複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.48 )
- 日時: 2019/09/12 09:15
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
真夜中の森の中に響く靴の音。
その足音にメープルはフルートを吹く手を止めた。
彼女の視線の先には後ろに撫でつけた銀髪に白い軍服、カイゼル髭の老紳士が居た。彼は拍手をして口を開く。
「流石はメープル=ラシック。フルートの腕は衰えておらぬか」
「あなたの方こそ私の音色を聞いても平然としているなんて、大した人ね」
「伊達にスター様の一番弟子ではないからな」
メープルはフルートを黒ケースに収めると、瞼を閉じ少し笑みを見せた。ちなみに彼女は岩を椅子代わりとして腰かけていた。
「それで、私に何の用かしら」
「お前に力を貸してやろうと思ってな」
その問いにメープルは棒付きキャンディーを口の中でゴロゴロと転がしながら。
「可笑しなことを言うわね」
「冗談ではない」
「何故?」
「スター流の門下生どもを一掃したいというお前の思想に共感したからな」
「……」
「信用できぬと見えるな」
「当たり前よ。あなたはスター流の人間なのだから。
いつ裏切って痛い目を見るかわからないもの」
「案ずるな。奴らを全滅させるまでは裏切らぬ」
「……その後は?」
「想像に任せる。だが、悪くない相談だとは思うが」
メープルは顎に手を当て思案した。
ジャドウは掴みどころの無い男だ。今回の件も表向きは共闘を持ちかけ、後に裏切ることも考えられる。だが、自分一人ではスター流に対する復讐など無謀な話だ。多少のリスクはともなうが、仲間は一人でも多いに越したことはない。
「渋るのであれば宜しい。お前に絶対に裏切らぬ僕を与えてやろう」
「そんなものがあると言うの」
「俺は嘘は突かぬ。証拠を見せてやろう」
彼が指を鳴らすと、メープルの目の前に一人の人間が現れた。
右半分が黒、左半分が白をした陰陽を彷彿とさせる仮面で顔を覆い、艶やかな赤毛は姫カットにしている。背丈一七〇センチほどで、真紅のトレンチコート姿だ。仮面の下から覗く目からは凍てつくような殺気を放つ。華奢で長髪なので男か女か判別はできない。
謎の人物を頭からつま先までじっくりと眺めたメープルはポツリと呟く。
「これが僕なの? あまり強そうには見えないのだけれど」
「実力は俺が保証する。それで、答えは何とする」
「……わかったわ。あなたとその僕を今回の復讐の仲間に加えてあげるわ。だけど、覚えておいて。裏切ったらその時はどうなるかを」
「よく心得ておくとしよう。では、早速、現スター流メンバー一掃計画をはじめるとしよう」
「何か策でもあるのかしら」
「無論だ。それも確実に奴らを仕留められる策がな」
ジャドウはニタリと不気味に笑うと、愛用の小型のボトルに入った赤ワインを美味そうに飲み干した。
ヨハネスと美琴は練習試合で互いに体力を消耗してしまったので、メープル討伐に出発するまでに三日も経過してしまった。
回復に時間を食われてしまったが、結果として彼らは希薄だった互いの距離感を一気に縮めることができた。その点では成功と言えるだろう。無類の大食漢であるヨハネスはリュックサックに大量の食べ物を入れ込んだ。
動けばすぐに腹が減る程燃費が非常に悪いので、それだけでは全く足りないのだが、食料が切れたら自腹で食べるつもりでいる。ちなみに、美琴にはクッキーの一欠けらでさえあげるつもりはない。
一方の美琴は巾着袋以外は何も持ってはいなかった。この巾着袋は不動が渡したもので人工に作られた異次元空間と繋がっており、中には何でも収容することができる。
彼女はそれにおにぎりを一週間分詰め込んだ。
出発の準備が完了し、いよいよ旅に出る。
「いってらっしゃい。メープルを必ず倒してくるんだよ」
