複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.40 )
日時: 2019/09/11 21:42
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

「まずは一人目か。次は美琴の番だ」

HNΩは呟き敗北したムースに背を向け歩き出そうとした。
刹那、彼は上空から強大な力が接近していることを察知し、背後を振り返った途端、轟音と土煙が巻き起こる。

「何者だ」
「お前を倒しにきた」

煙の中から放たれた威圧感の低音。
徐々に薄くなっていく煙から現れたのは二メートルを超える長身に筋肉隆々の巨躯、白髪を後ろに束ね青い瞳をした男だった。その背後には先ほど逃げたはずの美琴がいる。
なぜ美琴がいるのか。明晰な頭脳を持つHNΩはすぐに見抜いた。
先ほど彼女が逃げたのはこの男を連れてくるため。そしてムースはその時間稼ぎとして自ら囮になった。
即ち自分は彼女達の策に嵌ったという訳だ。
だが彼女らに翻弄された事実がありながらHNΩは動揺を示さない。

「獲物が戻ってくるとは好都合。既に瀕死のムースに加えて、お前達も始末してやる」
「できるのか?」

ポツリと告げたカイザーの一言。
彼の短い言葉がHNΩの胸に突き刺さる。カイザーの青い瞳に圧倒的な威圧感と気高さを覚え、彼は半歩後退する。この目だ。やつの目に俺は以前は飲み込まれ手も足もでなかった。だが、今は違う。

「あの頃の俺とは違うということを貴様で証明してやる」
「そうか」

カイザーは彼にくるりと背を向け、負傷しているムースに歩み寄る。
そしてその小柄な体を抱きしめた。
ムースの瞳は閉じられており、心音も止まっている。
美琴は涙を流して訊ねた。

「ムースさんはわたしのために一生懸命闘ってこんなに傷付いてしまいました。お願いです! ムースさんを……わたしの大切な人を助けてください!」

涙ながらの訴えにカイザーは優しく微笑み。

「大丈夫だ」

ムースを抱擁するカイザーの全身から真紅のオーラが発せられる。燃え盛る炎の気は美琴の目からでもはっきりと見え、その色や勢いはまるで太陽のようだ。光を増していく彼の気に美琴は耐えられなくなり、目を瞑る。そして再び目を開けた時には、あれほど酷かったムースの全身の傷がすっかり消えてしまっていた。

「ん……」

ゆっくりとではあるが閉じられた瞼を開いたムース。彼女の視界が鮮明になるとその瞳に映し出されたのは、美琴と大男の姿だ。

「美琴様、無事だったのですね。それにあなたは」
「私はカイザー=ブレッド。悠久の時を経て、君は変わることができた。命を賭してまで闘った君の態度に心から敬意を示したい」

彼の声にムースは聞き覚えがあった。五百年前、不動とジャドウが自分を殺めようとした時、助命を指示した一人の男。その人物の決定に彼らは大人しく従い、自分は生きることができた。そして長い時を経て、美琴という存在に遭うことができた。ムースにとって感謝してもしきれないほどの恩人。自分にとって、この世で唯一玩具と思えなかった物、その男が目の前にいる。

「あなたは、あの時の——」

ムースは話そうとしたが、言葉がうまく紡ぐことができなかった。
あらゆる感情が溢れ、うまく表現する術を持たないのだ。
そんな彼女の頭をカイザーは軽く撫で、美琴に視線を送り。

「キミは彼女を守っていてほしい」

美琴が無言で頷くと、ここでカイザーはようやくHNΩに向き直る。

「HNΩ。まさかお前がこうして現代に蘇るとは、この私も思わなかった。驚いている」
「だろうな。俺はあるお方によって、再びこの世に舞い戻ることができた。しかも、ただ復活しただけじゃねぇ。以前の何倍もヴァージョンアップしたのだ」
「……その力を発揮できずに倒されることがあっては、悔いが残るだろう」

カイザーは彼を指差し、爪先から黄色い光線を彼に照射する。
すると彼の先ほどのムース戦での傷が立ちどころに癒え、自慢のΣMDCの弾数や両肩のミサイルも元に戻っていた。

「ありがてぇ」

全快したことを拳を握りしめ喜ぶHNΩ。その様子を見た美琴が問うた。

「カイザーさん、どうして敵に塩を送る真似をするのです?」
「如何なる相手とも正々堂々全力を以て闘う。これが私の流儀だ」

背中を向けて告げる彼に美琴は絶句した。彼はどうやらジャドウや不動とは別の闘いの美学を持つらしい。愛銃を手に取り、相手に銃口を向けつつHNΩが言った。

「カイザーさんよぉ、その恰好で闘うつもりかい。いつもの戦闘服はどうした? 家に置いてきちまったのかよ」
「案ずるな。ちゃんと持ってきてある!」

ニッと笑って指を鳴らすと、虚空から一つの鞄が出現。中には白いコックコートが入っている。
それを一瞬で纏い、闘いの構えを見せるカイザー。
彼の全身から放たれる凄まじいオーラによって熱風が巻き起こり、美琴は飛ばされそうになる。それでも必死で踏ん張り、背中でムースを庇う。彼女は大切な存在を能力を封じられながらも守ろうとしているのだ。

