複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.21 )
日時: 2018/09/08 08:37
名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)

試合開始直後、ムースはいきなり美琴に突進し、彼女の右腕を掴んでロープへと振った。正面からロープに当たった美琴はその反動で返ってくる。ムースは隙を逃さず背後からエルボーを首めがけて叩き込む。
だが、そのエルボーは空振りに終わる。エルボーの気配に気づいた美琴が屈んで躱したからだ。
屈んだ相手に鉄拳を見舞うが、命中したのは白いマットだ。
美琴はパンチを倒立で躱すと同時に素早くムースの首を両足で挟み込み、コーナーポストの鉄柱へと勢いよく放り投げる。咄嗟の反撃に対応が遅れたムースはまともに鉄柱と衝突。額が割れ、血が噴き出す。彼女は愛用の白ハンカチで血を噴くとゆっくりと立ち上がり。

「少しはやるようですわね。痛めつけ甲斐がありそうですわ」
「ムースさん。わたしがあなたに勝つことができたら、地獄監獄へと戻っていただけますか?」
「そうしたいのでしたらわたくしを心身共に完全敗北させるしかありませんわね。もっとも、あなたのお力では不可能だとは思いますけれど」
「……やってみなければわからないこともあります」
「既に結果は見えていますわ。圧倒的な実力差でわたくしが勝利すると!」

ムースはタックルを敢行するがそれを飛び越えられてしまう。だが、すぐさま裏拳で反撃に出た。美琴は反転して右腕でキャッチし、片腕の力だけでムースをマットに叩き付ける。二度、三度と投げつけたところで手を離すと、ムースはケロリとした表情で立ち上がってきた。

「そのような投げ技、痛くも痒くもありませんわよ」

美琴の頸動脈を狙い左右で手刀を放つが、またも掴まれてしまう。

「打撃を受け止めるのがお上手ですこと。でも、この攻撃は無理でしょう」

両腕の自由を奪われた体勢で、足を思いきり引いてバネのように一気に解放する。両足を揃えた蹴りは美琴の腹に命中したかのように見えたが、紙一重で美琴はムースの両腕を離し後ろに飛びのいた。鉄柵にぶつからないように足でブレーキをかけ急停止をする。両者は暫し動きと止め、相手の出方を伺うことにした。その様子を特別席から眺めていたスターがポツリと呟く。

「消極的だね……」

そして隣を見てみるが、そこに不動の姿は無い。

「いつの間に病院に行ったのだろうか。それにしても一人で試合を見ていると話し相手もいないし、リアクションする人もいないから、寂しいものだ。そうだ! 電話で彼を呼ぶことにしよう!」

スターは携帯を取り出し、ある人物に電話をかける。そして再びリングに視線を戻した。リングの上では美琴がムースが繰り出す手刀や打撃を全て捌いている。

「来ましたぞ」

不意に背後から声をかけられ、スターが振り返るとそこにはジャドウ=グレイがいた。スターは彼を見るなり肩を叩いて。

「ジャドウ君! 急なお願いにも関わらずよくきてくれた! 一緒に試合を観戦してくれる子がいなくて寂しかったんだよ」
「スター様のご命令なら吾輩はいつ何時でも駆けつけますぞ。ところで、どうですかな、試合の方は」

ジャドウが隣に腰を下ろすと、スターは美琴用にと買っておいたホッドドックを彼に渡し、ため息を吐いて言った。

「美琴ちゃんが消極的過ぎてね。どうも盛り上がりに欠けるんだよ。もっと積極的に攻めて欲しいのだが」

ジャドウはホッドドックからソーセージを抜き取りスターに返すと、含み笑いをして。

「成程。先ほどから全ての攻撃を捌いておりますな。まるで自分に攻撃が命中するのを恐れているかのように」
「そうなんだよ。今の彼女には攻撃を食らっても攻めてやるという意志を感じない。素質的には申し分ないものを持っているはずなんだけど……」
「まあ、仕方がないでしょうなあ。

彼女の得た新たなる能力を使用しないためにはそれが最善の策と言えますからな」
するとスターは目を丸くして。

「アレ? ジャドウ君、何でわたしが美琴ちゃんに超人キャンディーをあげたことを知っているの? あの事を知るのはわたしと彼女だけなのに」

痛いところを突かれたジャドウは一筋の冷や汗を流し、こほんと咳をして。

「勘ですよ」

スターはムースの打撃を受け流す美琴に両手をメガホン代わりにして助言を与えた。

「美琴ちゃん、攻撃は最大の防御だよ」
「わかりました!」

美琴は返事をするなり、受けの姿勢から攻めに転ずる。ムースの手刀を受け流しつつ、彼女の顔面に鋭いストレートを見舞う。

「が……っ!?」

顔面を打たれ、整った鼻から血を流すムース。彼女は突然の反撃に僅かながら動きが鈍った。その隙を逃さず美琴は背後に回り、彼女の腰を掴んで高々と抱え上げ、突き立てた膝に尻を打ち付ける。尾てい骨砕きを食らって前のめりに倒れ込む相手を再度捉えると、今度はパイルドライバーで脳天をマットにめり込ませる。串刺しになった彼女の両足を掴んで引き起こし、両足を脇に挟んでジャイアントスィングで勢いよく鉄柵に放り投げた。
背中から鉄柵に激突するムースの身体に電流が走るが、美琴は追撃の手を緩めない。真っ直ぐムースにジャンプをして彼女の首を片手で掴むとマットへ投げつける。仰向けに倒れたところで踏みつけを浴びせる。腹を思いきり踏みつけ、ムースの口からは唾が吐き出される。
痛みのあまり悶絶し七転八倒する彼女を暫し攻撃の手を休め、じっと見つめる美琴。辛うじて立ち上がってきたムースであるが、彼女は肩で荒い息をしていた。

