複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.37 )
日時: 2019/09/07 16:33
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

理解できない。
愛用の武器である傘を粉砕され、能力の使用により肩で息をするほどに疲労困憊をしている少女。並の人間であれば勝負を捨てて逃走するか命乞いをするはず。
だが彼女はそれをせずに頭突きを連発している。ロボである自分の強固な頭部にそのような技が通用しないことは一目瞭然であるはずなのに、彼女は攻撃を止めない。
もしかすると疲労により判断能力が鈍っているのではないだろうか。
訊ねてみても答える素振りはない。
密着されても鬱陶しい。ここは引き離すに限る。
HNΩはそのように結論を付け、瞳から赤く細い光線を放つ。
頭突きを仕掛けたムースはギリギリで躱すものの、初動が遅く、頬を掠めてしまった。血がポタポタと流れるが彼女は気にする素振りを見せずもう一発頭突きを見舞った。
幾度も頭部に衝撃を受けたからか、HNΩはほんの数瞬怯んでしまう。
ムースは脚力にモノをいわせて彼の巨体を反転させ、その頭部を再び地面に叩き付ける。
「二度も同じ手を使うとは、お前も芸のない女——」
全て語り終わらないうちにムースの蹴りがHNΩの頬に当たった。
「オオオオオッ……」
スタミナが切れかけているはずの少女から放たれた蹴りはロボを一〇メートル先まで吹き飛ばし、頬に靴跡を刻みつけた。
「ダメージ率二〇〇パーセントだと!?」
自らのダメージを分析し驚愕する彼に、間髪入れずに二撃目の蹴りが飛んでくる。これもヒットされ、三回、四回、五回と四方八方から目まぐるしく襲いくるキックの雨嵐に翻弄され、遂に彼は片膝を付く。
その隙を逃さずムースは彼を持ち上げ、顎と太腿をガッチリと掴み、自らの首を支点として彼の身体を一気に弓なりに反らし上げる。

「このアルゼンチンバックブリーカーで、あなたを真っ二つにヘシ折って差し上げますわよ」
「その疲労が蓄積した体でできるとでも?」
「やってみますわよ。パスティス家の名誉にかけて!」

次第に空の雲行きが怪しくなり、ムース達が闘いを繰り広げている場所にはバケツをひっくり返したかのような豪雨が降ってきた。
地面はぬかるみ足元をすくわれそうになる。それでもムースは力強く血を踏みつけ、更に相手を反らす。
反らされ続けた影響からか、HNΩの体内から小さなネジやナットなどが飛び出してきた。彼の身体が悲鳴をあげている証拠である。
必死で歯を食いしばり、視界が朦朧となりながらも技をかけ続ける姫に殺し屋ロボは疑念を強めた。
豪雨により自分の身体は滑りやすくなり技のかかりは甘くなる。
そうでなくとも疲労により、やがて緩みが生じるはずだ。
俺は奴の気力が尽きるのを待てばよいだけだが、この女は何のために無謀な闘いをしているのか?
自分のためではない。
するとこいつは美琴が逃げるための時間を稼ぐために俺と闘っているというのか。

「お前にとってあの美琴とかいう存在がどれほど大事なのかは知らんが、圧倒的な存在の俺を相手に負け戦をする選択をとるとは、俺には到底理解できん……
もっとも、理解する気もないが。
これ以上時間を引き延ばされては面倒臭いからな、次で終わらせるとしよう」

頭突きを食らわせる度に血が噴き出す額。一撃で倒せないことは重々承知だ。しかしどれほど強固な素材で構成された頭であろうと幾度も攻撃を続けていれば、やがては亀裂の一つくらいは入れられるのではないだろうか。敵の両脇を両足で強く挟んでいるから締め付けることは敵わずとも体勢を安定させることができる。そこから繰り出されるヘッドパットは通常もの何倍の威力を誇るのだ。
もう何度頭突きを打ったかわからない。数えることをやめてしまった。
だが小さな水滴でも打ち続ければ岩をも凹ませることができるという。自分がしているのはまさにそれだ。両親や祖父が見たらパスティス王家らしくないと叱責されるだろう。だが、それでも構わない。
今の自分に一番大切なのは王家の誇りなどではないのだから。
だが、単調な攻撃ばかりではやがては敵も防御してくるだろう。
ここら辺で戦法を変えてみるのもよいかもしれない。
ムースは大きく身を引き、倒立の体勢になると、脚力で相手を後方に放り投げた。再び頭部をアスファルトにめり込ませるHNΩだが、効いていないようで頭を引き抜こうとする。そこに一瞬の隙があった。
ムースは飛び上がり、上体を起こしかけた彼の顔面に飛び蹴りを打つ。
不意を突かれての攻撃に対応しきれず、HNΩはまともに食らって後退する。この機を逃しては絶対にいけない。たとえ足が砕けようとも、ポンコツロボに損傷を与えてみせる。
ムースは流星のようなドロップキックを連射し、四方八方から縦横無尽に相手の背や甲板、そして頭部を蹴りまくる。短時間かつ短距離の移動であるならば背中のブースターを使い、超高速を出せるHNΩだが、基本的には俊敏さではムースに劣る。バッタのようにジャンプし、電線やビルの屋上から加速を付けて打ってくる彼女の鋭い連蹴の前には翻弄することしかできない。
捕まえようと手を伸ばしても、それっより早く空中に跳び上がるのだから、厄介なものだった。
それでも自らの装甲に自信を持つHNΩは身体の負担を度外視した無茶な攻撃の連続により、自分が動くまでもなくムースは自滅するだろうと計算し、敢えて相手の誘いに乗ることにした。ダメージ率が二〇〇パーセントといえどもいつまでもその威力は維持できないし、俺の装甲には全く歯が立たないだろう。
相手の反応を確かめるべく、HNΩは本日三度目の演技をした。
片膝を付くことによりダメージを負っているように見せかけたのだ。
果たして少女は撒いた餌に食いつき、アルゼンチンバックブリーカーをかけてきた。打撃は効かないと知り、今度は関節技を挑むとは。
HNΩは心の中で呆れていた。
自分はロボ。従って痛覚は存在しない。そんな技を仕掛けたところで、痛みに耐えかねギブアップなど絶対にするはずがない。その事実を、この女は分かっているのだろうか。
だが、この時HNΩは自らの身体に起きつつある異変に気づいてはいなかった。