複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.16 )
日時: 2020/08/10 06:48
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

ムース=パスティスは空中を浮遊しながら、次々に撃ち込まれる砲弾を躱し、拳や蹴りで戦闘機を追撃していった。
地上に落下し爆発音を上げる機体に彼女は微笑した。
下から撃ち込まれる砲弾は弾を掴んで投げ返すことで対処し、戦車を破壊していく。陸と空の兵器を使用しても彼女の身体には傷一つ負わせることはできない。一方の自分達は攻防で被害が増していくばかり。形勢は不利だ。
するとムースがふわりと愛用の白い日傘を使って地上へと降り立った。長い桃色の髪が風に靡き、整った顔立ちを見せる。彼女は着ているコルセットの裾を掴んで丁寧に会釈をすると口を開く。

「皆様、わたくしの遊び相手になってくださり、嬉しく思います。これから皆様の悲鳴を聞き、赤い血を浴びると考えますと、興奮が止まりませんわ。
それでは、始めましょう。わたくしの可愛い玩具達」

彼女は満面の笑みで折りたたんだ白い傘の切っ先を向け、そこから黄色のエネルギー弾を発射した。機関銃の如く撃ち込まれたそれは、戦車を吹き飛ばし、シールドで防御した警官隊達を大きく後退させる。ムースは素早く彼らの背後に回ると、能力で生成した大鎌を振り上げ、彼らの首を一振りで刈り取っていく。胴体から分離された首がゴロンと地面に転がり、胴体は血飛沫をあげて倒れ伏す。流れ出る血は地面を赤く染め上げ、その様子を見た彼女はにっこりと微笑む。

「断末魔は聞けませんでしたが、良い鮮血を見せていただきましたわ。では、次はどうしましょうか」

鎌を消し、今度は鞭を虚空から出現させる。

「ヒッ……」

凄惨な光景に恐れをなした一人の警官が、使命を放棄し逃走する。だが、これほどの光景を見せつけられたら誰だって自分の命を優先するであろう。彼の行為は人間であれば当然のことだった。しかしムースはその場から動かずに、鞭を伸ばして彼の首に巻き付け、そのまま引きずって自分の足元へ連れ戻す。鞭を解き、腰を抜かした男にムースは微笑を浮かべて優しい手つきで頭を撫でる。

「怖がらなくてもいいですわよ。あなたには楽しいゲームに付き合ってもらうだけですわ」
「楽しいゲーム?」
「ダイナマイトゲームですわ!」

ウィンクを一つして指を鳴らすと、男の身体は堅くロープで巻き付けられ、隙間からはダイナマイトが入れられる。
ムースは懐から取り出したマッチに火を付け、ダイナマイトの導火線に次々と火を付けていく。

「導火線に火を付けましたから、それを消してくださいな。
早く消さないとあなたの身体は跡形もなく消えてしまいますわ」
「た、助けてくれぇ!」
「助かりたいのでしたら、そこの井戸に飛び込むといいですわよ。ダイナマイトが爆発するのが先か、あなたが火を消すのが先か、どちらが勝つのか見ものですわね」

彼女が指を差した先には古井戸があった。男は自由の利く両足でなんとか立ち上がると、無我夢中で井戸へと駆ける。

「死にたくない。死にたくないよぉ!」

涙を浮かべ必死の形相で走る男。どうにか井戸に辿り着き、火を消そうと中へと飛び込もうと中を覗くと、そこには水は無かった。

「そんな。どうして! 嘘だ、嘘だ! 嘘だあああッ!」

困惑し青ざめた顔で自らの身体を見ると、ダイナマイトの導火線は既に燃え尽きようとしていた。

「嫌だああああ! 助けてくれえええええッ!」

その言葉を最後に大爆発が起き、男は水の無い井戸ごと跡形もなく消滅した。それを見たムースは満面の笑みをつくり。

「綺麗な花火ですわ。やはり定期的に人を花火にして目の保養をしませんと、芸術を見る目がなくなってしまいますわね」

彼女は既に息絶えた警官たちの身体をヒールで踏みつけつつ、スキップしながらその場を去る。

「今日は暑いですから、冷たいアイスでも食べちゃいましょう。その後に、この街を火の海に変えてキャンプファイアーの代わりにして差し上げますわ」

バレエを舞うかのような軽やかな回転をし、アイス屋へと足を進めるムース。すると、彼女の前に一人の男が現れた。
金髪に碧眼、茶色い三つ揃えのスーツを着こなした紳士、スターだ。
ムースは彼の姿を見るなり丁寧な会釈をして。

