複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.49 )
- 日時: 2020/08/10 06:55
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
ヨハネス、美琴、カイザーの三人が向かったのはメープルが指定した闘技場だった。そこは昔は栄えている街だったが、今では廃墟と化し誰も住んではいなかった。町の名物として作られた闘技場も昔のままに残っている。建造物を見たヨハネスは顎に手を当て呟いた。
「まるでピサの斜塔みたいだね」
「ピザの斜塔……ですか? 美味しそうな名前ですね。形はあまり似ていませんね」
「美琴さん、ピザじゃなくてピサだよ」
「あっ、そうなのですね。わたしとしたことが聞き間違いをしてしまいましたね」
「とにかく中へ入ってみようよ」
闘技場の中には円型に観客席があり、その中央にプロレスのリングが設置されてある。
「お客さんがいないと、何だか少し寂しいみたいです」
「いや。その方がかえっていいかもしれん。どのような惨劇が起きるかわからない。失神する観客も出るだろうし、いない方が幸運かもしれぬ」
「あなた達、この試合場は気に入っていただけたかしら」
声がしたので三人が上を見上げると、パラシュートで降りてくる人影が2名。
1人はメープル=ラシック。そしてもう1人は正体不明の怪人だ。
メープルはいつものように棒つきキャンディーを口に咥えながら、美琴達を睨み。
「それでは始めましょうか。スター流の門下生達をかけた死闘をね」
カイザーは用意されたパイプ椅子に腰かけ、スターの約束通り美琴達の姿をビデオカメラで収める。本心を言えば彼も加勢したいのだが、そうすれば相手がどのような手を打ってくるかわからないところがあった。下手に相手を刺激して人質の魂を危険な目に遭わせるわけにはいかない。ならばヨハネスと美琴に託した方がずっといいではないか。カイザーは真剣な目で2人を見守る。
リングに上がったヨハネスと美琴はどちらがチームリーダーを務めるかという話になり、美琴は経験の多いヨハネスがリーダーになった方がいいと遠慮し、ヨハネスは実力が未知数の美琴に懸けてみるのも面白いと言い出した。
そこで2人は折衷案で時と状況に応じてリーダーを変えようという案に落ち着いた。そして先発はヨハネスが出ることになった。美琴は自軍コーナーで待機。
対する相手チームは謎の怪人が出るらしかった。勝負の開始を告げる鐘はない。
互いが攻撃をした時が始まりの合図なのだ。
「はあああああッ」
「……」
赤と金、長い髪を振り乱しながら両者はロープに飛び、リング中央で肘打ちを鉢合わせする。初コンタクトは互角だった。怪人がハイキックを放つとヨハネスはそれを腕で受け止め、彼の足をキャッチ。股が開いたところで急所の蹴りを打ちこもうとするが、逆に相手の急所蹴りを食らってしまう。涙目になり、唇を噛み締めつつも、怪人の頭を掴んでヘッドロックに捉え、ロープを使用した目潰しを敢行。圧力と速度により摩擦熱が発生し、ロープの擦る音と共に怪人が苦痛の声を上げる。
「どうだい。僕は他のメンバーと違って容赦はしないよ」
ヨハネスは懐に隠し持っていたメリケンサックを装備し、怪人に斬りかかるが、怪人はそれを避けると腕を振ってメリケンサックをヨハネスの腕から外させ、宙高く舞い上がる。そこから打点の高いドロップキックを甲板に命中させ、この試合がはじまって初のダウンを奪う。けれど怪人は軽快な動きで立ち上がると、背後に回ってバックドロップを炸裂させるべく、高々と持ち上げる。
「おっと、そうはいかないよ!」
ヨハネスはくるりと身体を反転させると、ボディプレスで反撃。
しかし体重の軽い彼は容易く弾き返されてしまう。
怪人は仮面の奥の瞳を光らせ、口を開いた。
「お前はこのような時でもそのような暑そうな服装をしているのか?」
「君に言われたくはないね」
ヨハネスは鹿撃ち帽子にインバネスコートという探偵スタイルを貫いていた。
けれどもこの服装は怪人にとって暑い上に動きを制限する枷にしか見えなかった。
「これは単なるファッションじゃないよ。ちゃんとした意味があって着ているものなんだ」
「ならばその意味とやらを証明してみるがいいッ」
仮面の怪人はヨハネスに突っ込んでいくと、拳を固めて打撃のラッシュ。
しかし美少年は避ける素振りをみせず、ノーガードで食らってしまう。
「ヨハネスさん、逃げてくださいっ!」
美琴は手をメガホンのようにして助言を送るが、ヨハネスは逃げない。
それどころか無数の打撃を受けているにも関わらず薄く微笑むばかり。
怪人は異変に気付き、打撃をストップ。
「貴様……そのコートは!?」
「ようやく気付いたようだね。僕のコートは身を守る盾としても機能する」
「打撃を吸収する素材を使用しているようだな」
「そうだよ。つまり、君のパンチやキックは僕には一切効かない。残るは関節技しかないけど、君はどうするつもりかな」
ヨハネスのコートは単なるファッションではなく防御としての効果があった。
その事実を知ると、怪人は後方に跳躍して思案する。そして棒立ちとなった。
「どうしたのかな。仕掛けないのかい」
「……」
「僕が怖くなったのかな」
「……」
「君が来ないなら、こちらか行かせてもらうけど覚悟はできたかな」
相手が返事をしないのでヨハネスは接近して距離を詰め、掌から火炎放射を放つ。
「火炎弾!」
ボゥッ!
