複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.35 )
日時: 2019/06/22 17:40
名前: モンブラン博士 (ID: ifv3pdsf)

美琴は小さく頷いて承諾し、ムースはHNΩと対峙した。相手の体格と体重は彼女の優に二倍はある。そして彼の愛銃から放たれる光弾は無敵と信じて疑わなかった美琴の能力を封じて見せた恐ろしい武器である。能力と実力、その両方において苦戦する相手であることは一目瞭然である。だが、ムースは逃げるという選択肢を取らず、HNΩと向かい合った。その瞳からは先ほどの怯えはなく、自分の相棒を逃がすという決意の炎に燃えていた。
ムースは一気に間合いを詰め、小柄ながらも勢いのあるタックルをHNΩに食らわせ、クリンチで彼の行く手を阻む。

「美琴様、立てますか!?」
「何とか……」

フラつきながらも立ち上がった美琴はムースが何を言わんとしているかを察知し、くるりと踵を返す。そして後ろを振り返ることなく、今の自分に出せる全力で駆けて行く。

「あの小娘、仲間を見捨てて逃げるとは薄情なこと。最もあのダメージでは、どこかで力尽きるのが関の山。お前を始末した後に、奴も仕留めてやるとするか」

しがみついているムースを引き剥がさんと、HNΩは肘打ちを見舞う。
金属製の重い一撃が背中に響く。
だが、彼女は殺し屋ロボの腰から手を離そうとしない。二発、三発。
立て続けに放たれる肘鉄の雨。
だがムースは根が張ったようにその場から一歩も動かない。
彼女は一秒でも長く敵を足止めしたかった。自分が持ちこたえる時間が長いほど、それだけ美琴は遠くに逃げることができる。もしかするとカイザーと合流できるかもしれない。そうすれば、彼女の命は助かる。
「しつこい女は嫌われるぜ!」
「機械人形の分際でわたくしに意見するとは身の程知らずですこと」

四発目の肘打ちを受ける寸前、ムースはサッとHNΩの腰から右手を離し、落下する彼の肘をキャッチ。
そのまま腕を掴んで怪力にモノを言わせて放り投げる。
野球ボールのように吹き飛んだHNΩは噴水に激突。
だが、水浸しになりながらも平然と起き上がってくる。
水を受けても平気ということは、彼の身体には防水加工が施されている証。大量の水でショートを狙ったが当てが外れてしまい、思わずムースは一瞬唇を噛みしめる。だが、思考を素早く切り替え、道に落ちていたΣMDCを拾い上げ、敵目がけて光弾を乱射する。HNΩは身体から火花を散らしながら後退していく。
ムースは銃の電池が切れるまで撃ち続けると、使用価値のなくなった銃をゴミ箱に投げ捨てた。
体中から煙を発し、単眼の光も弱まっている。好機とばかりに接近したムースは、途中で足を止めた。
先ほどは演技と知らずに騙され、結果として美琴を負傷させる失態をしてしまった。そこへいくと、今回も擬態をしている可能性は十分に考えられる。獲物が来ないと見るやHNΩは金属音を鳴らし、再び起動する。だが、ムースは口元に微笑を浮かべ、指を鳴らした。

「わたくしの武器が接近戦だけだと思ったら大間違いですわよ。ポンコツの機械人形さん」

不用意に接近すれば反撃を食らう。
ならば距離を保ち攻撃すればいい。
その答えに辿り着いたムースは素早く指を鳴らし、拷問器具を出現させた。瞬く間にHNΩは両腕の自由を奪われてしまう。彼が上に視線を向けると頭上には巨大な刃が妖しい輝きを放っている。鋭利な刃は先端が赤銅色になっており、これまで幾人もの血を浴びてきたことがわかる。恐怖の斬首台は身動きの取れないロボの首を一撃で刎ね飛ばした。斬られた箇所からはオイルが噴き出し、辺りに飛び散る。ムースの頬にもかかるが、彼女はそれを指で拭き取りペロリと一舐め。

「血だったらもっと良かったのですが、でも、ポンコツにしてはよくやったと思いますわよ」

刹那、彼の動きを封じていたはずの弾拘束具が粉砕され、首無しのロボが立ち上がってきた。そしてゆっくりと斬られた頭部に歩み寄ると、それを拾って、再び首にはめ込んだ。
当たり前のことであるが、これまでギロチンの斬撃を受けて生還した者など一人もいない。
通常の人間相手なら考えられない展開にムースは次なる攻撃のセットアップが遅れてしまった。その隙を逃すほどHNΩは甘くはなく、接近を許されてしまう。ムースは長い髪を掴まれ膝蹴りの連発。鉄拳を打ち込むも堅い装甲の前では掌の皮膚が破けるだけでまるで効果はない。髪を掴まれているので脱出も難しい。そこでムースは愛用の傘の切っ先を相手の腹に突きつけ、弾丸を乱射。攻撃力と弾が放出する際の勢いを利用して、髪を手放させることに成功し、間合いをとった。
だが次なる攻撃に備えて手は休めない。地面を蹴って跳躍すると、空中でコルセットのスカートから無数の棘を出し、コマのように回転しながら突っ込んでいく。