スターは美琴の両肩を掴んで彼女と目を合わせ、期待を込める。
創設者からの期待に美琴はぶるっと身体を震わせた。
彼の期待を裏切るわけにはいかない。何としてもメープルを打倒しなくては。堅く心に誓い、白いハンカチを振って見送るスターを背に美琴とヨハネスは旅立つ。
一週間が経過した。不動が山でいつものように滝に打たれていると、どこからともなく鋭い殺気を感じた。
「何者だ。姿を現せ」
彼が告げると、滝の上から人影が下りてきた。陰陽を彷彿とさせる仮面に艶やかな赤毛を長く伸ばし、真っ赤なトレンチコートに身を包んだ謎の人物だ。
不動は相対した瞬間に長年の経験からその者が只者ではないことを見抜き、格闘の構えをとる。謎の怪人は腰に手を当てたまま不動を向き合い口を開いた。
「お前の命を頂戴することにした」
「面白い。この俺を往生させると申すか。やれるものならやってみろッ」
不動の拳が唸りを生じ、怪人に迫る。
それから数分後、不動は水の中に倒れていた。完全に失神しており、戦闘意思はない。怪人はコートの袖から壺のようなものを取り出すと怪しげな呪文を捉える。すると不動の魂が肉体から離れ、壺の中に吸収されてしまった。
「まずは1人……」
怪人は呟くと、凄まじい跳躍力でその場を後にする。謎の怪人が不動の魂を奪取して以来、世界各地でスター流メンバーらの魂が次々に奪われるという事件が立て続けに起きた。緊急の事態にスターもメープルを探している旅に出ているヨハネスと美琴を招集し、作戦会議を開く。
「不動君の魂が何者かに抜かれてしまった。いや、彼だけではない。既に数多のスター流の門下生たちが魂を肉体から剥がされてしまっている。この事件は早急に解決しないと、世界にとっても大変な危機が陥る」
「犯人は分かったの」
「うん。調査の末に、どうやらこの怪人が犯人の可能性が高いということがわかった」
「こんな怪人、今まで見たこともないね。正体は誰なんだろう」
「仮面をつけているからわからないんだよ。知りたかったら直接仮面を取るしかないね」
スターがここまで話した時、モニターテレビに異変が生じ、映像が切り替わる。
映し出されたのは、金髪のツインテールに紫の瞳、へそ出しの黒を基調とした露出の高い恰好をしたメープル=ラシックの姿だ。
「おや。メープルちゃん、久しぶりだねえ」
「本当ね。でも私は昔話をするために画面上で会っているわけじゃないのよ」
「冷たいんだね」
「あなたのせいでこうなったのよ。それを忘れないで。さて、この映像を見ているであろうスター流の幹部たちに告げるわ。まず、これを見てくれないかしら」
メープルの掌の上に置かれているのは一個の壺だ。
「これには不動の魂が入っているわ。取り返したかったら、代表で2名、闘技場に来なさい。この壺を含めたスター流の門下生の魂が入った壺をかけて私と闘いましょう。要件は以上よ、それでは恐怖で逃げ出さないことを祈っているわ」
ドヤ顔で語った後、プツリと映像は切れてしまった。慌てたのはスターだ。
「どうしよう! どうすればいい、カイザー君! ヨハネス君! 美琴ちゃん! 明日までに2人なんて選べるわけないじゃないか」
「それでは、私とヨハネスが行きましょう」
カイザーが提案するとスターは首を振り。
「ダメだ! 男の娘とオッサンじゃ釣り合わない! こう……私はもっと柄になる組み合わせがしたいんだよ! とびきりキュートな奴を」
「よくこの非常事態にそのようなことが言えますね(汗)」
「どんな状況でも可愛さを忘れてはいかんよ! ああ、李君は入院中だし、どうすればいいんだ」
頭を抱え困惑していたが、しばらくすると立ち上がり、キラキラ輝く青い瞳で美琴を視界に捉えると、彼女の両肩に強く手を置き。
「そうだよ、美琴ちゃん! 君がいた! 君がスター流の代表として、私の元教え子であるメープルをヨハネス君と力を合わせて倒してくれたまえ!」
わたしが代表……ですか?