近距離から炎を撃たれ怪人が怯んだ姿を見せると、ヨハネスはムースを思わせるドロップキックの連発で一気に相手に止めを刺しにいく。
だが、自らの炎により発生した煙に視界を奪われ、怪人を見失ってしまった。
「どこに消えたのかな」
訊ねると、背後から鋭い殺気が放たれ、手刀が振り下ろされた。
まるで日本刀のように鋭利なそれは、ヨハネスの衣服をチーズのように切り裂いていく。反応が遅かったのでガードの威力が不足していたのだ。
「くっ……」
「自慢の装甲が破壊された気分はどうだ。お前は打撃は無効化できると言ったが、手刀はどうなるかは口にしていなかったな。故に弱点を見抜くのは容易かった」
「驚いたよ。こんな短時間で僕のコートを台無しにするなんてね」
「お前の考えなど私は先手先でも読むことができる」
「どうやら君にも未来予知の能力があるんだね」
「そんなものはない。ただ、お前達スター流の攻撃ならば私は全て予測できるというだけに過ぎない」
「限定的な予測か……もしかすると君はスター流の関係者かな」
「お前の想像に任せる」
「気になるね。仮面の下の素顔、暴かせて貰うよッ」
正拳突きをジャンプで躱して背後をとると、後ろから手を回して怪人の仮面を掴む。
「視界を遮る仮面なんて邪魔なものは僕が外してあげよう」
美琴はヨハネスの表情がいつもと異なる残忍な顔となっていることに気が付いた。口元はキューッと口角があがり目からは冷たい殺気が溢れ出し、いつもの温厚な彼とはまるで別人のようだ。怪人も抵抗するが、ヨハネスは後ろから両足を胴に絡ませ、右腕で首をぐいぐいと締め上げているので、酸素不足となり思考が鈍っていく。すると、これまで無言だったメープルが言った。
「その怪人の仮面を外すと後悔するわよ」
「それならますます見てみたくなるよ」
「あなたはスター流屈指の知恵者みたいだけど、とんだおバカさんみたいね」
「挑発をしたって無駄だよ。僕は手を緩めたりはしない」
「わかっているわ。ただ、少し助言してあげただけよ」
「君の助言は不要だよ。美琴さんからのアドバイスならともかくね!」
ぐっと手に力を込め、ヨハネスは情け容赦なく怪人の木製の仮面をはぎ取った。
「さあ、どんな顔をしているのかな。見せておくれよ」
技を解き、前に回って顔を拝見しようとするが、怪人は俯いている。
「往生際が悪いよ。仮面はもう僕の手の中にあるんだから、素直に降参するべきだよ。それとも、仮面にまだ未練があるのかな」
仮面を地面に落とすと、怪人は拾おうとする。だがヨハネスはそれを踏みつけ、破壊してしまう。
「どうだい。これで頼りの仮面はないねえ。これで隠すこともできないよ」
「ヨハネスさん、なんてことをするんですか! この人は敵かもしれませんが大切にしているはずの仮面を割るなんて、いくらなんでも可哀想です!」
美琴が涙目になりながらも抗議をすると、ヨハネスはニコッとした笑顔で。
「甘いんだよ、美琴さんは。前にも言ったはずだよ。僕は勝利を選ぶためなら手段を選ばないって」
「だったとしても、希望を与えて目の前で刈り取るなんて、酷すぎます!」
「この怪人は僕達の仲間である不動さんの魂を奪ったんだよ? それぐらいの報いを受けるのは当然じゃないか。さあ、いい加減に顔を上げるんだ」
少年探偵が怪人の顎に触れて顔を持ち上げる。
するとこれまで得意げだったヨハネスの顔から血の気が引き、顔面蒼白となる。
驚きのあまり、二、三歩後退すると、尻餅をついた。
「そんな……き、君は——」
震える唇でどうにか言葉を絞り出す少年にメープルはにっこりし。
「だから助言してあげたのよ。見ない方がいいって」
果たして仮面の中から現れた顔とは。
ヨハネスが尻餅をついたことにより、美琴にも怪人の素顔がはっきりと見ることができた。長い睫毛に白い肌の美しい顔立ちをした少女。
怪人が男性ではなく女性であることにも驚愕したが、その顔は美琴やヨハネスにとってよく知る顔であった。
「李さん!」