「ニードル・バレリーナ!」

ロボは腕を交差させ防ごうと試みるものの、猛烈な回転の勢いに押され、上空へ打ち上げられてしまう。
それを追いかけ、ドリル・ア・ホール・パイルドライバーを仕掛け、相手の脳天をセメントに激突させた。
技を解除するムースにHNΩはめり込まれた頭部を引き抜き、首を左右に揺らす。全く効いていないというアピールだ。
敵の頑強さにムースの額からは一筋の汗が流れる。

「どうやら少し真面目に闘った方が良さそうですわね」

「お前との戦闘に付き合うのも面倒臭くなってきた。これで吹き飛ばしてやるとするか」

HNΩは両肩を展開し二〇発もの超小型ミサイルをムースに撃ち出す。このミサイルは非常に小さいサイズとはいえ、命中すれば致命傷を与えられるほど高い威力を持つ。
それを何発も受けてしまえば、ムースと言えども無事では済まない。
だが、彼女はミサイルが自分の目と鼻の先に接近するまで行動を起こそうとしなかった

「どうやら観念したようだな。おとなしく消し炭になりな」

全てのミサイルがムースに命中し爆発。周囲は煙に包まれる。
HNΩは万が一のこともあるとして、煙が晴れぬうちに彼女がいた付近に接近する。煙が徐々に晴れていき、視界が鮮明になると、愛用の傘を盾にして全弾を防ぎ切ったムースの姿があった。

「消し炭にならなくて、残念でしたわね」
「傘でガードするとは考えたものだが、お前の自慢の盾には決定的な弱点がある!」

HNΩは背中のブースターから炎を勢いよく発射しスピードを上昇させる。そして素早く彼女の背後に回ると、その背に蹴りを打ちこむ。

「傘の盾で身を守れるのは前面だけ! 背後に回れば意味をなさない!」

鋭い蹴りを食らって地面を滑るムース。傘を閉じ、切っ先を剣に変換。
上空に飛んで振り上げるが、HNΩは真剣白羽取りの要領で難なくキャッチし、真ん中から傘をヘシ折ってしまう。

「傘が……!」
「大事な武器を失ってしまっては、お前の戦力は半減する」

ショックで動きが鈍る彼女にボディーブローを浴びせ前のめりにさせると、すかさず両手を組んだ打撃で追撃。辛うじて躱すことに成功したが、肩で息をするほど呼吸が荒くなってきている。
相手は疲れ知らずのロボ。
対する自分ではスタミナと言う点に関して大きな差がある。
傘は破壊され、並の攻撃は通じず、斬首台も効かない。
頭蓋骨粉砕機でも彼の頭部の破壊は厳しい。
電気椅子だと電気は機械である彼の大好物。ダメージを与えるどころかパワーアップさせてしまうだけだろう。
鞭の打撃などはカに刺されるよりも感じないはずだ。
闘いが長引くにつれて蓄積されていく疲労。そして技の引き出しがどんどんと少なくなっていく現実。能力も無限に使用できるだけではなく、一つの拷問器具を生み出すのに一定の集中力と気力・体力を消耗する。しかもその性質上、頑強な相手であるほど威力は薄くなる。
ここでふと、ムースは自分の闘いの意味を問いただす。
自分はなぜ闘っているのか?
目の前のポンコツロボに勝利するため?
違う。
時間稼ぎだ。
美琴が逃げる時間をできる限り稼ぎ、彼女をカイザーの元へと辿り着かせる。カイザーがどんな人物かはわからないが、スターが招集をかけるほどの者なのだから相当な実力者であることは確かだ。
運が良ければ美琴は彼に守ってもらえるかもしれない。
最悪なのはこのロボが彼女を追跡し見つかった場合。
能力を封じられた美琴では分が悪い。命を奪われることは十分に考えられる。それだけは何としても避けなければならない。自分の命はどうなっても構わない。どの道、他人の手に命を握られた状態なのだから、長くは持たないだろう。利用されて捨てられるのがオチだ。
それならせめて、美琴のためにこの命を散らそう。
愛を知らない自分に愛を教えてくれた美琴。
生まれて初めて触れた優しく温かなあの手の感触。
あの温もりを、こんなポンコツロボなどに奪われてたまるか。
ムースは歯を食いしばり、疲労困憊した体に鞭を打って、気力を奮い立たせて真っ直ぐに敵に向かっていく。泥臭い闘いは本来自分の性に合わない。しかし今はファイトスタイルを選んでいる余裕など無いのだ。
重要なのは少しでも敵を足止めし、時間を稼ぐこと。
コルセットの裾からメリケンサックを取り出し、両手に装着。
速度に任せて敵の右頬を殴る。
体勢が崩れかけるHNΩだが、すぐさま立て直し、巨大な拳を振るってきた。無防備で食らったムースは口が切れ、鮮血が細い顎を伝い地面に零れる。だがその闘志は揺るがない。
相手の胴体を両足で挟み込み、思い切り頭を引き、渾身の力を込めて頭突きを炸裂させる。
一発、二発、三発。
ロボの金属の顔面にぶつかる度に額が割れて血が噴き出す。それでも、彼女は攻撃を止めようとはしなかった。少しでも自分が敵を足止めさせるという強い意思が、限界に近い彼女の身体を動かしているのだ。

「何故だ! 貴様はボロボロの身体でどうしてここまで動くことができる!?」
「ポンコツのあなたには、永遠にわからないことですわよ!」