「スター様、ご機嫌ようですわ。こうして会うのも久しぶりのことですわね」
「そうだね」
「それで、わたくしに何か用事でもあるのですか」
「君に伝えたいことがあってね。明日の朝、わたしの弟子が君の前に現れ、勝負を申し込むだろう。だから、その時までは人を殺めないで欲しいんだ」
「何故ですの?」

小首を傾げるムースにスターはにっこりと微笑み。

「弱い者いじめをするよりも、強い相手と闘った方が君としても痛めつけ甲斐があるんじゃないかと思ってね。どうかな、わたしの提案、受け入れて貰えるかね」

彼女は顎に手を当て、ほんの少し考えた後、小さく頷く。

「わかりましたわ。本当はここを火の海にする予定でしたけれども、あなたのお弟子さんが来ると言うのでしたら、その条件を飲んで差し上げますわ」
「ありがとう」
「ところでスター様。そのお弟子さんの中に、あの方は含まれているのですか」
「あの方……ああ、彼のことね。もちろんだよ」
「まあ嬉しい! あの方と雌雄を決することができるかと思うと心が躍りますわ!」

手を組み、キラキラと目を輝かせるムースにスターは踵を返し、手を振った。

「それじゃあわたしはこれで失礼するよ。明日をお楽しみに」

彼はその場で姿を消し、ムースだけが残された。
彼女は口元に微かな笑みを浮かべ、呟く。

「不動様。今度こそあなたを破壊して差し上げますわよ」


不動が冷静さを取り戻したことを確認した美琴は、彼に作戦を耳打ちで伝え、共にニューヨークへと向かう。
ニューヨークはムースの手により撃墜させられた戦闘機の部品が散らばり、道路には亀裂が走っている。
首を刎ねられ、五体を吹き飛ばされ無残な死体となった人々を踏まないように注意を払ってムースのいる場所へと向かう美琴であったが、途中で何度もあまりの凄惨な光景に吐き気を催した。人の命を奪うだけでも非道であるというのに、これほど残虐な方法で殺めるとは、ムースという人物はどんな人なのだろうかと疑問を抱きながら、不動と並んで彼女は歩みを進める。テレビの映像では遠くの姿が映されたのみで、はっきりとした全体像は知らなかった。そのため、いかにも「お嬢様」然としたムースの外見を見た彼女は、容姿と行動のギャップに頭がクラクラするような感覚に襲われた。
それに耐え、真っ向から彼女と向き合う。
彼らの存在に気づいた存在は、椅子代わりとしていたボンネットから立ち上がると、服の埃を落とし、天使と称しても過言ではないほどの優しげな笑顔で二人に会釈した。

「お待ちしておりましたわ」
「何故、我々が来ることが分かった」
「スター様が教えてくださいましたの」
「……成程。奴は逃げ出したかと思っていたが、こんなところでお膳立てをしていたとはな。三度の飯よりも拷問を好むお前がこうして大人しくしているのも、俺達と闘うのを楽しみにしていたからか」
「ご名答ですわ。ところでそちらの方は……」

きょとんとした顔で指を差されたので美琴は慌てて頭を下げる。

「美琴です」
「美琴様ですね。あなたもわたくしと遊んでくださるなんて、光栄ですわ。スター流の皆様はわたくしにとって最高の玩具ですから」
「ムースさん。残念ですが、わたしはあなたと遊びに来たのではありません」
「あら。それでは何の為に——」
「あなたの悪行を止めるためです」