無理です、無理です。スターさん、ここは素直にカイザーさんにしましょう。
新米のわたしよりもカイザーさんの方が実力も高いですし、何よりわたしは闘いたくないんです。
美琴は心の中でこのように抗議したものの、気が弱い性格のため当然ながら口に出せるはずもなく、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
「頼んだよ、美琴ちゃん! スター流の命運は君にかかっているのだからね」
「は、はい!(滝汗)」
返事はしたが、不安は消えるはずもない。この日、美琴は部屋に戻ると早めに就寝しようとした。明日に備えてということもあるが、何より心配な現実から逃れ楽しい夢を見ようとしたのだ。時刻は八時だったが、彼女はパジャマに着替え、歯磨きをしてベッドの中に入る。布団をかぶって夢の世界へと旅立つが、彼女の夢の中に出てくるのは、メープルが貫手でいとも容易くHNΩを葬った時の光景だった。どれほど忘れよう見ないように心がけても、夢の中で何度もその映像が再生されてしまう。
「ハア……ハア……ハア……」
荒い息を吐き出し、ベッドから飛び起きると彼女は全身が汗でびっしょりであることに気付いたのだ。額に触れると汗が冷たい。冷や汗だ。
「わたしはどうしたというのでしょう。メープルさんが怖いのでしょうか。怖いのは事実かもしれませんが、早く眠らないと決戦に悪影響が出ますし……」
思案し、再びベッドに潜るが、再度同じ夢を見て跳ね起きる。
一時は巨大なおにぎりを食べる夢で楽しむことができたが、その楽しさはすぐに地獄へと変貌する。結局、彼女は一時間おきに一度目が覚めるということを繰り返し、翌日を迎えてしまった。
「おはようございます」
「美琴さん、どうしたの。目の下に凄いクマが出来ているんだけど。まるで目黒怨みたいだね(苦笑)」
「昨日、怖い夢を見てしまって寝不足なんです」
「どんな夢を見たの?」
「メープルさんがHNΩさんに止めを刺しているシーンです」
「それは災難だったねえ。気分をよくするためにも、朝ごはんにしようよ」
「それがいいですね」
ヨハネスの提案に美琴も賛成し、食堂へ向かう。
だが、そこでは第2の悲劇が彼女を待ち受けていた。
「朝食はトーストですか!?」
「何もそんなに驚かなくてもいいと思うよ」
「すみません。おにぎりだとばかり考えていたものですから(涙)」
「気持ちはわかるけど、まあ、たまにはパンもいいものだよ」
「……ですね」
「顔に生気を全然感じられないんだけど!?」
「……いただきます」
暗い声とクマのできた元気が失せた顔でパンを頬張る美琴。
黒いロングヘアなこともあり、今の彼女はまるで亡霊のようだ。
モソモソとパンを口に運びつつ、美琴は心の中で言った。
こういう元気のない日はできればおにぎりが良かったのですが、もしかしてスターさんはわたしの心を見抜いて敢えてパンにしたのでしょうか。だとしたらかなりの嫌がらせに感じますし、悲しすぎます。スターさん、教えてください。どうして今日、よりによってパンなのですか?
そんな美琴の様子を察してかスターは会長室で温かいミルクを一口飲み。
「だって美琴ちゃんがお米を食べ過ぎるから、もうこのビルには米が一粒も残っていないからねえ」
朝食後、現れたスターに今日の食事がパンだった理由を聞き、美琴は盛大に嘆息した。
「わたしのせい、ですよね」
「基本的に君だけだからね。お米を食べるのは」
「食べ過ぎると太る原因になりますし、これからは少し控えた方がいいでしょうか?」
「難しい問題だね。好物を無理やり減らすとストレスが溜まって逆効果になりかねないから、ある程度お米が減ったらこまめに買いに行くといいかもしれないよ」
「それは太るという問題から目を背けているような気がする(汗)」
「大丈夫だよ。美琴ちゃんはきっと食べても練習試合でたくさん体力を消耗するだろうからね。まあ、今日のは文字通りの死闘だけど。それじゃあ、行ってらっしゃい」
白いハンカチを取り出し涙ぐみながらバイバイと手を振るスターに、美琴も真剣な眼差しを向け。
「美琴、行ってきます!」
「必ず帰ってくるんだよ。帰ってきたら好きなだけおにぎりを食べさせてあげるから」
「本当ですか!?」
「わたしは嘘を突かない主義だからね。だから頑張ってくるんだよ」
「はい!」
「なんだか美琴さんもスターさんにうまく乗せられている気がする。というかこのやりとり、昔のドラマみたい」
美琴とスターの会話を聞いてヨハネスが呆れ半分でいると、カイザーが巨体を屈めて部屋に入ってきた。
「隊長、おはようございます」
「おはよう、ヨハネス」
「やあ、カイザー君! おはよう! ちょうどいいところに来たね。実は君に頼みがあるんだ」
「頼み? 大抵のことなら引き受けますよ」
「それじゃあ、はいコレ」
スターがカイザーの手に持たせたのは一台のビデオカメラだった。
「コレは——」
「これでヨハネス君と美琴ちゃんの雄姿をばっちりと映してほしいんだ」
「加勢するのではなく、撮影ですか」
「当たり前だよ。君が参戦したらルールを破ることになるからね。相手が2人と言ったら2人だよ。敵であれ約束は守るためにあるからね」
「わかりました」
カイザーが頭を下げて同意したのでスターは満足げに微笑み、指を鳴らして姿を消した。