を出る際に不動さんの姿を確認していますから、彼の存在に気づいているはずなのですが……
すると不動さんがギロリとわたしを睨み。
「俺は甘いものが大嫌いな性質でな」
「でも、美味しいですよ。少し、味見をしてはいかがでしょうか」
一口すくってスプーンで彼の口元に持って行きますが、彼はまるで汚物を見るかのような目をして顔を歪ませるばかり。無理強いする気はありませんので、自分の口にアイスを入れましたが、これほど美味しいものを食べないというのは些か人生を損しているように思えます。大満足でアイスを完食し、片づけが終わったあと、スターさんがにこやかな笑みで切り出しました。
「そういえば、先ほど不動君が血相を変えてここに入ってきたけど、何かあったの?」
「ギクッ……」
いきなり痛いところを突かれて、思わず口から変な声を出してしまいました。
先ほどから考えないでおこうと、全力でアイスに現実逃避していたのですが、どうやらここまでのようです。
組織の長である彼に隠し事はいけませんから、わたしは先ほどのテレビのニュースの件を彼に話すことにしました。
「スターさん落ち着いて聞いてください」
「その反応を聞く限りだと、君達が結婚するとか?」
「違いますっ!」
人が真剣な話をしようとしている時に、どうして彼はこのような冗談を口にするのでしょう。わたしでは彼のボケにツッコミを入れて話が進まないため、目線で不動さんに交代の意思を伝えます。それを受け取った不動さんは、威圧的な目で彼を見て重厚な口を開きます。
「ムース=パスティスが地獄監獄を脱獄した。アメリカが大混乱に陥っている」
「不動君、君の冗談は笑えないね」
「冗談でない。コレは事実だ」
「まさか——にわかには信じられないけど……」
「見ればわかる」
不動さんがテレビのリモコンのスイッチを押しますと、テレビに映し出されたのはアメリカはニューヨークで浮遊しながら、攻撃してくる戦闘機や戦車をのミサイルや砲弾を蹴りや拳で次々に弾き返している少女の姿でした。
その映像を見たスターさんは顔中に滝のような汗を流し、思い切り引きつった笑みをして。
「あー、不動君と美琴ちゃん。わたしは急用を思い出したから、これで失礼するよ」
「逃げる気だな」
「席を立たないでくださいっ」
立ち上がる彼を二人で左右の手を掴んでソファに強引に座らせ、詰め寄ります。
「地獄監獄はジャドウが管理人を務めていたはずだ。奴は今、どこにいる?
なぜ、よりによってあの女を脱獄させるような大失態をしでかした!?」
「ムースさんという方について、詳しく教えてくださいませんか」
「わかったから、そんなに顔を近づけないでおくれよ」
彼が手で制しますので、わたしたちが渋々距離をとりますと、彼は指を鳴らして一瞬で姿を消してしまいました。
「あの野郎! よりによって最悪の奴の始末を俺に任せるとは!」
不動さんは吠えてソファを手刀で一刀両断にしましたが、彼がそうなるのも無理はないでしょう。
「スターさんがいなくなったということはつまり——」
「察しがいいな。俺とお前の二人だけで、ムースをどうにかしなければならなくなったということだ」
スターさんがいなくなった今、わたしと不動さんの二人でムースさんを止めなくてはなりません。それにはまず、敵を知ることから始まります。敵の情報を集めることで、対処できることもあるからです。
「不動さん。あなたがムースさんについて知っていることを全て教えていただけませんか」
「知ったところで、半人前のお前如きに止められるような相手ではない」
「そうだったとしても、今はわたしと不動さんしかいないのですから、力を合わせるのが最善の策だと思います」
「それも一理ある。それでは、万が一のために、お前に知っていることを教えてやるとしよう」
不動さんは真っ二つに割れたソファの片方に腰を下ろして、話始めます。
「ムースは貴族の末裔でな。自分以外の者を全て断末魔や鮮血で自分を楽しませる玩具としか思っていない。奴の冷酷無慈悲さは筋金入りで、良心など欠片も持ち合わせていない根っからの極悪人だ。奴は拷問器具を無から生成する能力の持ち主で、能力を使って無差別に拷問をし、多くの者を惨殺した。警察や軍隊でも歯が立たず、遂には俺とジャドウが動くことになった。奴が住居としていた古城に突入し、一気に往生させる予定だった。だが、俺の身体に異変が起きた」