落ち着いた口調ながらも真剣な眼差しを向ける美琴にムースは自らの口に手を添えて笑い声を上げる。

「冗談がお上手ですわね。玩具の分際でわたくしのお遊びを悪行と言い切るなんて、無礼千万ですわね。反抗する玩具にはキツイお仕置きをして差し上げなければいけませんね」

ここでムースは日差しが暑いのか愛用の日傘を差して。

「ところで、あなたはスター流の掟をお忘れではありませんか。スター流は決闘を挑まれた際はいかなる理由があるとも一対一で闘うこと。その掟を破った場合は破門であると」
「……!」

美琴は大きく目を見開き、不動を見る。

「お前はこの掟を知らなかったのか?」

不動に訊ねられ、美琴は気まずく視線を逸らす。
味方ならまだしも敵であるムースに教えられるとは。
美琴は己の恥じた。だが不動は口角を上げ。

「案ずるな。確かに掟は守る必要があるものだが、このゴミに掟を守って闘う価値はない」
「ゴ、ゴミ!?」
「お前はガキ以下のゴミだ。それも史上最悪のな」
「このわたくしをここまで罵倒するとはいい度胸ですわね。どうなるか分かっているのですか」
「さあね。お前が成す術なく倒される結末しか想像できんが」
「まあ、冗談がお上手ですこと。でも、わたくしとしましては、観客もない寂しい場所であなた方をお相手するのは気が進みませんわね。場所を指定して、そこで一人ずつお相手したいですわ」
「お前の都合など知ったことではない!」

不動が一気に間合いを詰め、その拳をムースに振るう。
しかしムースは跳躍し、彼の拳の上につま先立ちをする。

「相変わらず短気なお方ですわね。このようなことでは、いつまで経っても恋人ができませんわ」
「俺に恋人など要らぬ!」

空いている左手で彼女を掴もうと手を伸ばすも、ムースは素早くジャンプし身を翻すと、不動の背後に膝蹴りを叩き込む。
前のめりに倒れた不動の両肩に飛び乗ると、そのまま細い両足でぐいぐいと彼の首を締め上げる。

「ぐ……が……」

不動はムースの両足から逃れようと腕に力を込めるも、彼女の足はビクともしない。次第に彼の顔からは血の気が引き、青白くなっていく。そして白目を剥くと血泡を噴いて失神してしまった。ムースは技を解くと、傘を開いて地面に着地し笑顔で美琴に振り返った。

「今のはほんのお遊びですわ。本番では比べ物にならない地獄をあなた方に体験させてあげますわよ」

彼女はウィンクをしてスキップで歩き出す。

「待ってください!」

美琴が声をかけると彼女は足を止め。

「試合は明後日、日本のスタードームで行おうと思っておりますの。三万人もの観客の前であなた方を破壊して差し上げますわ。あと、試合当日にはちょっとしたサプライズもありますので、お楽しみに」
「サプライズ……?」
「気になりますか? それでこそサプライズの意味がありますわね。それでは明後日、会場でお会いしましょう」

可憐な微笑みを最後にムースはその場から消えてしまった。
美琴は失神している不動に視線を落とす。今だ目は覚めない。
ムースを止めることができなかった。自分が割って入っていれば、不動が気絶することはなかったはずだ。
何故、止めることができなかったのか。
彼女の攻撃があまりにも素早く捉えきれなかった?
確かにそれもあるかもしれない。だが、本心は違う。
怖かったのだ。彼女の得体の知れなさ、そして一瞬で不動の背後をとり、締め上げた恐るべき実力が。
戦車や戦闘機をものともせず、師匠格とも言える不動を赤子の手をひねるように絞め落とす底知れなさ。
美琴は不動が何故ムースをこれほどまでに恐れるのかを思い知らされた。
ジャドウはいない。スターもいない。李もいない。
残るは自分と不動だけ。
明後日、自分と不動の二人だけで彼女と戦わねばならない。
怖い。とてつもなく怖い。
自分の全身が震えているのを美琴は感じとった。
ぞっとするような寒気を感じるのだ。

「これが恐怖………!」

目を見開き身体を震わせ、美琴は倒れた不動の背に恐怖から流れる涙を落とした。