複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.42 )
- 日時: 2019/09/12 08:51
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
HNΩさんとの激闘が終わったわたし達はカイザーさんの家に行き、彼にどうしてここに来たのか経緯を説明しました。彼はわたし達の話を聞いてもじっと黙ったままでしたが、やがて重い口を開きました。
「君達のことも、スター流が危機に陥っていることもわかった。だが、スター様からの命令とはいえ、私がこの地を離れることはできそうにもない」
「どうしてですの!?」
ムースさんがテーブルから身を乗り出して訊ねます。
彼女にとっては首に取り付けられた爆弾を解除してもらうことと、減刑を約束されているのですから任務が達成できなければずっとこのままで生きていかなくてはなりません。
それはわたしにとっても彼女自身にとっても辛いことです。ですが、ここは落ち着いてカイザーさんの言い分を聞いてみることにしましょう。
「私としても君達に協力したいが、不動とジャドウが私の復帰を認めてくれないだろう。彼らが言うには『お前は長く最前線で闘いすぎた。地球を守り、この星のために尽くした半生を送ったのだから、そろそろ引退して穏やかな余生を過ごして欲しい』とのことだ」
「それでカイザーさんは人里離れたこの家で生活しているのですね」
彼は頷き。
「ここなら敵が襲ってくることも無く穏やかに過ごせる。
しかし、彼らの折角の申し出を受け、穏やかな生活を過ごしつつあっても、私の身体は人々の危機を見過ごすことができないでいる。
地域を限定して闘ってはいるものの、それを彼らに知られたら叱られるだろうな」
カイザーさんは自嘲的に笑い、コーヒーを一口飲みました。コーヒーカップは普通サイズなのですが、彼の巨大な手と比べますと、まるでおちょこぐらいの大きさしかなく、自然と笑みがこぼれそうになります。
ですが、彼は本当にこれでいいのでしょうか。
現に私達がいる居間でさえ、彼は窮屈そうな思いをしています。
レストランで儲けたお金は大半を恵まれない子供達に使用したので資産が無いとのことですが、長年に渡り世界の平和のために活躍してきた方がこれほど生活しづらい環境にいるのは、あまりにも不憫です。
「カイザーさん。無理を承知で訊ねます。もう一度、スター流本部に戻っていただけませんか?
そうすれば窮屈さともさよならできます。それに、ムースさんを救うことにもなります。ジャドウさんや不動さんはわたしが説得しますから、どうかお願いします!」
「わたくしからもお願いしますわ。自分のためではなく、美琴様のために」
何ということでしょう。
ムースさんがわたしと一緒に頭を下げました。彼女はいつも高慢で物事を頼む際にも、さも当然と言った態度でしており、頭を下げることなどありませんでした。
その理由がわたしのためにというのも他人の気持ちに共感できるようになった心情の変化とも受け取れますし。
最も、「美琴様のために」をやたらと強調していたのが気にかかりますが。
彼は腕組をして暫し考え込んでいましたが、やがて立ち上がり。
「君達の熱意に敬意を表し、スター流に赴いてみよう。復帰はその後に考えようかと思う」
「ありがとうございます!」
「但し、一つだけ条件がある。それは、君達が先ほど出会った少女のことを決して口外しないことだ」
HNΩさんをあっさりと消滅させた謎の少女。
彼女は瞬間移動で姿を消す前にムースさんに恋の匂いがすると言っていました。
ムースさんからは以前に恋人がいたという話は聞いていませんから、もしかするとつい最近になって好きな人ができたのかもしれません。
ですが、どうにも府に落ちないのです。
彼女はわたし以外の人と行動を共にしておらず、この旅で一緒に話したのはカイザーさんとヨハネスさんだけです。
ヨハネスさんとは相性が悪そうでしたので、きっと彼女の想い人はカイザーさんなのでしょう。
五〇〇年前に助けてもらったそうですし、やっと憧れの人物に出会えたのですから恋心を抱いても不思議ではないでしょう。
ただ、わたしと会話をする際、時折頬を赤らめるのが気にはなりますが、同性のわたしを好きになることは天地がひっくり返ってもあり得ません。
それ以上に疑問なのが、カイザーさんが彼女の存在を秘密にしたがっていることです。つまりそれほどカイザーさん、あるいはスター流にとって都合の悪い方なのでしょう。
そんな憶測を立てていますと、カイザーさんがコーヒーを一飲み干し。
「彼女について知りたければ、スター流門下生名簿を見てみるといい」
このように助言を受け、三人で本部に帰った後、わたしは早速ビルの三階にある図書室で名簿を探してみることにしました。