「さ、先ほどまではやる気の欠片も見せていなかったようですが、どうやらスイッチが入ったようですね」
「スターさんの言葉を聞いて目が覚めたのです」
「そうですか。あの方も余計なことを吹き込んだものですわね。でも、これでやっとわたくしもそれなりに本腰を入れて闘えるというものです」

美琴はスターやジャドウの見立て通り、能力の使用を極端なまでに恐れていた。あまりに強大な力で制御が効かないので万が一攻撃を跳ね返してしまったらムースの命を奪ってしまうのではないかと考えたのだ。そこで彼女は攻撃を躱し受け流すという選択を取っていたのだが、スターに言われて別の策もあることに気づいたのだ。それは、先手必勝。相手が攻撃をするまえにこちらが先に攻撃を加えれば相手の動きも封じることができるし、能力も使用することはない。それに、自分の力だけで相手を倒すことができるのだ。危険過ぎる力を使うより、確実に相手の命を守ることができる。スターの助言の真意を悟った美琴は、先ほどの消極的な態度が嘘のように果敢に相手に向かっていく。
ムースが放ってきたラリアートをかいくぐり、下から顎に掌底を浴びせて怯ませると、そこから両足で頭を挟んでマットに寝かせると、素早く右手をとって腕関節に入る。
普通は両手を組んで腕を伸ばされないように防ぐものだが、素早い動きにムースは対処することができず、腕ひしぎを完全に極められてしまう。極められてしまえば腕ひしぎは外すことは不可能に近い。
そのため、美琴はムースにギブアップを要求した。心優しい彼女としては当然の話であった。リングの中央でかけられているのでロープに足をかけてブレークをすることもできない。

「ムースさん、お願いです! ギブアップしてください!」
「答えはノーですわ。誰があなたのお願いなど聞くものですか。玩具の分際で小生意気ですわよ」
「このままでは腕が折れてしまいます! わたしはあなたの腕を折りたくはありません!」

ムースは顔を青くしてしきりに首を振っていたが、やがてその瞳に薄らと涙を浮かべ。

「痛い……苦しいですわ……」

強気な態度とは異なる弱々しい小さな声と瞳から流れる涙に、美琴は心が抉られる思いを覚えた。
自分がここまで彼女を痛めつけてもいいのだろうか。確かに彼女は数多くの人の命を奪ってきた。
だが、だからと言って腕を折るのはやりすぎではないだろうか。
そのような迷いとムースの涙にこれ以上彼女の腕を痛めつける気にはなれず、十字固めを解いてしまった。立ち上がる両者。ムースは顔をくしゃくしゃにして泣いている。
そして両手で顔を覆ってしまった。
泣き顔を見られたくないのだろうと判断したが、美琴は彼女に近づき、優しく微笑むと白いハンカチを差し出した。

「もう痛いのは終わりですよ。もし良かったらこれで涙を拭いてください」
「感謝ですわ」

差し出されたハンカチを強引に奪い、両手を開けるムース。その顔は泣き顔ではなく残虐な笑みが貼り付いていた。

「……あなたの人を疑わないおバカさん加減にね!」

真っ直ぐ放たれた拳は全くの不意だったこともあり、美琴に命中。
立て続けに腹を殴ってダウンをとると、これまでのお返しとばかりに美琴にマシンガンキックを打ち込む。激しい蹴りで全身を蹴られまくりながらも、美琴は訴える。

「ムースさん、どうしてこんなことを……」
「どうしてですって? 決まっていますわ。あなたはわたくしに騙されたのですわよ。それにも気づかないなんて、なんておバカさんなのでしょう。大体、このわたくしが感謝するとでも思いました? 残念ですわね。わたくしはあなた如き玩具に流す涙も礼の言葉もありませんわ。玩具は玩具らしく、わたくしを楽しませ派手に壊れればそれでいいのですわ!」

高笑いをしながら滅多蹴りにするムースと騙された悔しさと悲しさで唇を噛みしめ大粒の涙を流す美琴。両者をリングの外から眺めていたジャドウは口元に微かな笑みを浮かべた。

「スター様、美琴は惜しいですな。九分九厘までムースを追い詰めておきながら甘さが原因で反撃を許すとは、片腹痛いですな」
「いや、そうとも言い切れないよ。見てごらん」

スターが指を差した方を見ると、攻撃を食らっている美琴に付いた衣服の傷がみるみるうちに修復されてきている。

「まさか……コレは!」

大きく目を見開き驚嘆するジャドウにスターは千円札を渡し。

「そういうこと。試合の結果は見えたも同然だから、ラーメン屋さんで美味しい塩ラーメンを買ってきてくれたまえ」