複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.27 )
日時: 2018/09/09 10:59
名前: モンブラン博士 (ID: mrjOiZFR)

遡ること五〇〇年前、ムース=パスティスはパスティス王国の姫として誕生した。
幼少期は何不自由なく幸せに過ごしていたムースだったが、八歳の頃、両親が趣味としていた拷問の現場を偶然目撃してしまった時から、彼女の人生は一変する。
祖父、父そして母はその絶大な権力を駆使して国民や犯罪者を快楽のために拷問することを何より好んでいた。パスティス王国の人口は当時でも群を抜いており、一日一人、二人が姿を消したところで気にするものは誰もおらず、また彼らが拷問をかけるのも親のいない孤児や犯罪者など、社会から見捨てられて行き場を無くした者達ばかりだった。どうせ誰も気にしていない命なのだから、拷問にかけて殺めたところで問題はない。国民の大半は自分達の国の政治に満足しているし、誰も裏でこんな趣味を行っているなど知る由もないのだから。そのような彼らの価値観は次第に肥大化していき、ついには国民を玩具と称するまでになってしまう。
そんな彼らから籠の鳥の如く育てられ、外の世界を一切知らずに生きてきたのがムースであった。
幼少期にあった人を慈しむ心は、家族の最悪な教育によって一切消え去り、彼らを超える拷問の権化と化してしまった。成長するにつれ、一日に拷問をする国民の人数を増やしていき、多い時には二〇人もの国民を拷問にかけ殺めることもあった。そんな自国の状況に恐怖を覚えた大臣達は国外に逃亡。制御する存在を失ったムースは暴走を加速させる。そんな折、世界各国を旅していたスターが王国に足を踏み入れ、彼女の可愛さに一目惚れ、スター流卒業の証である超人キャンディーをあっさりと食べさせてしまった。
そのキャンディーで得た能力は自由に拷問器具を生み出すことができるという、彼女にとってこれ以上ないほど相応しい能力であった。
類まれなる能力を身に着けた彼女は国を完全に独裁化し、戦争で領土を広げ、パスティス王国は世界一の大国に君臨した。
国民を私物化し玩具として拷問にかけて殺める彼女の振る舞いをこれ以上見過ごすわけにもいかず、超人キャンディーを与えたことで暴走に拍車をかけた負い目もあってか、流派創始者であるスターは、遂に門下生達にパスティス王国を更地に還すようにと指示を出した。
彼の指示を誰よりも喜んだのが怒りを以て人を救いに導く不動仁王と悪を以て人を救いに導くジャドウ=グレイだ。当時の彼らは若さもあり、裏社会の用心棒と殺し屋として腕を鳴らした過去もあってか、相当に好戦的で、嬉々として王国へと侵攻を開始した。
人数はたった二人。
だが彼らは鬼のように強く、槍や長剣を持ち、甲冑で武装した兵士たちが何万人襲いかかろうとも、瞬く間に返り討ちにしてしまう。
化け物染みた彼らに恐れをなしたムースの両親と祖父は、不動とジャドウに停戦協定を申し出、彼らが引いてくれるのなら代わりに金銀財宝をいくらでもくれると持ち掛けてきた。
彼らの手紙を読んだ不動は鼻で笑い、口を開いた。

