複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.41 )
- 日時: 2019/09/11 21:43
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
HNΩは長い時を殺し屋として働いてきた。宇宙中の様々な依頼主から膨大な金額を条件に依頼を引き受け、達成する。
依頼の達成率は常に一〇〇パーセント。一度の失敗もなく、これまでどのような標的だろうと完璧に仕留めてきた。
そんな彼を半世紀ほど前に雇ったのが暗黒星団である。
幹部達を次々に打倒され組織として弱体化した彼らはこの状況を打破するために彼を雇い、目的達成の邪魔となるスター流の抹殺を依頼した。HNΩにとっては相手の思惑も標的もどうでもよかった。彼にとって肝心なのは金だけだった。
殺し屋で金を稼ぎ自らを改造、そして更なる強さを獲得。
HNΩは宇宙最強を目指すための手段として殺し屋という職業を選んだのだ。
今回の依頼を果たせば自分は最強の座にまた一歩近づくことができる。そう考え、意気揚々と依頼を引き受け次々にスター流に属する者達を機械の腕で殺めていった。
機械特有の冷静な判断力と学習能力、そして高い戦闘力を誇る自分に辺境の惑星の下等生物が抗えるわけがない。
彼はそのように考え、スター流のメンバーを見下し、遊び半分で彼らの命を奪い続けた。
だが、それも長くはいかなかった。
流派の中でも屈指の実力者であるカイザーが動き出したからだ。
紆余曲折の末に彼と無人島で一対一の闘いを行うこととなったが、結果はカイザーの圧勝だった。
全身を破壊され、HNΩは己の最後を自覚した。だが、カイザーは彼の武器と四肢を破壊するだけに止め完全に機能停止にはさせなかった。曲がりなりにも正々堂々と一人だけで決闘に挑んだ彼に敬意を示してのことだったが、この情けに彼は電子頭脳がショートを起こしそうになるほど怒り狂った。
完全に圧倒され手も足も出ない。
あらゆる手段を講じても勝てない。
人間にもあれほど高い戦闘力を持つ者がいるということはわかった。
だが、あれほど優位に立っておきながら自分を機能停止させないとはどういうつもりなのだ?
やつは自分の力を見せつけた挙句、俺を停止させる価値もない小物と判断し、最後の一撃をしなかったのだ。
殺し屋としてあれほどの危機を味わったのは初めて。そ
してこれほどの屈辱を覚えたのも初のこと。
カイザー=ブレッド。
俺は最強になるために行動している。そのためにはまず、お前をいつの日か完膚なきまでに叩き潰さなければならぬ。
内心で誓った彼は地獄監獄に収容されつつ、自らを出してくれる者の存在を待ちわびた。
そして彼は遂にある者の手によって再び自由の身へと戻ることができた。蘇った彼はこれまでに稼いだ全ての資産をつぎ込み、己を以前の何倍もの強さに改造し、再び地球へとやってきた。
あの時果たすことのできなかった依頼の達成と、屈辱を晴らすために。
ここで我に返ったHNΩは、瞳を発光させ、声を荒げた。
「高貴な機械の俺がお前達のような下等生物と共に暮らすなど反吐が出る。お前達など、俺の金の為に始末されればいい、獲物に過ぎないんだよーッ!」
右腕を槍に変換し、カイザーの甲板を突き刺す。だが彼の筋肉の装甲はあまりにも厚く、反対に自らの右腕が粉砕されてしまった。
「HNΩ。私は一度、お前に更生の機会を与えた。
だが二度目は無い!」
「へッ……嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。この俺を機能停止にできるものなら、やってみろ!」
「思い上がるな。この鉄クズめが」
カイザーは語気を強め、真っ直ぐHNΩに突進。
そして右腕を発光させる。
「数々の命を奪ったお前に、転生の余地は無い。全身を切り裂いてやる!」
振り下ろされた手刀は真ん中からHNΩの身体を一刀両断にした。
身体からネジやオイルなどを飛ばしながら地面に轟沈するロボ。
だが、裂かれた身体は次の瞬間には何事もなかったかのように合体し、元の姿へと戻った。
「魚の切り身とはいかなかったようだな、カイザーさんよ。では、第二ラウンド開始と」
言いかけた刹那、カイザーの炎を纏った拳が、彼の腹に風穴を開ける。
続いて腕を失った肩の部分を怪力でもぎ取られてしまう。
「どうした! 再生できるのだろう? 早く元通りになってみろ!」
単眼を目潰しによって破壊され悶絶するロボに、貫いた腹に膝蹴りの追撃。先ほどの穏やかな様子とは違う、まるで別人のような変わりように美琴は戦慄した。
「お前をスクラップにしてやる!」
怒声と共に強烈なパンチが、ロボの顔面を容易に貫き通した。
全身からバチバチと火花を散らし、ゆっくりと後方に倒れるHNΩに、カイザーは踵を返し。
「その力を他人の為に役立てる道もあったというものを……」
「まだだ、まだ終わってはいない」
幾度倒されようともフラつく足取りで起き上がるHNΩ。
彼の単眼は相手の大きな背中を捉え、己の全エネルギーを単眼に溜め、最後の一撃を放った。
虹色の太い光線はカイザーに向かっていくものの、拳で相殺されてしまう。最大技を使用しても倒せない現実に彼は怯み、後ずさりをする。
すると、頭上から何者かの声がした。
「これだけの時間が経っても一人も仕留められないなんて、あなたには失望したわ」
電柱には一人の少女が立っており、HNΩとカイザーの戦闘を観戦していた。しかし、少女は二人の力量差が圧倒的だと感じ取るなり、小さくため息を吐き、口を開く。
「これだけの時間が経っても一人も仕留められないなんて、あなたには失望したわ」
その声に気づき顔を上に向けるHNΩ。
彼は少女の姿を見るなり、HNΩの瞳が幾度も点滅する。
これは動揺している証拠だ。
「なぜ、あなた様がここに……!」
少女は電柱から飛び降りると、カイザーとHNΩの間に割って入る。
そしてロボの方を向くと。
「あなたを処分しにきたの」
思いがけない一言に、HNΩはその場で土下座をし懇願する。
「どうか、今一度だけチャンスを!
