複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.22 )
- 日時: 2018/09/09 07:20
- 名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)
ムースは美琴がどのような能力を有しているかは全く知らなかったが、相手の身体に突如として起きた謎の発光現象に警戒し、攻撃を止める。刹那、彼女の周りが薄暗くなる。
大きな影ができているのだ。
「影? 飛行機でも飛んでいるのでしょうか」
ふと空を見上げると、青い空から光のオーラで生成された黄金の巨大な足の裏が自分に迫ってくるのに気づいた。大きさからしてとても逃げられるようなものではない。
「な、何なのですの、コレは!?」
突如として振ってきた巨大な足の存在にムースはひきつった笑みを浮かべることしかできない。そして、巨大な足は彼女を容赦なく、幾度も踏みつける。
「ギャアアアアアアッ!」
不動、そして美琴戦と連戦してきたムースがはじめて上げる絶叫。
これまで苦痛を与える側だった自分が生まれて初めて耐えられないほどの痛みを与えられたのだ。その衝撃は彼女にとって計り知れないものがあった。防御力の高いコルセットのおかげで致命傷はどうにか防ぐことができたものの、口から血を吐き、足は微かに震えている。
「何だったのですか、今のは……」
微かに呟き顔を上げると、先ほどまで倒れていた美琴が起き上がっていた。見ると、彼女に付いていたはずの服の埃や傷が消えてなくなっている。服だけではなく、彼女自身も息一つ乱しておらず、ムースの目には彼女が先ほどまで激しい攻防をしていたどころか、たった今リングインしてきた相手のように思えた。謎の発光現象が起きてから次々に起きている。思い当たる節があるとすれば、たった一つしかない。
「あなた、能力を使いましたね?」
「……ムースさん。棄権してください。このまま闘い続ければ、あなたの命にかかわってきます」
戦闘の構えにはいり、落ち着いた口調で語る美琴。だが、彼女の瞳には涙が流れている。
ムースは彼女の様子に声のトーンを落として。
「不動様と同じくあなたも冗談がお上手ですこと。玩具の分際で棄権を勧めるなど……
わたくしをここまで小馬鹿にした方はあなたが初めてですわよ!
お覚悟を決めなさい!
玩具が身分を弁えないとどうなるか、たっぷりと教えて差し上げますわ!」
ムースは激高した。自分は誰よりも偉く、自分より偉い者などこの地上に存在するはずがない。それにも関わらず、この玩具は自分に試合の箒を勧めている。負けを認めリングを去るなどという屈辱的な真似を誰ができようか。いや、できるはずがない。それに自分は強い。あの不動を圧倒するほど強いのだ。自分と同年代の相手に不覚を取るようなことがあってはならないし、あるはずがないのだ。
「あなた達玩具は! 永遠にわたくしの支配下に置かれ続ければそれでいいのですッ!」
目を血走らせ、電気椅子を出現させ、同時に彼女を拘束する。
「一〇〇万ボルトで消し炭にしてあげますわ」
青白い電流がバチバチと美琴の身体を包み込むが、彼女は瞳を閉じたまま呻き声ひとつ漏らさない。
「あなたも不動様と同じく電気に耐性があるとでもいうのですか?」
疑問を口にした途端、自らの身体に異変が起きたことをムースは感じた。両腕が動かないのだ。見ると、自分の腕が金属の拘束具で自由を奪われている。足も動かず、腰も何かに座ったかのようにピクリとも動かない。見ると、いつの間にか美琴にかけていたはずの電気椅子が姿を消している。
「あなた、どうやってこの一瞬で脱出したのです」
「気を付けた方がいいですよ」
「何を言って——」
彼女が訊ね終わらないうちに、全身を青白い電流が駆け抜ける。体内から火あぶりにされているかのような凄まじい痺れと激痛にムースの口からは悲鳴が飛ぶ。自然と涙が溢れ、滝のような汗が流れる。三〇秒後、地獄のような苦しみから解放された彼女はキッと相手を睨み。
「また何か不思議な力を使いましたね。ですが、まだまだこれからですわよ」
ムースは能力を発動し、不動戦と同じく鞭や機関銃で美琴を苦しめようと試みる。だが与えた攻撃は悉く自らに跳ね返えされてしまい、あべこべに自分が地獄の苦しみを味わう羽目になってしまった。
ムースは思う。
ボロボロの自分。無傷な相手。
嘗て、これほどまでに追い詰められたことがあっただろうか?
いや、ない。
不動と闘った時もジャドウに地獄監獄に入れられた際もこれほどの経験をしたことはない。
この理不尽な仕打ちは何だ。
どうして自分の攻撃が跳ね返ってくる?
全く理解できない。原理も不明。
もしも自分の与えた攻撃が全て跳ね返ってくるのだとしたら、これまで彼女がこちらの攻撃を躱したり、受け流したりしていたのは、わたくしに跳ね返りによるダメージを与えないため?