「異変?」
「奴と対峙した途端に、全身の力が急激に弱体化したのだ。今でも理由はわからん」
「それで、どうなったんですか!?」
「俺は奴に文字通り玩具にされた。マシンガン付きの傘で蜂の巣にされ、殴られ蹴られ、鞭で打たれ……完全敗北を喫した」
不動さんが敗北した。彼からその言葉を聞いたわたしは心底驚きました。肉体を極限まで鍛え、敗北とは無縁に思える不動さんにも敗北の歴史があるなど、今まで考えたことさえありませんでした。不動さんは背中を丸め、先ほどよりも少し声を小さくして話を続けます。
「惨めだった。無力だった。これまで最強だと信じ、自分より強い者などこの世に存在するはずがないと信じ切っていた俺が、身の丈の半分ほどしかないガキに翻弄される。今まで行ってきた修行は何だったのかと、正直言って心が折れそうになったよ」
「それで、ムースさんは……」
「奴はジャドウが捕らえた。それもごくあっさりとな。手柄は彼のものとなり、俺の敗北はジャドウが言わなかったことで無かったことにされたが。よりによってジャドウがいないこの状況下で奴が現れるとは、想定外だった」
わたしは彼にかける言葉が見つかりませんでした。必死で努力して最強とも言える強さを手にした彼が、初めて味わう挫折と屈辱。積み重ねてきた努力が否定され、敵に完敗を喫した瞬間、おそらく彼の心の中で何かが音を立てて崩れたかもしれません。ですが、彼はその後もぐれることなく、方法は過激であろうとも人々の平和を守るために自分にできることを精一杯がんばろうとしている。何と立派なことでしょう。わたしが同じ立場なら、きっと心が折れて立ち直れないと思います。
わたしは後ろから彼の眼前に歩み寄りました。当時のトラウマを思い出したのか、彼はソファの上で体育座りをして小刻みに身体を震わせています。
そんな彼をわたしは優しく抱きしめ、言いました。
「不動さん、ありがとうございます。あなたのお話のおかげで、多くのことがわかりました。今日はもう、休みましょう」
「……それがいいだろうな」
彼はそっとわたしの身体を離し、部屋を出て行きました。
誰もいなくなった部屋で、ムースさんの攻略を考えます。先ほどのテレビの映像から見るに彼女の身体能力はスター流の門下生と同等の力を持つと見ていいでしょう。彼女が生まれつきの能力者が後天的に得たものかは不明ですが、仮に後者であるならば、スターさんが激しく動揺していたのも理由がつきます。仮にスターさんと彼女の間に何らかの関わりがあって、スターさんが彼女の本性を見抜けず超人キャンディーを渡し、武術を指導していた場合、スターさんは彼女を強化し大規模な大量虐殺の間接的な協力者となるわけですから、動揺するのも頷けます。
それに彼女は見た目はとても可憐でしたので、女の子を好むスターさんならあり得ない話ではなさそうです。
彼女がどのようにして拷問を好むようになったかは謎ですが、少なくとも人に対する拷問を三度のご飯よりも好むことは間違いないようです。
それなら、彼女を攻略できるかもしれません。少々荒い方法かもしれませんが、試してみる価値はありそうです。
この方法は実際にムースさんに会うまでは頭の中に閉まっておくことにしましょう。明日は忙しくなりそうですから、今日は早めに眠ることにしましょう。ですが、毛布をかぶってもわたしは中々眠りに就くことができませんでした。ムースさんにより無残に殺されていく罪のない人々の姿が頭に浮かぶ度に、胸が苦しくなります。
できることなら、今すぐにでも彼女を止めに行きたいのです。
ですが、それには不動さんの心身の回復を待たなくてはなりません。
一人では成しえないことですから、彼の協力はどうしても必要なのです。
みなさんはスター流のことをヒーロー団体なのに何を手間取っているのだと苛立ちを感じるでしょう。ですが、その怒りはわたしにぶつけてください。スターさんや不動さんは何も悪くないのですから。
ムースさんの残酷な行為に苦しんでいるみなさん、もう少しだけ待っていてください。必ず、私達は彼女を止めてみせます。