複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.46 )
日時: 2019/09/12 09:08
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

美琴の問いにヨハネスはサッと羽織っているインバネスコートと帽子を脱いだ。
赤のリボンタイに白シャツ姿になったヨハネスはにこりと笑い、美琴の視界から姿を消す。
逃げたのだろうか?
彼女が目を動かし左右を見渡すが、彼の姿は無い。上も同じだ。

「遅いね」

背後から声をかけられた時には既に遅く、ヨハネスは美琴の装束を掴んで後方に投げた。マットに頭を強打したが、すぐに立ち上がり戦闘の構えを見せる。だが、彼は目と鼻の先にまで接近しており、そこから掌底を見舞ってきた。
一発、二発と次々に放たれる攻撃を巧みに受け流していくが、相手の勢いは止まらず、今度は拳を固めて襲いくる。伸びきった腕を捕獲し、投げに以降しようとした刹那、屈んだ彼女の顔面に膝蹴りが命中。
口が切れ、ポタポタと鮮血が顎を伝って落ちていく。

「隙ありッ!」

怯んだ僅かな間を逃すことなく、長髪を掴んで動きを抑え、無防備になった顔に鉄拳の連打を浴びせていく。みるみるうちに顔は流れ出る血で真っ赤に染まっていくが、美琴は落ち着いていた。
攻撃をすればするほど、そのダメージは何倍にもなって己に返ってくる。どうしてヨハネスは自ら破滅の道を選ぼうとするのだろうか。
あのまま無類のタフネスでわたしの攻撃を受け続ければ、こちらが体力切れを起こす展開もあり得たというのに。
美琴はそのように考え、拳が飛んでくる刹那、ヨハネスの顔を見た。
彼の顔には笑みがある。但し、先ほどのように爽やかなものではなく、口角を思いきり上げ、ニンマリとした不気味な笑みだ。
再不意に手を離され、マットに倒れ伏した彼女は、次の瞬間、右腕に微かな痛みを感じた。見るとヨハネスが小型注射器を打っているではないか。一瞬で針を抜き取り、注射器をリングの外に捨てると、いきなり彼女の背を両足で踏みつけ、更に蹴りを顔面に撃ち込まれる。しかし寸前で回避し、再び向き直る。
だが、急な眩暈を覚え体勢を崩してしまった。足の踏ん張りを利かせ転倒こそ防いだものの、急激な吐き気が美琴を襲う。
慌てて口を抑えるものの、胃の中から食べたものが逆流してくる感触に耐えられず、遂に彼女は踵を返し、リングに降りるとエプロンの中で嘔吐した。
ヨハネスが追撃する様子は見られない。
だが、眩暈と疲労は時間と共に増していき、景色が霞むのを感じる。
リングに戻らなければ。
その一心でリングに戻った美琴ではあったが、全身から力が抜けたようになり、相手の焦点も定まらない。
彼女の異変にヨハネスは手に口を添えてクスリと笑い。

「気に入ってもらえたかな」
「あなた……一体何をしたのですか」
「君の体内に一時的に能力の効果を封じる薬を打ちこんだのさ。君の力は発動されると厄介だからねえ」
「どうして、そんな卑怯なことをするのですか」
「決まっているじゃないか、勝つためだよ」

当然と言った顔で言い切るヨハネスに美琴は唇を噛みしめた。
スター流は正々堂々を重んじる流派だ。敵が武器を携帯していても、自分達は決して武器に頼らず、己の肉体だけで活路を開く。
だが、ヨハネスは違う。
彼は注射器という五体以外の者を使用し、卑怯な手段で能力を封じた。
こんなことが、仮に練習試合であっても許されるはずがない。

「あなたは、間違っていますッ!」
「何が?」
「スター流は己の肉体だけを駆使して闘うのではなかったのですか!」
「そんなの知らないよ」
「ヨハネスさんは、それでもスター流の一員なんですか! 注射器を使って能力を封じて、それで仮に勝ったとしても、卑怯なだけです!」

するとヨハネスはため息を吐き、肩を竦める。

「君は考え方が甘すぎるね。誇りも大事だけど、それよりも大切なのは、確実に勝利をもぎ取ることだよ」
「そんな方法で勝利して何の意味があるんですかっ」
「文句があるのなら、僕に完全勝利をしてから言うことだね。まだ、試合は続いているのだから」

彼の言葉に美琴は気合を入れ直し、相手を見つめる。
彼の言葉通り、試合はまだ終わっていないのだ。
突進してくるヨハネスを受け止めようと構えるが、彼はタックルの体勢から逆立ちをして彼女の胴体を足で挟んで、天井近くまで放り投げて、自らも後を追うと、彼女の胸の前で掌を光らせ。

「火炎弾!」

ヨハネスの放った火炎放射により、美琴の身体は火ダルマとなり落下していくがマットに転がることで鎮火する。忍者装束には所々が焼け焦げてはいるが、ダメージは軽い。

「火炎弾は李さんしか使用できないはずなのに、何故、あなたが」
「彼女と幾度も練習試合をしているうちに少しコツを掴んでね。威力は本家には遠く及ばないけれど、君は度肝を抜かされただろう?でもね、僕が使えるのはこれだけじゃないんだよ」

空中からミサイルのように勢いよく迫り、美琴に強烈な跳び蹴りを見舞う。一度目は受け流したが、彼はコーナーポストを蹴り、その反動で二撃目を撃ち込む。縦横無尽に繰り出される蹴り技の雨嵐の前に、美琴の脳裏にある人物の姿が浮かんできた。