そんなはずはない。そんなことはない。支配者であるわたくしが玩具に気遣われるなど、そのような屈辱があっていいはずがない。相手に接近しようとするが、一歩一歩が鉛の鉄球を足に付けられたようにムースは感じた。
まさか、これが恐怖?わたくしがこの玩具に恐怖を覚えている。そのようなことが現実に起きるなど、あり得るはずがない。
あっていいはずがない。
ムースは首を激しく振って現状を否定し、虚ろな目とヘラヘラとした笑みを浮かべ。
「不動様の試合では出すまでもなく、あなたに試合を止められてしまいましたが、あの決着は不本意でしたわ。ですので、お楽しみを奪われた怨みを返してご覧に入れますわ。わたくしの奥の手で!」
ムースは大きく両手を広げたかと思うとそれを打ち鳴らし。
「秘儀・アイアンメイデン!」
美琴は女性型の拷問器具アイアンメイデンへと閉じ込められてしまう。この器具の内部には大量の鋭利な釘が取り付かれており、入った者は蜂の巣になり最後の一滴まで血を流し尽くす血の池と針山地獄に苦しみながら命を落とすことになる。あまりに残虐な構造故に研究者の間では実際に使用されたことはないのではという声もあったが、ムースはその恐怖の拷問器具を出現させ、地獄絵図を再現したのだ。
完全に蓋が閉められているので中の様子はわからない。しかしながら器具から噴き出される大量の血が、美琴がいかに凄惨な目に遭っているかを物語っていた。
「さすがのあなたもアイアンメイデンの激痛には跳ね返すことは不可能ですわ。ですが、よくやりましたわ。あなたは不動様でさえ使用することはなかったわたくしの奥義を発動させたのですから、称賛に値しますわ。もっとも、あなたの肉体は既に原型を留めてはいないと思いますけれども。さあ、惨めな肉の塊となった姿を観客の皆様とわたくしに見せてくださいな」
勝利を確信したムースが再度指を鳴らしてアイアンメイデンを消滅させると、そこには肉片どころか無傷な美琴の姿があった。掠り傷さえも付いていない彼女の状態に、ムースは相手を指差し、冷や汗を流す。
「あなた、まさか、あのアイアンメイデンさえも耐えきったというのですか」
だが、美琴は答えない。
不意に訪れる強烈な既視感。
その予感は的中し、ムースは自分が思った通り——正確にはそれ以上の——苦痛に見舞われることとなった。
四方八方を取り囲んだ光のオーラの大砲が次々に光の短剣を放ち、彼女の至る所を貫いていく。腕、肩、腹……
各部位を貫かれ、ムースの衣服にはいくつもの切り傷ができ、赤い血が滲んでいる。それでも絶命しないのはコルセットが極めて頑丈だったからに他ならない。両膝から崩れ落ちるように前に倒れ伏したムース。倒れた場所には体内から噴き出された血が血の池を作り出していた。
直ちにダウンカウントが開始される。
「ワン、ツー……」
だが美琴は一〇まで数える前に彼女の手を掴んで起き上がらせる。
両足を震わせ、頬や額に赤い血を付着させながらも、ムースの顔からは笑みが消えない。美琴は彼女の両肩を掴み、静かな口調で言った。
「ムースさん、あなたが試合中に受けた痛みは恐ろしいものがあったかと思います。ですが、これまであなたが快楽のために殺めた人々はそれ以上の苦痛と恐怖を味わったのですよ」
「それがどうかしたのです?あなたも含め、この世の全ての生物はわたくしの玩具。その真理が揺らぐことはありませんわ」
視線を合わせないようにしながらも一切の反省の意思を見せようとしない。
美琴は一瞬、悲しみを帯びた瞳で彼女を見た後、膝蹴りを打ち込み、素早く背後をとる。そして怪力で空高く放り投げた。
それを追いかけ、彼女の腰を掴む。
その体勢にムースは口角を上げる。
「おバカさんですわね。あなたは先ほどの試合を見ていたのでしょう。わたくしの何を見ていたのです? この技はわたくしに通用しませんわよ。不動様の使い古された技など、今更仕掛けたところで無駄ですわ」
「あなたが不動さんの技を破れたのは、彼が著しく弱体化していたから。違いますか」
「!?」
「全力の不動さんの必殺技を食らったら、あなたは命を落としているでしょう」
「でもそれは不動様に限っての話。あなたのような玩具が繰り出す技などに、わたくしが敗北するはずはありませんわ」
「確かにわたしは不動さんほどのパワーはありません。ですが、この技は通常の彼の必殺技とは一味違います」
言いながら真っ直ぐ落下していく。
「あなたの真下には、何があるかご存じですか」
美琴の問いに真下に視線を移したムースの視界に入ってきたのはリングを支えるコーナーポストの鉄柱だった。
「これで最後です!鉄柱串刺し不動倶利伽羅落としーッ!」
完璧に脳天を叩きつけられたムースは、頭部から噴水のように血を噴き出し、ダウン。
「ま、まさかこのような変形技があるとは、うかつでしたわね。玩具の癖に生意気ですわ……」
その言葉を最後に血を噴き出し、目を閉じたムースは、遂に一〇カウントが数えられても立ち上がることができず、二〇分五二秒、美琴の勝利が決まった。
ムースの敗北と同時に時限爆弾のタイマーも止まり、李は救出された。
勝利の手が高々と上げられる中、美琴は思った。
やりましたよ、不動さん。あなたの必殺技でムースさんを倒すことができました。この勝利をわたしの大切な仲間である不動仁王さんに捧げます。