この男を命に代えても必ず仕留めてご覧に入れます! ですからどうか!」
美琴は信じられなかった。
ムースを瀕死に追い詰め、数々の多彩な攻撃法を持つ凄腕の殺し屋HNΩ。カイザーに圧倒され劣勢気味とはいえ、高い実力を持つのは確かだ。
その彼を姿を見せただけでこれほどまでに動揺させる少女。
彼女は何者なのか。
HNΩは彼女に弱みでも握られ、従わされている立場なのだろうか。
ここでカイザーの顔を見てみると、彼は口を閉じ、彼らのやりとりを見ている。
彼ほどの実力者ならば、二人まとめて倒すことも不可能ではないはず。
そうしないのは、少女から放たれる気を感じ取ってのことなのか。それとも他に別の理由が——
様々な憶測が頭の中を駆け巡る中、謎の少女とΩの会話は続く。
「残念だけど、あなたがどれだけ頑張ってもあの男には勝てないわ。
確かに、あなたは以前よりも何倍も力を増した。
けれど、それ以上に彼は進化していたのよ。
それは先ほど最大技を一蹴されたことでも証明されたはず。
潔く負けを認めるのも戦士として必要なことよ」
少女の掌に緑色のエネルギーが凝縮されていく。
「哀しいかもしれないけれど、処分を受け入れなさい」
「うわあああああッ! 嫌だ、嫌だ! 俺はまだ消えたくねぇえええ!」
頭を抱え絶叫したかと思うと、振り向くことなくHNΩは逃走する。
その姿は宇宙最強の殺し屋としての誇りはどこにも感じられない。
少女は超高速移動でΩに追いつくと、その背に貫手を放つ。
鋭い手刀はΩの背と胸を貫通し、彼の体内から山吹色の球体を取り出した。球体はΩの核であり、これが破壊されると彼は再生も自らの存在を維持することもできなくなってしまう。
「さようなら」
「俺は——」
無慈悲に球体が潰されると同時にHNΩの身体は透けていき、遂には跡形もなく完全消滅してしまった。
唯一少女の手に残った球体も塵となって風の中へと消えていく。
少女の瞳から一滴の涙が零れた。
「どうして! 仲間にそんなことをするんですか!」
彼女が振り向くと、そこには後を追ってきた美琴達の姿があった。
美琴は少女のやり方が理解できなかった。これまでの関係を見るに、彼女とHNΩは仲間なのだろう。
敵とはいえ、全力で闘ったΩに対し、劣勢という理由だけで始末した少女に、美琴は怒りを隠せなかった。
少女はくすりと笑い、深緑色の瞳を光らせ言葉を紡ぐ。
「約束を守れなかったからよ」
「約束?」
「彼はスター流の門下生の全てを始末するという条件で、監獄からの自由を求めた。私はそれに応じて彼を出してあげたの。
でも、結果はご覧の通り。
約束を守れなかったんだから、処分するのは当然のことよ。
そうでしょう、カイザーさん?」
話を振られたカイザーは口ごもるだけだ。少女は口から棒付きキャンディーを取り出し、それを腰のホルスターに入れる。
「あらあら、答えられないのね。
まあ無理もない話よね。ところで——」
ここで少女はムースに目をやり。
「あなた、とても良い香りがするわ」
「当然ですわよ。最高級のバラの香水をつけていますもの」
「私が感じているのは、あなたから発せられる甘い恋の香りよ」
甘い恋。
少女の問いかけにムースは思い当たる節があった。だが、相手に気づかれないように素知らぬ振りを決め込む。
そんな彼女に少女は告げる。
「あなたには掟は関係なかったわね」
「……何のことですの」
「それは、あなたが一番よく分かっているはずよ。
今日は少し挨拶に来ただけだから、もう行くわ」
少女は指を鳴らしてその場から消える。
スターのように。
ジャドウのように。
少女はスター流の関係者では?
名前も告げず、喋りたいだけ喋って消えた少女。
だがその彼女に対し、美琴は近づくことができないほどの、禍々しいオーラを感じ取っていた。