喉の奥から、美琴は辛うじて相手の名を告げることができた。
不動の魂を肉体から分離させ、他の多くのスター流を苦しめた謎の怪人。
その正体が太陽の拳の仕様により魂が消滅して意識不明なはずの李だったとは。
彼女が動いていることも信じられなかったが、それ以上に美琴は彼女が悪行に手を染めていることの方が信じたくはなかった。
「李さん、意識が戻ったんですね。でも、どうしてこのようなことを」
「お前は何を勘違いしている。私は李などではない」
「……え?」
「私の名はレイ。メープル様の忠実なる僕だ」
「違うよ。君は僕達の仲間、李だ」
尻餅をついたヨハネスが立ち上がると、レイと名乗る少女は後方に蹴りを見舞い、ヨハネスの顎に足をめり込ませる。立て続けにこめかみを蹴り、足先で甲板に鋭い蹴りを打ちこんだ。
「ガフッ……」
ヨハネスは吐血し、敵側のコーナーへ衝突。そのままズルズルと倒れ込んでしまった。レイはフッと口角を上げ、口を開く。
「戯言を。私を惑わそうというのだろうが、そうはいかぬぞ。敵である貴様らの言動に誰が耳を傾けるものかッ!」
倒れているヨハネスの腹に貫手で追撃。鋭い手刀が腹に食い込むと、ヨハネスは唾を吐き出した。そして相手の長い金髪を掴んで立ち上がらせると、顔面に蹴りを炸裂。ヨハネスは後頭部はコーナーの鉄柱に強打、前面はレイの威力の高い蹴りを浴びて、血を噴き出す。
「これぞ名付けて地獄のサンドイッチだ」
「やめてくださいッ、ヨハネスさんとわたしは李さんの友達です!」
「友達? 笑わせるな。貴様らは敵以外の何者でもないッ」
レイの凍てついた目を見た美琴は思った。
あれほど優しかったはずの李さんが仲間に手を加えるなんて考えられません。
それに李さんは現在病院で入院中のはず。魂が消滅してしまっているのですから、悲しい話ではありますが動けるはずがないのです。それなら、わたし達の目の前にいる方は何者なのでしょうか。声や顔立ちこそよく似ていますが、李さんはあんなに冷たい目をしていませんし、何より名前が違うのです。
そうなると考えられるのは、よく似た別人でしょうか。もしもそうでなければ。
美琴の脳裏に恐ろしい仮説が浮かんでくる。
できることならば否定したいが、今はその材料が無い。
そうであってほしくないと全力で願いつつ、美琴は己の考えを口に出した。
「李さん、もしかして——わたし達の記憶がないのですか?」
「左様」
恐る恐る訊ねた問いに答えたのは、いつの間に現れたのだろうか、ジャドウ=グレイだった。彼はガイゼル髭を撫でつつ、低音で告げた。
「お前の推測通り、レイの正体は李だ。吾輩が魂のぬけた身体に奴の魂を再構成させて入れ直したのだ。但し、お前達と過ごした記憶を全て忘れさせた上でな」
「!?」
「ジャドウ、何故仲間に対し、そのようなことを!」
衝撃の大きさに返す言葉の無い二人に代わってカイザーが問うと、ジャドウは不敵に笑い。
「現在の弱体化したスター流を元の神聖で偉大なるものへと戻すため。つまり、スター様を汚す存在であるお前達の始末をするため、こやつを無慈悲な戦闘マシーンとして作り替えた」
「貴様の言葉を聞いたら、会長がどれほど悲しむかわかっているのか!」
「悲しまんよ。会長は喜ばれるだろう。少なくとも吾輩はそう思う」
「そんな勝手で仲間の命を弄ぶなど、許せんッ!」
ジャドウの非情に怒りを覚えたカイザーが彼に殴りかかろうとするが、彼はそれを手で制し。
「カイザーよ。此度の闘いはヨハネスと美琴のはず。お前が吾輩と一戦交えるのであれば、ルールに反することになるが、それでもいいのかね?」
ルールの縛りを出され、カイザーは突撃を中止した。
ここで自分が感情に駆られては二人に迷惑をかけてしまうと判断したからだ。
震える体を言い聞かせ、カイザーは再び椅子に腰を下ろす。
シャドウも反対側に移動すると指を鳴らして椅子を出現させ、尊大に足を組んで座った。
「互いに観客が一名ずつというのもまた面白いもの。では、李もといレイよ。
邪魔な奴らを始末せよ」