「金など我らには何の価値もない。それに、我らを金如きで意のままに操れると踏んだのならば、随分と見下されたものだ」

彼らの態度が火に油を注ぐ結果となり、ムースの家族はジャドウのえげつない作戦で窮地に追い込まれることになった。
ジャドウはまず城で働く全ての国民を追い出し、食糧庫に火を付けた。
助けてくれるはずの家来と城の食料を失った彼らは広大な城の中でたった四人での生活を強いられる羽目になった。城から脱出しようにも、馬小屋から馬は全て消え失せ、城の入り口と出口は堅く閉ざされているので使えない。
更には追い打ちとして、城の抜け道さえも崩され瓦礫の山と化していた。
食べる物もなく、出ることも叶わず、王族であるにも関わらず、家来一人いない。それが彼らにとってどれほどの絶望であったかは想像に難くない。
日に日に痩せていき元気を失っていく四人。いつ彼らが城へ攻め込んでくるかもしれないという恐怖に怯え、まともに睡眠をとることさえ叶わない。ムースの祖父、父、母は死を覚悟した。だが、自分達はどうなってもいいから、せめて王家の子孫を残したいと考えた彼らは、ムースを地下奥にある牢獄へと隠し、彼女を飢えで死なせないようにと、残り少ない食べ物を分け与え続けた。
そのような生活が続き四十九日目が経った早朝、城に絶叫が木霊した。
声に目を覚ましたムースが上に挙がり、王の間で見たものは、不動とジャドウの手により惨殺された両親と祖父の姿であった。

「お父様、お母様、お爺様!」

国民を玩具としか思っていないムースも、家族だけは別であった。
彼らは人類史上最多の虐殺を行った一家ではあったが、そこには歪んでこそいたものの愛があった。
遺体に駆け寄り大粒の涙を流して号泣するムース。だが、不動とジャドウはその場に居合わせた彼女を見逃すはずもなかった。拳を鳴らす不動に腰の鞘から剣を引き抜くジャドウ。
両親を惨殺されたショックに加え、自らも生命の危機を覚える。
その衝撃は大きく、ムースの精神はついに崩壊する。ストッパーの外れたムースは残虐無比な拷問器具を能力で生成し、不動を圧倒。
彼を心身共に敗北に追い込み、家族の敵を討とうとした時、王の間全体に声が響いた。

「そこまでだ」

三人の動きが停止し、全員が声のした王の間の入り口に視線を向ける。
そこには一人の男が立っていた。
降り注ぐ太陽の光でシルエットしかムースにはわからなかったが、とてつもなく大柄な人物であるのは確かだった。その男は威圧感溢れる低音で言った。

「彼女の命を奪ってはいけない」
「何を言うか! こやつはパスティス家の最後の者だ! やつを仕留めればパスティス家は滅亡し、世界平和に近づくではないか!」
「人を虫ケラみたいに殺めるゴミを殺して何が悪い」

男は二人の意見を聞き、暫くの沈黙の後に告げた。

「この子は若く、未来がある。今はまだ善悪の判断が付かず、己を絶対的な超越者と思っているのかもしれん。だがこれから先、生き続けていれば、きっと彼女は己の行いを心から反省し、改心する日が来ると私は信ずる」

彼の意見にジャドウは口角を上げ。

「下らぬ。悪は悪でしかない。人間の愚かさはお前も重々承知のはずだ。
一度堕落しきった者が行いを改めるなど天地がひっくり返ってもあり得んよ」
「私はそうは思わぬ。この少女はいつか必ず、心を入れ替える日が来る!」
「なぜそこまで、言い切れる? 聞かせてほしいものですな」
「彼女の両親と祖父の行いを見た結果だ。これまでの所業は決して許されるものではないだろう。だが、少なくとも、このムースという少女を自分達を犠牲にしてまでも守り生かそうとする姿勢……そこには紛れもなく愛があった!彼らが最後に見せた誇り高き魂、それに唾をかけてまでその子を殺めるというのであれば——私を倒してからにするがいい」

逆光に照らされ仁王立ちとなり、己を倒せと口にする男。
彼の決意の前に不動とジャドウは肩膝を立てた騎士風の礼をし、深く首を下げた。それは男の熱意に敗北し、指示に従うという意志の表れだった。当時のムースは彼の行動の意味が不明だったが、長い年月を得た今では、その意味が少しだけ理解できるようになっていた。

「——これが、わたくしの過去ですわ」

全てを語りつくし、再びパフェを食べ始めるムース。
彼女の話した過去に、美琴は言葉を紡ぐことができないでいた。
俯き、暫く無言でいると、店の扉が開いて一人の客が入ってきた。