「この戦法はムースさんの……!」
「察しがいいね。その通りだよ」

ヨハネスはサッと相手の両肩に飛び乗り、両腕を封じて攻め手を失わせてから、頭上から悠々と肘打ちを連発する。槍のように鋭利な肘鉄は美琴の頭頂部から噴水のように血を噴き出させる。

「さあ、どうする?このままだと君は出血多量で意識を失ってしまうかもね」
「攻略法は知っています!」

素早く反対側のコーナーを駆け上がると、後方に倒れ込む。美琴と密着していたヨハネスは頭を思いきりマットに打ち付けた。その隙に技から脱出されてしまう。彼は二、三度頭を軽く振って立ち上がり、薄ら笑いを浮かべる。
美琴は信じられなかった。
武器を使うだけにはとどまらず、他人の技まで勝手に拝借するとは。
彼はそこまでして勝利したいのか。
自分ならこんなことはしないし、できない。だが、彼はどうしてここまで勝利に固執するのだろうか。
相手の緑の瞳を見据えながらも、彼女は次なる攻撃に備える。

「君に一つ教えてあげる。僕のロングヘアは色仕掛けの為だけに伸ばしているんじゃないんだよ」

呟いた刹那、彼の髪が急速に伸び、まるで生き物のように束になって迫ってくる。あまりに予想外な攻撃に美琴は面食らい、反応が遅れた。
結果として彼のどこまでも伸びる髪に両腕と首を絞められ、身体の自由を奪われる。そして髪を網のように振り回され、拘束されている美琴も一緒にリング内を猛回転させられる。フィギュアスケートのスピンの如く猛回転をするので、美琴は次第に目が回ってきた。と、不意に彼が髪の拘束を解除したからたまらない。解き放たれた美琴は背中から鉄柱に衝突してしまった。

「僕流のジャイアントスィング、楽しんでいただけたかな」
「髪を武器に使うなんて、聞いたこともありません」
「手や足を武器にするのは当たり前。普段意識しない部位を武器として使うからこそ思いがけない効果を発揮するんだよ」

得意気に語りながらも、今度は束ねた髪の一本一本を鋭利化させ、フェンシングのように襲い掛かってくる。圧倒的な量と髪の毛の全てが剣という細さにより、防御に自信のある美琴でも躱し切ることができない。堅いだけでなく、柔らかさも兼ね備えているので、剣の軌道を変えて、美琴の身体に刺さり、彼女の白い肌の至る所から血が滲んでくる。
度重なる連続攻撃により、遂に美琴は四肢をマットに付けた。
這いつくばる彼女にヨハネスは冷ややかな視線を浴びせ。

「僕が卑怯なら、君は未熟だよ。以前、能力を過信するなと忠告したのに、それを活かせないのだからね」

彼の言葉に美琴は拳を握りしめ、力なくマットを叩く。唇を強く噛みしめ、瞳からは涙がとめどなく溢れてくる。彼の言っていることは図星であり、何も反論できない自分が悔しいのだ。
美琴は思った。
ムース戦以来、敵の攻撃を受けるだけ受け、能力で反撃してから活路を開くというのが自分の戦闘スタイルになってきてしまっている。
だが、これは受け身の姿勢であり、万が一能力を封じられた場合には脆く、劣勢に陥りがちになる。
彼はこの闘いで教えているのだ。
能力を過信していると手痛いしっぺ返しを食らうと。
相手は決して線の細い美少年というだけではない。
長年の経験に裏打ちされた、手段を選ばず、臨機応変に対応できるスタイルを確立している。
彼の忠告を無視し改善を怠った自分が勝てる訳がない。
彼女は諦めかけ、潤む視界でヨハネスを見つめる。
相変わらず彼の目は冷めている。
ヨハネスは美琴に接近し、ポツリと言った。

「僕が勝ったら、ムースを処刑して貰うようにスターさんに頼むことにするよ」

ムースの処刑。それは大切な友との永遠の別れを意味する。絶大な権力を持つスターならば、その処遇も不可能ではない。

「それだけは……それだけはやめてくださいッ!」

マットを這って近づく美琴の頭をヨハネスは足で踏みつけ。

「ムースは超大量虐殺を行った極悪人なのだから、この世から消すのは当然だと思うのだけれども」
「確かに、彼女の過去は消えないかもしれません。ですが、彼女は命をかけてわたしを守り、世界の平和に貢献しました! カイザーさんからは減刑を喜び、地獄監獄内で再びわたしと再会できる日を心待ちにしていると聞いています」
「君達の関係がどうであろうと、僕には関係ないね」
「彼女の心に灯った希望の光を吹き消してしまうような、むごい仕打ちはやめてくださいッ!」
「敗北しかけている君が何を言っても、負け犬の遠吠えにしかならないよ」
「わたし、勝ちます! あなたに絶対に勝って、ムースさんを守ります!」

自分にできたはじめての友達。
高慢なところや残虐なところもあるけれど、彼女の心には確かに人を思いやる気持ちが存在した。
五百年前、彼女を救ったカイザーのように。Ω戦で救われた恩を返すためにも、ヨハネスを止めなくてはならない。彼女を絶対に守ってみせる。
これまで希薄だった美琴の心の奥底の闘志に火が灯り、踏みつけているヨハネスの足を掴んでバランスを崩させると、その力を利用して立ち上がり、彼の腹に拳を打ちこむ。

「この闘いは負けられませんっ」