読書家のスターさんは世界各国の様々な本を集めているので、図書館に置かれている本の数は膨大なものがあります。それでも今はネット時代ですから、スター流門下生名簿と検索をかければ、簡単に探し出すことができました。
本棚から目的の本を取り出し、読書スペースで開いてみます。
机の上に置いた名簿で百科事典のように厚く、表紙がボロボロなところから、相当昔に作られたことがわかります。
名簿の中には顔写真入りでこれまで所属していた門下生達のプロフィールが事細かに載っています。
中を見ますと長い歴史を誇る流派だけのことはあり、膨大な数の門下生がいます。
ですがその大半が病気や戦闘により他界しています。
ムースさんの説明によりますと、超人キャンディーはあくまで不老長寿にするだけであり、重い病気や闘いで命を落とすこともあるそうです。
そう考えますと毒薬を飲んで副作用を消すのは意味が無いように思えてきました。
ページを捲り、問題の少女の顔写真を探していきます。
ですが、幾度名簿を読み返しても彼女の姿はありません。
スター流の門下生なら全員載っているはずの名簿ですのに、これはどういうことなのでしょうか。
念には念を入れてもう一度だけ確認してみますと、四ページ目だけが破られていることに気が付きました。
いたずらでしょうか。
いえ、それでしたら他のページも破かれているはずです。
ところが失っているのはそこだけなのです。
これは恐らく、誰かがそこだけ破ったのでしょう。
目次を見てみますと、無いはずの四ページには『メープル=ラシック』と記されていました。
本来所属しているはずの門下生。
名前からして女性ですから、もしかするとこの方はわたし達が出会ったあの少女ではないでしょうか。
どうして彼女のページが破られているのか。
その理由をもう少し探ってみる必要がありそうです。
メープル=ラシックさんについて、図書室やネットを駆使して調べてみたものの、情報を得ることはできませんでした。カイザーさんに聞いてみても彼は無言を貫くばかり。
悶々とした気持ちを抱えたまま、二週間が経過しました。
李さんは目覚めません。
任務を終えたムースさんはチョーカー型の爆弾を外され、地獄監獄へと戻されてしまいました。
今回の活躍が認められ何年か減刑にされるようですが、これまで行った罪を償って欲しいと思う一方で彼女の減刑を喜ぶ気持ちもあり、複雑な気持ちです。
彼女の代わりに退院した不動さんが復帰し、以前のようにスパルタ教育でわたしを鍛えて貰っています。ですが「ガキ」呼ばわりは変わりません。
名前を呼んでくれたムースさんに戻ってきてほしいですが、ここは耐えなければいけません。
いつか、彼にきちんと名前を呼んで貰えるのが今の目標です。
そしてこの日、スターさんがスター流の全体会議を行うことを決めました。
会議室に行ってみますと、他のみなさんは既に席に腰かけていました。
「遅いぞガキ」
「申し訳ありません……」
「罰としてお前は俺の隣に座ってもらうッ!」
特訓でも一緒で会議でも不動さんと同じなのはかなりキツイです。しかしおにぎりの食べ過ぎで遅刻したわたしに非があるのですから、仕方ありません。
今回集まったのは、スターさん、カイザーさん、不動さん、わたし、ヨハネスさんの五人。
ジャドウさんは相変わらず失踪中のようです。
広い部屋の中央にある巨大な円卓に座っているのが五人だけなのは、正直言って寂しいです。
「スターさん、どうしてこれだけしか集まっていないのですか?」
訊ねてみますと、スターさんは盛大にため息を吐き。
「初めて君に会った時に言ったはずだよ。スター流は門下生不足なのだと。私の弟子が李ちゃん達を含めても六人だけというのは悲しすぎる」
膨大な資産を使って宣伝すれば門下生も集められると思うのですが、どうやら彼はそれを望んでいないようです。
「ところで今回の会議はどんな内容を話し合うのですか」
「よくぞ聞いてくれた! 今日のテーマはコレ!」
スターさんがキラキラと青い目を輝かせ、テーブルのボタンを押しますと、天井からスクリーンが降りてきました。
そして映像を映し出します。
そこにはわたしが気になっているメープルさんの姿がありました。
「目黒怨、ムースちゃん、HNΩに続き、メープル=ラシックまでも地獄監獄から脱獄してしまった! 他の三人は君達の活躍で倒したり、協力者になったからいいけど、今回ばかりはそうはいかない!そこで今日は彼女をどうするかについて話し合うことにしたい!」
頭を掻きむしって困惑したかと思えば、満面の笑みでテンション高く告げたスターさん。
この状況をもしかすると楽しんでいるのでは?
そんな疑問が浮かぶのも無理もないことでした。
何はともあれ、スターさん自身から彼女の話題が出るのは好都合です。うまくいけばメープルさんについて色々と知ることができるのかもしれません。