「愛を以て人を救いに導く!カイザー=ブレッド!」
「見せてもらおうか、スター流最強の男の実力とやらを」

全快となったHNΩはΣMDCのエネルギー弾を次々にカイザーに撃ち出す。対するカイザーは弾の軌道に合わせて拳を見舞い、光弾の威力を打ち消していく。命中すれば高威力だがかき消されてしまっては意味をなさない。放たれる緑の禍々しい弾は全て彼の拳に相殺されていき、一撃の命中も許さない。
「普通に撃つだけでは効果が無いか。ならば、これはどうかな」
Ωは自身の真上に向かって撃った。
弾は青い空に吸い込まれていき、やがて見えなくなってしまった。
誤射ではない。それはHNΩの余裕綽々の態度からも見てとれる。
では、一体何の為に。
カイザーが答えを導き出すよりも先に動いたのはHNΩだった。
掌を閉じて拳を作り、それを開く。
危険を察知した美琴が空を見上げると、まるで流星群のように無数に分裂した光弾がレーザービームとなって地上に降り注ぐ。HNΩは空中で待機させていた光弾を破裂させることにより広範囲での攻撃を可能としたのだ。
「まともに撃っては当たらない。
だが、無数かつ広範囲なら話は別だ。
カイザーよ。お前はこの果てしなく降り注ぐ光線を防げるか。それとも背後の仲間と共に朽ち果てるか。
俺は後者にかけてやる」
「甘いぞ」
一つの光弾から別れたため、威力自体は分散している。だが、その速度と量は以前とは比較にならないほどパワーアップしている。いかに低威力とはいえ、いつまでも食らっていてはカイザーも持たないだろう。
そのように踏んだHNΩだったが、次の瞬間、彼の一つ目の顔から冷や汗が流れ出た。カイザーがドーム状のバリアを展開し光線の雨を防いだからだ。防御壁に当たった光線は一瞬にして消滅し、内部まで届かない。
「バリアを貼るとは考えたものだが、その防御がいつまで持つかな」
上空に何発もの光弾を撃ちこみ物量で圧倒する作戦を敢行するΩ。
しかし、それでもカイザーの牙城は崩れる気配を見せない。ΣMDCは目黒の銃と同じく電池式である。けれど彼とは違い予備の電池を何本か用意していたΩだったが、度を越えた乱射によって、それらの電池も全て使い切ってしまった。これは決してHNΩの準備不足ではない。
たった一度命中しただけでも美琴を戦闘不能に陥らせるほど高威力の弾である。並の能力者ならとうに力尽きていても不思議ではない。どれほど攻撃しようと亀裂の一つさえ入らないカイザーの盾(バリア)の防御力が異常なのだ。
弾切れが起きたことに気づいたカイザーはバリアを解除し、ゆっくりした足取りで敵に近づく。
大地を踏みしめ、戦闘によってできた瓦礫を足で粉砕しながら接近する巨人。その全身からは赤いオーラが噴き出し、今にもΩを飲み込みそうなほどの威圧感を放っていた。
「どうした、HNΩ。
使い物にならなくなった武器を持っても意味などなかろう。それを捨てて、私と拳で闘(や)りあってみろ!」
「へへへへ、新型になったΣMDCを耐えきるとは、やるじゃねぇかカイザーさんよ。だが、アンタはどうやらお忘れのようだ。俺は全身が武器になるってことをなーッ!」
これ以上の接近を許すまじと両肩のハッチを展開し、超小型ミサイルを全弾発射。
「効かぬ……」
右腕を軽く振るったカイザー。
それにより生じた衝撃波で、全てのミサイルは彼の身体に到達する前に消し炭となってしまった。
皇帝を意味する名を持つ男はため息を吐き。
「武器はあくまで補助的なもの。
武器に重きを置き頼りにしているようでは、それを失った後には無力さと虚しさしか残らない」
「黙れ! ロボの俺にとっては身体全てが武器だ。どう闘おうと俺の勝手だろうが」
「確かにお前の言うことにも一理はあるが、私の目から見た今のお前は棒きれを振り回すだけの駄々っ子に見える」
「……貴様……ッ!」
「HNΩ、お前に一つだけ問う。
お前はなぜ、殺し屋を続ける。人類と共に共存し穏やかに暮らすという選択を頑なに拒む理由は何だ」
カイザーの口から放たれた疑問にHNΩは暫し硬直する。
そして彼の脳裏に浮かんでいたのは遠い過去の記憶だった——