複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.19 )
- 日時: 2018/09/07 15:53
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
信じられません。わたしは夢でも見ているのでしょうか。それとも、目の錯覚でしょうか。目を擦ってもう一度不動さんの姿を見てみますが、彼の姿は先ほどとは明らかに変わっています。腰まで伸ばしている光沢のある茶色い髪は真っ白になり、極限まで鍛え上げられた筋肉の鎧は骸骨のようにガリガリに痩せています。一体、彼の身に何が起きたのでしょうか。わたしは隣でクロワッサンをムシャムシャと食べているスターさんに訊ねます。
「スターさん」
「美琴ちゃん、どうしたの?君もわたしのクロワッサンが食べたいのかな。それなら、一つ分けてあげよう」
クロワッサンをポンとわたしの手にのせるスターさん。まだ焼き立てなのでしょうか。掌に熱さが伝わり、湯気が噴き出しているのがわかります。バターの良い匂いがわたしの鼻を掠めます。この匂いを嗅いでいるだけで、お腹が鳴りそうです。
「って、そんなことじゃありません! スターさん、不動さんを見てください!」
危ないところでした。食べ物の誘惑に連れて本題を忘れるところでした。改めてリング上で闘っている不動さんの指差し、彼に言いました。
「悠長にクロワッサンを食べている場合ではありませんよ。スターさんは不動さんの身体に起きた変化を見ても、何も感じないのですか!?」
「弱体化だろう? 相手がムースなら起きるべくして起きたことだよ」
それだけ言って、視線をクロワッサンの袋へと戻します。これでは永久に話になりませんので、彼から強引に袋を奪い取りました。
「美琴ちゃん、袋を返したまえ」
「不動さんの弱体化について説明してくれるのでしたらいいですよ」
「背に腹は代えられないようだね。わかったよ」
スターさんはため息を一つ付くと、真剣な表情になりリングを見つめ、説明をしました。
彼の説明をまとめますと。
一 不動さんの髪は強さのバロメータであり、通常が茶色。白くなればなるほど弱体化している証拠。同時に筋力も低下し、現在は通常の一〇〇分の一の力も発揮できていない。
二 不動さんはとある経緯から女性に攻撃をすることができない体質になっており、それに逆らうと身体機能が急激に低下する。
三 その特異体質のせいで女性には一度も勝利をしたことがない。一方で男子相手には自他共に認める無敗であり、スター流の弟子の中でも二番目に強い力を持つ。
彼の説明である程度は理解できましたが、腑に落ちないことが一つだけあります。それは、わたしも一応女子なのですから、攻撃ができないはずです。それにも関わらず彼はスパーリングで幾度となくわたしに完勝し、弱体化の様子も見られませんでした。これは一体どういうことなのでしょうか。
説明してもらった約束として袋を返しますとスターさんはにんまりと笑って。
「それはきっと、君を女性として意識していないからだろうねえ。彼は君を教え子だと思っている。性別云々の前に教え子であるという意識が先にくるから、君を女性として気にしてはいないということになる」
「喜んでいいのか、悲しんでいいのか、何だかよくわかりません……」
「だろうねえ。でもわたしは君のことを可憐な女の子と思っているから安心しておくれ」
「そう、ですか……」
「まあ、気にすることはないよ。彼にとってはそれが当たり前なのだから。それより今大事なのは、いかにしてこの劣勢を覆すかだよね」
スターさんに言われリングに目を戻しますと、相変わらず不動さんは一方的にムースさんの蹴りを受け続けています。何度も攻撃を食らい、右に左に身体を傾かせていた彼ですが、ついに何発目かのドロップキックを受けて、ダウンをしてしまいました。両手を突いて立ち上がってきますが、目も半分虚ろで大量の汗を全身から流して疲弊しきっている姿はとても同一人物とは思えません。スターさんは腕を組み、ほんの少しこの状況を打破する方法を考えていましたが、やがて腕組をやめると、手をメガホン代わりにして不動さんに声をかけました。
「不動君、この試合、どうするかね?
ギブアップして、美琴ちゃんに譲った方がいいんじゃないかな」
すると不動さんはギロリとスターさんを睨み。
「馬鹿を言うな。俺がこんなところで負けてたまるか」
「でも、君はボロボロじゃないか。素直に負けを認めて棄権した方が安全ではあると思うけど」
珍しく真っ当なことを口にするスターさん。ですがその顔には満面の笑みが張り付いています。どう見ても人を心配するような表情ではありません、それどころかこの状況を楽しんでいるようにも見えるのです。余裕の表れでしょうか。それともこのやりとり自体が作戦なのでしょうか。
思案していますと、再びムースさんが飛び蹴りを見舞ってきました。
それを避けようともせず、仁王立ちをしたまま動こうとしない不動さん。まさか受けて立つつもりなのでしょうか。すると、飛んできた足を両手でしっかりとキャッチし、そのまま彼女を力を振り絞るように持ち上げ、マットに叩きつけました。
「生温い攻撃だな、ゴミクズ。もっと本気で攻撃を仕掛けてこい!」
「後悔しても知りませんですわよ、不動様」